31、二度目の初めて
「リツカ、触れてもいいですか?」
「……うん、いいよ?」
少女の希望で薄暗く明かりを灯された部屋で、衣擦れの音が大きく響く。ベッドに寝転ぶように仰向けになっている少女も、その少女に体重をかけまいと自重を片腕に任せている男も、等しく服を着ておらず、普段は騒がしい部屋も、ベッドがきしむ音、シーツが擦れる音、それから聞こえるとしたらお互いの心臓の音ぐらいしか聞こえないほど静まり返っていた。
「リツカ。まだ、怖いですか?」
「えっと、どうして……かな?」
「手が震えているので」
少女、藤丸立香が、彼女のサーヴァントであるシャルル=アンリ・サンソンにこのように素肌を晒すのは二度目のことであった。彼女が処女を捧げたのも彼であったが、彼はその翌日に座へと還ってしまっていたのだった。元々わかっていたことであったが、それが彼女のトラウマの一つとなっていてもおかしくはない。
初めてでは快楽よりも痛みの方が強く感じられたであろうから、それも含めて優しくしようと、これが痛みのためでも別れの前のことでもないように、快楽を感じられる、心も身体も満たされることであるのだと、そう理解ってほしいのだと、手を引き、口づけをそこに落とす。立香は突然の行動に驚いて、手を反射的にも引っ込めそうになったが、サンソンの想いを受けとるように、震える手をそのままに彼を見つめて口を開いた。
「ちょっとだけ、恐いかもしれない。でも、シャルルが思っているような意味もあるけど、それだけじゃなくて」
「ではなくて?」
「幸せすぎて恐いって言うのかな?えっち、して……それで、一緒に眠って、朝起きたら隣にシャルルがいて、って凄く幸せだなって思っちゃって」
「ああ、そういうことでしたか」
口に淡く笑みを浮かべ、今は立香だけにしか見せないような、愛おしいものを見つめるような顔をした後、相変わらず体重がかからないようにしつつも、彼女に覆い被さる。そしてそのまま、首筋に顔を押し付け、そこに小さく口づけを落としながら、立香にだけしか聞こえないような声で小さく愛を囁いたのであった。
32、事後介護
「サンソンのえっち、すけべ、ぜつりん」
「すいません」
「やめてって、言ったのに」
「すいません」
「確かに気持ち良かったけど、でも、八回は多すぎると思うし、礼装で隠れないところに、ちゅーってするのもダメって言ったよね?」
「すいません」
「すいませんって言っても今さらどうにもならないだろうし、次はダメだからね?」
「はい」
ベッドに丁寧に寝かされ、布団をかけられている立香からは、湿布独特の鼻に残るツンとした香りが感じられる。身体中についた痣に腰を痛めたというところから「新種の奇病か?」と、医神につつきまわされるように検査を受けさせられそうになっていた立香が、ことの次第を話す。それに呆れたというため息を受けつつ貰った、湿布とデリケートゾーンにも使える傷薬。それから、サーヴァントにも効く性欲を減退させる薬をサンソンに叩きつけるように、車椅子に乗ったまま渡したのが数分前。サンソンが責任を持って湿布を一枚一枚張り付けている間も、彼がいないうちにと無理矢理動いたことも含めた腰など身体の痛みに呻く立香に眉をハの字に曲げて、申し訳ないという表情を浮かべていた。
「マスター、申し訳ありません」
「もう、さっきも言った通り、しちゃったことは仕方ないし、次にあそこまでしなければいいんだけど、誤解はしないでね?」
「はい。それで、誤解とは?」
「嫌いじゃないってこと。シャルルと、えっちしたりするのは好きだから、限度は考えてほしいし、明日のこととかも考えてほしいけど、えっち自体は嫌じゃないってこと」
しっかりと言っておかないと、サンソンのことだ。きっと自分のことを責めて、そういうことに関しても躊躇するようになってしまうだろう。それはお互いにとっても良くないことだろうから。そう思い、立香は声をあげ、確認をとった。しかし、一つだけ立香が忘れていることがあるとすれば、それは、サンソンが生粋のフランス男であり、立香自身は本音を滅多に話さないと言われる日本人であったことだった。
33、風邪の日
