100本ノック - 10/10

91、キス

「今日は私がやるから、シャルルはそのままでいて?」
 その言葉にサンソンは小さく微笑んで目をつむる。常にサンソンから口づけを行っていたが、だれに諭されたのだろう、立香からキスをしたいと言われたのだった。
 暗闇の中、自身の首に手がまわり、ぐっと身を屈まされる。それに逆らわずに顔を寄せると、顔に吐息がかかり、それから。
「リツカ?」
「ちょ、ちょっと待って。まだ目を開けないでね?」
 気配がいったん遠ざかり、思わず目を開けようとするも、制止する声。それに従ってそのままでいると、躊躇するような気配の後、唇に何かが触れる感覚。けれどそれはいつもサンソンが触れている立香の唇よりもはるかに硬い。
「リツカ。ええと、これは」
「まだ目を開けないで、って言ったのに」
 焦点が合わないほど近くにあるのは黄色い物体。ちょうどサンソンの口と合わさっている部分は真っ赤な唇ではあるものの。
「これは、お風呂に立香がよく浮かべている」
「アヒルちゃん、です」
 頬を真っ赤にしつつ、ふいと立香は目をサンソンからそらす。まだ立香からは早かったかと、アヒルを持ち出すかわいらしさも含めて、笑いがこみ上げ、そのまま表情へと出していた。
「ちょっと、恥ずかしかったんだから笑わないでよ!」
「申し訳ありません、ただ、あまりにもリツカがかわいらしいもので」
「もう!どうせ、私からそういうことができないって思ってるんでしょ!」
 ぷんすこという擬音が立ちそうな怒り方に、ますますかわいらしさがあふれ、ますます笑みがこぼれてしまう。そうしていると、むっとした表情の立香が、近づいてきて。
「……っ!」
「どうだろう。驚いた?」
「え、ええ」
 サンソンの頬に手を当て、そっと顔を近づける。そしてそのまま口をつけ、すぐに距離を離す。まさか本当に立香からしてくるとは思っていなかったサンソンは驚いて目を丸くしつつ、立香のことを見つめる。立香はそんなサンソンの視線から逃れるように、先ほどと同じく横を向いて一言つぶやくのだった。
「サンソンの唇、奪っちゃった」

92,うたた寝

「マスター?」
ソファに座り、ブランケットを足にかけ、本を読み途中のまま目を閉じているマスターにサンソンは声をかける。マスターである藤丸立香は、うたた寝などではなく深く眠ってしまっているのか、その声にも反応しない。サンソンはぐらぐらと器用に揺れながら眠っているマスターに苦笑をもらした。
ぐらぐら、ぐらぐら。このままであると倒れてソファの角に頭をぶつけるかもしれない。そう思い直し、立香の隣に座って、彼女の身体を自分へと傾ける。最中、近づいたことで見えたたくさんの傷跡や包帯、それから引き締まった身体に胸が苦しくなった。
立香がこのように寝てしまったのは、実は初めてではない。まだカルデアの白い制服が新品に近かった頃、同じようにレクリエーションルームで眠ってしまった立香に、サンソンがブランケットをもっていったことがある。そのときはそこまで身体に傷もなく、平均ボディマス指数程度であろう身体の作りであると記憶していた。
それからいく月か時間が経過し、たくさんの戦闘を、出会いを、別れを繰り返してきた。時には心が壊れてしまいそうになりながらも、前を向いて、輝いていこうとしており、サンソンはそんな姿にも心を奪われている。
「マスター、今だけは安らぎの時間を」
眠っている間にも、契約をしている数多の英霊たちの心象風景に立ち入り、本来であれば見なくても良いものですら見てしまう、受け入れてしまえる貴女ですが、そんな貴女にも休んで欲しいのです。
サンソンはそっと手を取り、口づけをそこに落とすのであった。

