100本ノック - 6/10

51、愛おしい人

愛おしい人のどんなところが愛おしいのか。戯れにカルデア中のパートナーがいる者に聞いていく、陽の瞳を持つ女性。これを最初に聞き始めたのは、彼女と自分、それから数多のサーヴァントたちのマスターだっただろうか。そう、サンソンは考える。
年頃のマスターが聞き始め、マスターに協力することと、きっと個人的な興味から。サンソンが回想をしつつ見ている前で、マルガレータは太陽王へと近づいていき、二言、三言と、会話を始めた。
マルガレータはサンソンより後に召喚に応じたものの、カルデアに馴染むのはより早く、すぐに縁のない英霊たちとも仲良くなっていた。その中でも気難しいと言われているオジマンディアスや、同じアサシンでもタイプの異なる岡田以蔵などとも良好な関係を築き、確執もなにもなく会話できる貴重な人材となっている。
「ふむ。余にとっての勇者とは、ということか?」
「ええ。マスターが気にしていたし、私も恥ずかしいけれど気になってしまって」
「本来であれば奴共々灼くことを考えるが、許す。今日は気分が良いからな」
「ありがとう。では早速なのだけれど」
楽しそうに話し始めるオジマンディアスと、相づちを打つようにするマルガレータ。途中、サンソンとマルガレータの瞳がたまたま合い、ウィンクをサンソンはされる。つまるところ『次は貴方に聞きに行くから用意していて欲しいわ』ということだろう。
立香の愛おしいところは。そう考えると浮かぶ、数々の愛らしい姿。どこをどう語ろうか、それとも語らずに、本人に直接言ってしまおうか。言ってしまったら、どんな反応をするのか。
悩みつつ、サンソンはマルガレータの分もコーヒーを淹れていくのだった。

52、愛おしい人の愛おしいところ

『愛って一体どんなものかしら。友達を思う気持ち?王様を思う騎士たちの気持ち?それとも逆の気持ち?ライバルに対する気持ち?それとも……夫が妻に、妻が夫に感じるもの?』
『全部が全部、愛だと思うよ。だって、人が人に対して大切だって感じているものが愛なんでしょう?』
こんな話をしたのがいつのことで、誰と話したのかも覚えていないほど昔のこと。そんな昔のことを、立香は思い出す。
カルデアに来て、沢山のサーヴァントを召喚し、彼らと心を通わせていく中で、彼らのもつ愛を知っていった。数多のものと婚姻関係を結びながらも、誰かを一途に盲目に愛し殺そうとするもの。王に忠誠と誓い、尊敬と共に親しみの心をもつもの。最愛の友と妻との記憶を大切に記憶しているもの。
少女らしく愛という言葉に敏感な年頃であり、数多の英雄譚を理解してきた立香は、目の前のこれもそんな一つの愛なのかと、顔の横に着かれている手に頬を寄せる。
いつものようにサンソンとお話をして、夜も更けてきたので、となった頃。短い口づけをし、いつの間にか押し倒されて。リツカの全てが愛おしくて堪らないと思ってしまう。そう言われ。体重を掛けないようにと張られた腕も、許可がなければ先へとは進もうとしない熱をもった瞳も。見上げているだけで胸に込み上げてくるものがあり、声に出す。
「サンソン、私だって。好きだし、愛しているよ?」
「嬉しいです。ですが、リツカは僕のどんなところを好いているのか。これを聞いても?」
「勿論」
沢山の愛を見てきて、聞いてきて。結局のところ、愛がどんなものかは種類が多すぎて分からなかった。けれど、それでも愛おしいと思うところを立香は一つずつあげていくのだった。