はくはくと吸う息が喉を締め付け、息を続けることを億劫だと感じる。それでも生きるためにはそれを続けなければいけないし、ぼんやりとする頭であっても、止まらない体の震えであっても、小さく縮こまる体でも、それを理解していた。
「マスター、入りますね」
「ど、どう……くしゅん」
「ああ、話さなくても大丈夫ですよ」
そういいながら入ってきたサーヴァントに胸が締め付けられるように、頬が意識するより先に熱くなるあわてて吸ったり吐いたりすることを思い出した息は、彼が来る前より乱れ、端から見たら余計に具合が悪くなっているように見えるだろう。先程入ってきたサンソンも例外無くそう思ったようで、眉を歪めた。
「マスター、安静にはされてましたか?」
「うん。ゆっくり寝てたけど」
「それでも……熱は上がっていて、呼吸の乱れも大きい」
「それは」
「ゆっくり寝られていなかった?」
「まあそんなところ、かな。よく分かったね」
「ええ。僕はこれでも貴女のサーヴァントですから」
確かに眠れていなかった。それは体調が悪いことにも、それから、この想いにも関係することは理解していた。だからか、意地悪をしたくなったのだった。
「確かに眠れてなかったけど、理由までは分からないでしょ?」
息苦しさ以外でね。額から流れ出て目の縁を通ろうとする汗を、乾いた清潔な布で拭うサンソンにそう尋ねる。真面目な彼の事だ。医学的なあれやそれを答えてくれるのだろう。ちょっとそれとは違うんだけどな、と口にすることはなく、布団に潜り込むと、考え込むようにしていたサンソンが口を開く。
「寂しかった、ですか?」
「……」
「それとも、僕の事を好いてくださっているのでしょうか」
「……っ」
「どちらとも、といった感じですね。病気になったときの寂しさは、僕にも覚えがあります」
「寂しいのもあるし、それに」
「それ以上は、病気が治ってから直接リツカの口から。それではダメですか?」
そう言いながら、拭った額に口づけられたのだった。
34、指輪を貴女に
「これでどうだい?」
天才の手によって作り出されたそれは、誰もが驚くような繊細さとデザインがされている。これから贈る相手のイメージと、自身のイメージをモチーフとされた指輪に、サンソンは驚きの表情を浮かべる。
「おやおや、そんなに驚くことかい?それとも、余計なことをしてしまったかな?」
「いえ。ありがとうございます。ただ、こんなに素晴らしいデザインのものを作っていただいて、何も返すことができないのが、申し訳なく」
「それはこれを作るって決めたときにもいっただろう?君にはいつもマスターが世話になっているから、そのお礼も含めて無料で作りたいって」
「ですが」
「まったく、キミは本当に律儀だね。それじゃあ、代わりに一つ聞いてもいいかい。なんでキミは十八号サイズの指輪を立香くんに贈ろうと思ったんだい?」
「それは」
「彼女の左手の薬指は九号、その他の指、例えば親指だとしてもそこまで太くないだろう?」
「ええ、そうですね。確かに、マスターに贈る際にどのようなサイズにするかは迷いました」
一度は左手の薬指にすることも考えたと、サンソンは話を続ける。
「ただどの指にはめるとしても、彼女はどこへでもつけていこうとするかもしれませんし、そうなったときに、危険なことになるかもしれません。それでしたら、指輪という形をとったネックレスでも良いかと思いまして」
「なるほど。だからチェーンも用意して欲しいと」
「ええ」
ほのかに笑顔を浮かべるサンソンに、目の前にいたダヴィンチはため息をつきそうになるにも、それを抑える。嘘はいっていないものの、本当のことも言っていないのだろうと、天才の頭には浮かんでいた。しかし、それを言うのは野暮かもしれないと、手早く彼のマスターの元へ送り返すことにしたのだった。
「マスター、少々よろしいでしょうか?」
「どうしたの?」
これから新素材を使った開発が忙しいからと、小さな箱に入ったそれを、押し付けられるように持っていくことになったサンソンは、マスターをシミュレーションへ誘った。そこは何度も模擬戦闘で使っていた海辺。潮風が包む夕日の中へ溶け込むように起動させた、敵も存在しないそこの美しさに感嘆の声をあげた立香にサンソンは声をかける。