93、リップ

「わぁ……」
これがサンソンの着ていたもののミニバージョン。立香は息を飲む。年に一度ぐらいお祭りをしてもいいじゃないかと、困惑するサンソンの背中を押してダヴィンチちゃんが消えていったのは去年の夏。それと同じフィッティングルームには、サンソンが去年着ていた死神衣装のミニチュア版。正確には立香の体格や好んで身に付けているシュシュなどと合わせられるようにリメイクされたものが飾られていたのだった。
「衣装はこれを着ればいいんだよね?」
どう着ようかと、袖にあたる部分を引っ張る。
そもそもどうしてこれを着ることになったのかといった話だが、なんのことはなく。立香が思い付きで「夏にみんなが着ていた服を着てみたい」と立香がこぼしたからであった。立香としてはマリーちゃんの赤ずきんちゃんを想定していたのだが、それを聞き付けた天才と、裁縫を趣味としているスタッフが盛り上がり、いつの間にかサンソンの衣装、それから他にもたくさんの衣装を着て写真を撮ることとなったのだった。
下から被る感じでいいのかな、それともボタンがどこかにあるのかな。構造がよく分かっていない立香は四苦八苦しつつも何とかそれを着る。スリットが深く入っていた足の部分は、思ったより開かないようになっており、そこにも恥ずかしさを感じてしまう立香への配慮が感じられるのであった。
「マスター、準備はできましたか?」
「あ、うん」
服は着た。職員によってアレンジされていたシュシュもつけた。あとは……
「あっ、リップ忘れてた」
カーテンを引いて、同じ衣装を着ているサンソンの姿を目にして気づく。サンソンはそれが分かっていたように微笑んだ。
「大丈夫ですよ、リツカ。僕の方にリップが二つあったので、恐らくは誤ってこちらに多く置かれていたのでしょう。もしよければ、僕がそのまま塗りましょうか?」
サンソンがそう声をかけてくる。立香はありがとうと言いつつ、顔を上げ、癖で目を閉じた。それから数秒後、息を飲むような声が聞こえたあとに、唇に慣れ親しんだ体温を感じて目を開ける。顔を赤くして口元に腕を当て、横を見ているサンソン。それが目に入り、自分がされたことを理解すると、青いリップが中途半端に着いた口元をおさえ、リツカも顔を赤くするのであった。

94、泣くとき

「リツカ、何度も呼んでしまい、申し訳ありません」
「ううん、大丈夫だよ。だって今日はカウンセリングの日でしょ?」
ロマニの代わりにその席へとつくことになったサンソンへ微笑みかける。医務室で行われる月一のカウンセリング。今日はいったい何を話そうかと考えながら、席に着いた。
「では、まずこちらをどうぞ」
内緒ですよと渡されるのは、ハーブティー。毎回異なるハーブティーをカウンセリングでは淹れてもらえるけれど、今回はラベンダーを中心として何種類かハーブが入っていた。
「ありがとう。今回もいい香り!」
「気に入っていただけたのでしたらよかったです。あとで同じものを持っていきましょう」
「本当?やった!」
前回淹れてもらったカモミールを中心としたものも一緒に貰えることになる。そのまま夜の警護の約束も取り付けつつ、本題へと移った。
「最近はどうでしょうか、眠れてはいますか?」
「眠れてはいるけれど、あまり眠れていない気もするかな。でもそれに対して何かしたいとは思わないんだよね」
「ええ」
「だって、大体眠れないのは英霊の皆が夢の中に出てきたりするからだもの」
「それは、僕と一緒に見たような?」
「そうそう、あんな感じの。あとは、旅の途中にあったこととか?」
ある程度言葉を濁して伝える。パツシィのことだったり、異聞帯で出会った現地の子達のことだったり、急に倒すのが不可能だろうと思うほどのエネミーに襲われたこと。それから洗脳されかけたり、精神が磨耗するような場所に閉じ込められたこと。それらを順々に話していく。一緒に行動していなかったこともあるサンソンは、時々確認のために聞き返したりしてくるけれど、基本的には聞くだけの姿勢を取ってくるし、私は自分の話したい場面だけを選んで話していくことで、時間が過ぎていった。
「今日は時間を取ってしまって申し訳ありません」
「ううん、いいよっていってるじゃん」
「ええ、ですが人によってはこうした時間を苦痛に感じる方もいらっしゃるので。僕個人としてこうして時間を取って貰っているのは嬉しいのですが」
「私は、苦痛だとも思わないし、むしろ楽しいからまた呼んで欲しいな」
「ええ。それで、……今回も泣いていきますか?」
問いかけられるその言葉に小さく頷く。少し恥ずかしい気持ちもあるけれど、カウンセリングの時間として取られている以外に、言葉にできない思いを涙として消化していることがある。
最初は誰にも見つからないところで泣いていたけれど、マスターがいないと騒動になったり、そこからサーヴァントによる大捜索が行われることもあった。
それを踏まえて出した結論が、泣く時間を取るということ。毎回カウンセリングのあとに泣く時間というもの作られることとなり、今回もサンソンの広げられた腕の中に飛び込むことになるのであった。