53、ピクニック

「ピクニックに行きたいな」
レイシフトもなく、魔術の練習も、戦闘訓練もなにもない。そんなオフの日が翌日に迫っていた時のマスターの一言。本人は軽いつもりで言ったものの、カルデア中が蜂の巣をつついたように騒がしくなった。
「それで、こちらまで来たのですね」
「うん、お仕事中だったのにごめんね」
「いえ、ちょうど小休憩に入ろうと思っていたところだったので」
医務室。机に向かっていた背中を伸ばすように身体を動かすサンソン。直接医務室にいくことなど滅多にないので、見ないカルデア職員の正装。少しだけ、三十路のどこか頼りないけれど頼りになったドクターの姿を思い出した。
「ただ、最近あまりこちらを訪れていなかったようですね。必要はないと思いますが、久しぶりに健康チェックもしておきましょうか」
「うん」
カウンセリングを含めて問診が始まる。最近報告した戦闘での話。レイシフト中の行動。私生活では、夜に眠れているかということや、食堂でもバランスよく食事を取れているかなどを聞かれる。
「最近作られたエミヤ食堂は、どの料理も美味しいですよね」
「そうだね。私はちょっとがっつりいっちゃうけど、カツ丼とか親子丼とかも好き。それでね、最初の話に戻っちゃうんだけど」
「最初というと、ピクニックのお話ですか?」
「うん。レイシフトは無理だけど、シミュレーター内でピクニックみたいのが出来ないかなって思っていて」
目を輝かせながら言う立香。有事なのは分かっているけれど、それでもたまには息抜きが必要なんだもの。サンソンなら賛成してくれるでしょ、と賛同することを前提に話を進める立香。ストレス指数はそこまで高くはなっていなかったが、それと息抜きは別であろうとサンソンは考えた。
「ええ。ですがそれでしたら、最初から皆さんと一緒に準備をすればいいのでは?」
「うん。みんなと準備して、それでピクニックするのはいいと思うけどね?でも最初はサンソンと二人っきりで、ゆっくりしたいなとも思って」
最初はデートでピクニック。二回目はみんなで仲良くおにぎりでも持って一緒に行くって言うのも悪くないんじゃないかな。そう立香は頬を赤くしながら言ったのであった。

54、ロマンスの日

 付き合っているなら、何か特別なことをしてあげたい。喜んでもらえる何かがないだろうか。そう考えて立香はいつもより早くに自室から顔を出す。廊下にはまだ誰もいなかったが、ダヴィンチ工房や、一部趣味で部屋を使用しているサーヴァント達が起きていることも、色々と準備をしていることも、事前に今日のことを話していたから知っていた。
今日はロマンスの日と呼ばれている日で、恋人に特別な贈り物をおくったり、イベントを起こしたりして、楽しんだり絆を深める日である。立香を含め、恋人同士のサーヴァントや、片想いをしているもの達、それから日頃の感謝を伝えたいと思っているもの達もこの日に便乗して、毎年お祭り騒ぎのようになっているのだった。
「おはよう、ダヴィンチちゃん……って、えっと、エリちゃんと、マリーちゃん、それからアーラシュ?」
 ダヴィンチ工房で、並んでいる三人の意外な組み合わせに立香は目を丸くする。
「あら?おはようございます、マスター。マスターも今日はプレゼントを?」
「うん。マリーちゃんもサンソンたちに?」
「そうよ、と言いたいところだけれど、今回はリョーマとオリョウサンに日ごろの感謝を伝えたくて」
「そうだったんだ。そういえば、いつもライダー同士で一緒にお茶してもんね」
 初期は同郷同士で行われていたお茶会も、戦闘などで仲良くなったサーヴァント達で行うことになり、独特のコミュニティが構成される。マリーちゃんと坂本龍馬はその中でも珍しい組み合わせとして、お茶会を開いていた。立香はそのまま隣で真剣に何かを選んでいるエリザベートに声をかける。
「エリちゃんは、ロビンに?」
「そうよ。たまにはジャーマネもいたわってあげないといけないじゃない?」
 せっかく感謝を伝える日になってるんだから、伝えられる間に伝えないともったいないじゃない、とエリザベート。これはまた別の話になるだが、戦闘中にエリザベートをかばったロビンが霊基消失をしかける事件があった。それからは時々だが彼女なりに素直になり、元々ロビンに持っていた好意を見せるようになっていたのだった。
「いたわる。うん。いいと思うよ?」
「なによ、含みのある言い方ね?小ジカは、さっき言ってけどあなたの恋人にあげるのよね?」
「う。そう、だけど」
 マリーちゃんには直接聞いてしまってはいたが、あなたの恋人、と言われるのは恥ずかしいのか、立香は顔を少し赤くしながら答える。エリザベートはその反応に気をよくしたのかにやりとしつつ、言葉を紡ごうとしたところで、立香に別の声がかけられた。
「よお、マスター!ちょいと悪いが、兄さんにこれを渡したいと思ってるンだが、どうだろうな?」
 王に献上したことはあれど、恋人にプレゼントするなんてしたことがなくてな。そう割って入ったのは横にいたアーラシュ。彼なりに空気を読んで助けてくれたのだろうと察した立香は、お礼も含めて、アーラシュが持っていたものを見る。それはシンプルな金のアンクレットであった。
「おはよう、アーラシュ。アンクレット、だよね?私だったらもらってうれしいかとは思うけど、指輪がはめる指によって意味が違うみたいに、何か意味があるかもしれないから、一回調べた方がいいかもね」
「確かアンクレットって『つけたものの奴隷』って意味があったと思うけど。大英雄なんて言われているけれど、一人の人間を自分のものにしたいだなんて、随分人間らしいじゃない」
「いや、そういうつもりじゃないンだがなぁ」
 割って入られたことに対してか、それとも獲物を逃がしたからなのか、アーラシュにかみつくエリザベート。そのまま一方的に話が大きくなっていき、立香が置いて行かれたところで、店番であるヴィンチが戻ってきて、騒がないようにと注意を四人で受けるのだった。