「マスター、いえ、リツカ。これを」
「えっと……?」
いつもは手を入れている、右のポケットに入れた小箱を取り出す。突然のことに驚く立香であったが、徐々に状況を理解していったのか、顔を夕日のように赤く染めていった。
「首を、いいでしょうか?」
「あ、え?首?」
「ええ」
立香の後ろに回り込んで、小箱には入っているものを取り出して、首に巻き付けるように取り付ける。手を滑らせることもなく、器用にパチンという音をさせた。立香は小さな重みを感じて、首もとを見てからサンソンを見上げる。
「これは、指輪?」
「ええ。頼んで作ってもらいました」
「そうだったんだ。でも、なんで首飾りに?」
「それは、そちらの方が良いかと思いまして」
「良いって?」
「防犯面、それから……リツカのことを、指輪という形で束縛はしたくない、と思いまして」
うつむくようにするサンソンであったが、見上げるように見ていた立香には、彼の表情が丸見えで。白い肌だからか、分かりやすく赤く染まっていて、思わず笑みを浮かべてしまう。
「私は、束縛されてもいいけどな?」
「しかし」
「束縛されるぐらい想ってくれてるってことでしょ?でも、これも私のことを考えて、こうやって贈ってくれたんだものね」
ありがとう。そう続けると、サンソンが顔をおおうように手をやったあと、身を捻って、立香の首にキスを落とす。立香は突然の行動に声をあげそうになったものの、意味を思い出して、振りかえって、そのまま抱きしめた。
「……それ以上はしてくれないの?シャルル?」
「これ以上は……これではダメですか?」
立香の肩に手を置いたあと、首筋を辿るように動かし、そのまま二つの影が重なることとなった。
おまけ
「ところで、どうしてこの石にしたの?」
「この石はパライバ・トルマリンといいますが、人間関係を円滑にする、人からの好意を引き付ける、という石言葉があります。それを知ったときにリツカの姿が浮かんだのです」
「そっか」
「それから、これはリツカが怒りそうな話になりますが、その石は、ダイヤモンドより希少価値がある石なのです。それに、デザインはダヴィンチがしたもの。何かあったときに、売買などを行って、交渉材料になるかと思いまして」
「それはしたくないし、聞きたくはなかったな。でも、それも私のことを心配してくれてるからなんだよね」
「ええ。ですが、すいません」
「ううん。謝らなくてもいいし、なんだったら、これに誓って、絶対無事に帰ってくるって言ってもいいよ!こうやって大切で貴重なものを持っている方が、気合い入るから!」
「ええ……?」
35、ラブホに行くまで
「それじゃあ、通信は切らせてもらおう」
レイシフトまで、そちらの時間であと半日ほどは明けておくから、今のうちにゆっくりしたまえ。そう言い残され、通知が切られる。生命の危機になるほどの怪我をおったりしなければバイタルのチェックも行わないと言われたけれど、それはつまりそういったことな訳で。周知の事実であるということに恥ずかしさを感じながらも、それを踏まえて二人きりになる時間を作ってくれたことに感謝をしつつ、手を伸ばす。存外大きくてあたたかい手は、振り払われることはなく、むしろ、しっかりと手を繋ごうと、指の間に指を差し込まれた。
「さ、サンソン」
「どうされました、マスター」
「えっと、手。嫌じゃないのかなって」
握ってくれるのは嬉しいけど、と続けると、痛くない程度に握る力を強められる。温かさが伝わってきて、自然と頬が弛んだ。
「その、期待をしてしまって。ダメでしたでしょうか」
「期待って?」
「僕のように血で汚れた手でも、握ったら喜んでくれると。それに……、貴女を、リツカを、絶頂まで導くことを許してもらえるのかと」
「ぜ、絶頂って」
言葉の選び方に、天然やら過去のことやらを思い出しつつ、意味するところに、顔が勝手に赤くなっていく。
「……サンソン先生のエッチ」
「すいません。でも、リツカも期待はしていたのではないですか?」