95、初めて泣いた時

マスターは泣くことを我慢している。そう気がついたのはいつの頃だったのだろうか。人理修復を始め、僕が召喚され、それからも突き進む。隣には必ずマシュという存在がいて、彼女に弱いところは見せたくないと、寝ている彼女の頭を撫でつつ、焚き火が燃えている明かりを見ながら伝えられたのだった。
「マスター、帰還おめでとうございます」
「サンソン、なんで?」
終局特異点と呼称されたそこからマスター達が帰ってくると同時に、退去するサーヴァントも何人か見られた。ただそれに自分も含まれていると思われていたと思い、ムッとした。
「マスターは、僕が還った方がよかったでしょうか?」
「そんなことはないけれど、でも、残っているとは思わなくて」
「残るのは当然でしょう。まだ退去しろという話しも上がっていなければ、貴女にお別れも言っていないです。それに」
一度言葉を切る。これは伝えるべきか悩んだ言葉であるが、個人として伝えようとも思ったものであった。
「僕は本当に貴女と離れなければならない瞬間までは、そばにいようと、そう思いますよ」
その言葉に、立香は涙を溢れさせる。僕はそのまま泣いてもいいのだと、彼女を抱きしめるのであった。

96、塩or 砂糖

今日はここを夜営地とする。食材を手早く調理できるような焚き火も準備して、近くを流れていた川から魚を捕ってくる。
「さて、準備するぞ」
「僕も手伝いますよ、マスター」
「お、サンソンありがとう」
マシュは辺りを警戒しているので、一人で魚を開いて焼こうと思っていた矢先、サンソンがそう声をかけてくれたので、一緒に作ることとなった。
「お腹を開いて、内蔵を取り出して」
「そこは血の塊も多いので気を付けてくださいね」
「分かってるって」
取り出すものを取り出して、木を削って作った串に通したら、塩をかける。尻尾や胸ビレも残しておきたいと思ったので、形を整えつつ、塩をたっぷりとつけておいた。隣ではサンソンも同じことを思っていたのか、塩をたっぷりとつかんで、塗り込むようにつけている。私はそれを横目で見つつも焚き火に魚を炙ってもらったのだった。
それから十数分後。出来上がった魚の塩焼きを、まずは味見と二人で食べたときに気づく。
甘い。とても甘い。食べられるか分からないぐらい甘いそれに、吐き出しそうになりながらもなんとかこらえる。隣で一緒に味見していたサンソンのも当然同じようで、珍しく涙目になりながらこちらを見ていた。
「マスター」
「サンソン」
これをいったいどうしようかと考える。マシュにはもちろん食べさせられないし、彼女の分ぐらいは携帯食料もある。彼女にはそれをあげることとして、問題は残った魚。
私たち二人は、気持ち悪さが込み上げるなか、なんとか食べきったのであった。

97、記憶喪失

「「「マスター?!」」」
重なる声と共に、ラミアが繰り出した光弾が迫る。この距離では逃れられないと、とっさに右腕で庇おうとするも、それすら間に合わず。せめて直撃だけは避けようと、わざとバランスを崩して転げることにした。
「坊っちゃんはマスターを、オレがとどめを刺すんで!」
「ああ、わかった!」
祈りの弓との声を聴きつつ、直撃を受けて一瞬暗くなった視界が開かれる。目の前には先程と同じぐらいの黒さを身に纏ったサーヴァント。シャルル=アンリ・サンソン。一瞬近くなった顔に意味もなく頬が熱くなるけれど、それを振り払う。ロビンの宝具で倒しきれなかったラミアが、最後の足掻きとばかりに激昂して近づいてくるのを見て、令呪を目の前の彼に迷わず使ったのだった。
「死は明日への希望なり」
サンソンの宝具を受けたラミアはそのまま崩れ落ちる。もともと瀕死に近かったのもそうであったが、即死状態となったのだろう。どろどろと溶け出し、その身体の中からモニュメントが現れる。それを、肉になるべく触れないように取り出し、素材格納ポケットへと入れながら、声をかけた。
「みんなありがとう!それじゃあ戻ろうか!」
みんなといった瞬間に、何故か全員がピシャリと固まったように動きを止める。それからすぐになにもなかったかのように帰り支度を始めたのだった。

「いつもはサンソン君のことを呼んでから皆と言うのに、今日はそれがなかった。そうだね?」
「ええ、マスターもあの坊っちゃんも、当人が気づいていないだけで、付き合っているのが丸分かりだってのに、今日は何かがおかしいんですよね」
「それが、エネミーのせいじゃないかとロビンフッド君は心配なわけか」
「なっ、別に心配って訳じゃ。ただ、戦闘に響くとめんどくさいと思っただけですって」
ロビンフッドが戦いの報告がてらに少しおかしな挙動をしているマスターのことをダヴィンチに話す。その結果として、立香は呼び出され、全身の検査を受けることになり、そうしてひとつの異変が確認された。
「僕に関する記憶の欠如、ですか?」
「え?サンソンについて?ちゃんと覚えてるよ?大切な仲間じゃない」
サンソンが一瞬固まる。それからすぐに何事もなかったかのように、マスターには問題がないようですねと言いつつ、どこか思い当たる節があるような顔をしたのであった。
ああ、エネミーによる一時的なもので、これはこれで面白いかもしれないけれど、サンソン君にとっては不幸かもしれないな。そうダヴィンチは思うのであった。

98、いつもと違う笑顔

しとしと、しとしと。静かな雨が降る中、立香とサンソンは拠点へと向かって歩いていく。
結局のところ、サンソンに対しての仲間意識以外の認識阻害がないことから、レイシフトは続行され、極小特異点が発生している場所へと送り出されたのであった。
「ねえサンソン、本当にいいの?」
「ええ、傘も一つしかないですし、それにもう少し歩けば拠点へとつくのでしょう?」
「そうだけど」
立香が気にしているのは傘のこと。レイシフトした先は雨が降っており、なんとか手に入れた傘は一つ。自分はサーヴァントであるから平気であると、サンソンは立香に傘を渡してしまっていたのだ。
「っくしゅ……」
「マスター?」
「ごめん、ちょっと寒くて」
いくら傘をさしているからといって、雨によって外気温は下がっているようで、寒さを感じる。肩に傘をかけて、両手を擦りあわせて息を吹き掛ける。少しは暖かさが広がったものの、相変わらず手は赤くなっていた。
「マスター、失礼しますね」
サンソンは、リツカのそんな姿を見ていられないというように、一度霊体化をして雨を振り払ってから、彼女の手を取って、コートのポケットへと一緒に捻りこむ。立香はサンソンが急に手を取ったこと、それからサンソンが自分から手を取ったことに驚きの声を上げた。
「ひゃっ、サンソン?」
「申し訳ありません。ですが、これで少しは暖まるのではないかと」
指先一本一本を暖めるように、指に触れる。立香は擽ったさと申し訳なさで声を上げた。
「あ、あの、その、ありがたいんだけど」
「はい」
「ま、マリーちゃんに、申し訳ないから、大丈夫だよ?」
「え?」
「女の子みんなに優しいのはいいけど、サンソン、自分から私に触れることを躊躇っていたし、それに、こういうことは好きな人にしかしちゃいけないと思うんです」
顔をほんのりと赤くしつつ、コートのポケットから手を引き抜く。そのまま両手をもう一度擦り合わせながら逃げるように向けられた背中に、サンソンは悲しげな、諦めたような笑みを向けるのだった。