「まあそれは、二人っきりに時間を作ってくれるってことだったから、多少は、ね?」
「良かったです。それで、ホテルまで向かうという事で良いでしょうか?できることなら今すぐにでも君を愛したいですから」
「直接的な言い回しは良くないと思うな?でも、いいよ」
いっぱいぎゅってしてくれたら嬉しいな。そう言いながらも、手を握り返した。
36、裏切りの日&オムライスの日
「サンソン、私のこと裏切ったの?」
「ええ、そうなりますね」
「ひ、酷い」
目の前にはケチャップのかけられた立香のオムレツ。バターと塩コショウがおいしいと準備をしている間にかけられていたそれ。確かに定番といえば定番だけれど、それでもサンソンの裏切りに立香は頬を膨らませる。
「確かにケチャップはおいしいけど、おいしいけど、今日はこれを食べたかったのに」
「すいません。ですが、これを試したかったのです」
ふくらました頬をそのままに、ケチャップのかけられたオムレツをしっかり見て、目を丸くする。そこには。
「えっと、これは?」
器用にchéri cocoと書かれているが、それの意味が分からずに首をかしげる。
「ふふっ、今は秘密です」
後で調べてみてくださいね。ごまかすように向けられた柔らかな笑みに、立香は再びほほを膨らませるのであった。
37、アイデアの日
「今日は何の日でしょう?」
「……急にどうされたのですか」
シミュレーターでいつもより過激な種火集めをした後、食堂でなぜか出された、マスターの出身地の食べ物であるウナギ丼を食べる。そのあとマスターから部屋で待っているからと言われてたどり着いたのが午後九時。「リツカ、入りますよ?」と控えめに行ったノックの後、「はい」という返事があったのでそのまま入ると、なぜかネグリジェ姿で待っている立香に冒頭の台詞。はて、何の日だっただろうと頭を悩ませながら問いかけると、にやりと笑って答えるのは愛おしいけれど、少し残念な人で。
「今日はアイデアの日です!というわけで、サンソン先生とイチャイチャできる方法を一日考えてみました」
と、きゅっと抱き着いてきながら、間近で笑顔で答えてきたのであった。思わず「はぁ」とため息にも似たそれを吐き出しつつ、イチャイチャするというところから、今日あったあれやこれはそのためだったのではないかと、考え始めた。
38、スイカズラの愛
「これで、大丈夫でしょう」
「ありがとう、サンソン……サンソン?」
土にまみれた傷口を丁寧に洗い、殺菌を行う。それから患部に清潔なガーゼと、その上から包帯を巻き、圧迫しすぎないように、それでもほどけないように締める。サンソンは立香の膝にできた傷に、目の前に座る形で処置を施していたのだが、顔が幾分か曇っていた。
「ああ、すいません、リツカ」
「どうかしたの?」
「いえ、大したことではないのですが」
言葉を切り、考えるようにしながら立香の目の前で膝をついたまま、再度口を開く。
「こうして転んだり、小さなけがをしたときに、僕に頼ってくださいますよね、と思ったのですが」
「うん。まあ、そうだね」
「僕としてはうれしいのですが、どうしてそこまで僕を頼ってくださるのかと思いまして」
「それは、サンソン先生が個人的に一番話しやすいからかな?だって、サンソン先生以外だと、ベッドを投げ飛ばしたり、もっと変わった病気にかからないかって言われたり、変な薬品を使われそうになったりとか、ほら、いろいろ、ね?」
少し困ったように。でも、楽し気に立香は微笑む。他のサーヴァント達はサーヴァント達で私のことを大切にしてくれたり、気にかけてくれるのは知ってるけど、たまに困っちゃうのよね、と続ける。
「ああ、すいません、僕がいながら」
「ううん、気にはなるときもあるけど、そこまで気にはしてないから大丈夫だよ。それにサンソン先生を受診してる理由は、サンソン先生だから安心できるってだけじゃなくて、どうせ弱っているところとか見られるなら、サンソン先生がいいかなって」
「……?」
「えっとね、好きな人にだったらどんなところを見られてもいいかなって、思いまして」
うまく伝えられないけど、と、ごにょごにょ顔を赤らめながら続ける立香を一瞬、驚きの目で見つめたあと、サンソンは目を細める。
「それは、ありがとうございます、リツカ。僕も、リツカのことでしたら、これ以上は言わなくてもわかりますでしょうか?」
これ以上を言ってしまうと、真っ赤になったまま、バシバシとたたかれることを経験で分かっているサンソンは、軽く身を引きながらも微笑む。立香はそんなサンソンに、ズルイという視線を向けたまま、口を開いた。
「サンソン先生って、時々エッチだし、意地悪だし」
「すいません」
「でも、そうやって、献身的なところとかもあって、勿論それだけじゃないけど、大好き、なんだから」
「ありがとうございます」
赤い顔をしたままの立香に、抱きしめても?と、サンソンは許可を求めた。
39、秘密
温もりを感じて目を開ける。サンソンの目の前には顔を赤らめた彼のマスター。きっと何かしたのだろうとサンソンは思いつつ、それを尋ねる。
「マスター、すいません。眠ってしまっていたようですね」
「ううん、大丈夫だよ?」
「そう、でしょうか。……それで、リツカは何をしたのでしょう?」
「え?」
なんでそんなにすぐにばれるの、と言いたげな顔でリツカは見つめる。サンソンはそれすら顔に出ていますよと言いそうになりながらもそれを押さえ、口を開く。
「目を開けたとき、リツカがいつもより楽しそうにしていましたので」
「そ、そんなに分かりやすかったかな?」
「ええ。とても」
「で、でも、今は秘密でいいかな?」
視線をあちこちに向けながら、可愛らしく慌てている立香に笑みを向ける。
「秘密、ですか。それは分かりやすいもののなのでしょうか?」
「それは、うん。すぐわかると思うよ」
さて、それはどんなものなのでしょうか、と首をかしげると、とさりと自分のすぐそばに落ちる音と、軽くなる頭。あっ、と目の前にいた立香は声をあげ、サンソンは音の正体を確かめる。
「花冠、ですか?」
「うん。ナーサリーちゃんたちと作って、ちょうどシャルルが寝ていたから、飾ったら可愛いかなって」
「可愛い……僕が可愛くなっても仕方がないでしょう」
「ううん、仕方なくなんかないよ。それをのせて寝ているサンソンも可愛かったから」
ほらと、いつの間に撮っていたのだろう写真を見せられる。
「マスター?勝手に人の写真を撮ってはいけないよ」
「はう……ごめんなさい。でも、これ、待ち受けに」
「ダメです」
「うぅ……」
やっぱり色々と秘密にしておけば良かった。立香は小さく呟いたのだった。
40、そんなに熱くならないで。両方食べればいいでしょう?
「だから、…………だろう?!」
「それは違うって、全く」
言い争う声に、立香はまたかと思いつつ、近づく。その足音、または心音に一人は気づいたのか、そそくさと話を切り上げて、去っていく音が聞こえた。
「アマデウス!待て!」
「サンソン、どうしたの?」
「っ、マスター」
「カルデア内の私闘は禁止だよ?って、サンソンだったら知ってるよね」
「ええ。ですが、今日はどうしても許せなかったのです」
「どうして、かな?」
立香は首をかしげる。普段温厚な部類に入っていサンソンが、以外にも凝り性であったり、悪い言い方をしてしまえば頑固であったりすることは、マスターも理解している。ただそれでも、アマデウスに声を荒げるほどの姿は、話を切り上げることを先にしてしまうので、あまり見ることがなかった。
「それは……リツカ、笑わないで欲しいのですが」
「うん?」
「その、リツカがどちらの方が好きなのかで争っていまして」
ちょうど時間は午後三時。お茶にしようと、お茶菓子をサンソンが出していたときに、アマデウスがやってきて、どちらを出すのかと口論になったのだと言うサンソン。手には珍しく日本のお菓子。
「それって、キノコとタケノコの?」
「ええ。最初にそのお話を聞いたときには、こんなもので言い争いになるのかと思っていましたが、本当にあのようになるとは」
「まあ、仕方がないでしょ。でも、私はどっちも違っていて、どっちも好きだな」
「どちらも、ですか」
ではお茶菓子はどうしましょう。そう悩み始めるサンソンに、立香は笑みを浮かべたのだった。