99、抱擁

「僕は、貴女に触れてはいけないのです」
「なんでそんな危険なことをしたんですか!」
「僕にもマスターのことを守らせてください」
「マスター、僕は、貴女のことを好いていますよ」
かちりと電気がついたように視界と意識が開ける。真っ暗な部屋の中、ここ数日のことを思い出すと、霧がかかったように、どこか自分の気持ちが霞んでいたような、ぼんやりとしていたような気持ち悪さに襲われた。
ただ、それよりもと起き上がる。眠ってからそれほどたっていないことを暗闇でも光る時計で確認してから、たしかこの辺りにあっただろうと手で探って明かりをつけた。
「マスター?」
「マシュ、ごめんね。ちょっと外に出てもいい?喉が渇いちゃったから、ちょっと食堂から白湯持ってこようかなって」
「ええ、それはいいのですが」
「ありがとう、じゃあ、いってくるね!」
「マスター?!」
マシュには悪いと思いながら、食堂の方角へと走り出す。今の時間は大体自分の部屋にいるだろうと考えたけれど、食堂にいる可能性もあるし、マシュに言った手前、一応顔を出さないとと思い、食堂へと向かった。
「シャルロ、いる?」
「はいはーい、マスターのシャルロットですよ!」
「いや、この感じはオタクじゃなくて、坊っちゃんの方でしょ。あいつは今はいませんよっと」
「ありがとう、ロビンにロティちゃん!」
じゃあねと踵を返す。やっぱり自室にいるのかと、そちらへ足を向けた。
コンコンと、サンソンが使っている、医務室に近い部屋をノックする。今の時間なら眠ってしまっているかもしれない、そう思いつつ数秒待った。
「はい。……マスター?」
「ごめんね」
「ええと、何がでしょうか?」
怪我でもしたのなら、医務室で診ますがという言葉を遮る。
「シャルロのことを、ちゃんと思い出せた、から」
「そう、ですか」
「確かにシャルロは大切な仲間でもあるけれど、それでも酷いこと言ったりしてごめん」
「大丈夫ですよ。僕こそ、ここ数日考えていたのですが、甘えすぎていた、リツカに特別に扱ってもらっていたことが当たり前になっていたと思いまして」
むしろそれに気づかせていただいて、ありがとうございます。サンソンはそう言いつつ、言葉を続けた。
「ただ、特別扱いを受けていたからそれをなくして欲しいと言うわけではなく」
「うん」
「その、今は甘えても、いいでしょうか?」
今度は振りほどかないで欲しいのですがいいでしょうか。そういうサンソンに、立香は勿論と頷き、こちらからと抱きしめるのであった。

100、何気ない平和な日常で

「リツカ、これをどうぞ」
「ありがとう!」
 夕食を取り、歯磨きをし、お風呂にも入って、あとは眠るだけ。読みかけていた本があったなと、それを取り出し開いて数時間。結局のところ読み終わらずに、明日の夜も続きを読むかと欠伸をもらしたところで、サンソンがハーブティーを淹れて持ってきてくれたのだった。
「今日も色々あってね?」
「ええ」
 お茶を飲みつつ、今日一日あったことを伝える。基礎体力を上げるための訓練に、魔術の練習、メディカルチェックも途中で入っていたんだよねと、話を続ける。サンソンは?と、その中で問うと、サンソンも一日を振り返りながら、楽しそうに目を細めた。
「サンソン、楽しそうだね?」
「そうだったでしょうか。確かにここでの生活は充実しているように感じておりますが。ロビンやべディヴィエール、それからこれは絶対にアイツの前で口にすることはないですが、アマデウスにも。世話になっている、助けてもらっている。それから仲良くしもらっている自覚はありますから」
「それは、よかった」
 生前差別されることも多かった彼が、カルデアに召喚されて、マスターである私や、生前関係のあった人物、それ以外にも交流を持っていることに、嬉しさがあふれる。せっかく召喚という形で第二の生を過ごせるのだから、楽しく生活はあしてほしいし、これからもそれが続いてほしいと思っていた。
「マスターも、楽しそうですね」
「うん。訓練は大変だったりすることもあるけれど、体動かすのは楽しいし、それに、サンソンみたいにみんなが楽しんでいてくれることがうれしいんだ」
「そう、ですか」
 少し照れたようにサンソンが別の方角を見たので、その肩に体を預けるようにしなだれかかる。今日は疲れえたとそのまま体重を支えていた力を抜いて、全体重をサンソンにかけると、彼は驚いたように一瞬体を動かしたけれど、そのまま受け入れてくれたのだった。