「それで、これを僕に?」
「うん、だめ、だったかな?」
 あわよくば誰かと相談して決めたかったのだが、結局ダヴィンチ工房ではそれがかなわず。あとから入ってきたほかのサーヴァント達からも、ダヴィンチに叱られたのだとわかるオーラを出してしまっていたのも悪いが、居心地が悪く、ふと見た文具の棚にあったものに目を奪われてしまったこともあり、それをすぐに購入して、部屋に戻ったのであった。
「僕も、リツカにこれを贈りたいと思って、持ってきたのですが」
「え?」
「外見からですが、もしかして、同じものを?」
 文具を示すマークが小さく入っていて、長細い箱。立香がサンソンに渡したのは黒の箱に白のリボンがかかり、それに文具のマークが付けられていたものであった。サンソンが立香に渡そうと思って持ってきたのは、白い箱に、オレンジがかった金のリボンがかかったものであった。もちろん文房のマークもつけられている。
「もしかしたら、そうかもしれないね。今、開けても?」
「ええ。僕も、いいでしょうか?」
「勿論」
 失礼して、と二人で開け始める。リボンを解いて箱を開けると、色だけが違う同じ形のペンが姿を現し、二人は思わず笑みを浮かべた。
「ふふ。シャルルって、よくノートに書いているから、これだったら使えるかなって思って買ってきたのに」
「僕もですよ。リツカは報告書を書いたり、日記を書いたりしているでしょ?そんなときにも僕のことを思い出してくれたらなと思いまして」
 白を基調とした金の縁取りが入ったペンと、黒を基調として銀の縁取りが入ったペン。それぞれが立香とサンソンに送られたもの。色違いのお揃い。恋人に送るのであったら、もしかしたらもっとそれらしいものがあるかもしれないけれど、二人であったら、もしかしたら、これが正しい形なのかもしれないと思い、再び笑みを浮かべる。
「お揃いだね」
「そう、ですね」
「以心伝心?みたいでうれしいかな。まあ、それだけじゃなくて、私のことを考えて送ってくれたってことが一番うれしいんだけど」
「僕も、同じ気持ちですよ」
 お互いに感謝を伝えた後、せっかくだからと二人で貰ったペンを使ってみる。それは、普段使っているノートに書くことや、報告書を書くことではなく。お互いがお互いに感謝を伝えるために、愛用を伝えるために書いた、愛のこもった手紙であった。

55、穏やかな心

立香も随分なれてきたものだなと思いながら、目の前の首に口づけを落とす。結い上げられ、惜しまぬように出された首筋。一糸まとわぬ姿。まだ緊張はしているものの、以前よりは緩められた身体。ただ、ここで抱きしめたりした場合、昔のように隙間もなく小さくなってしまうのが分かっていたので、足の間で好きにさせるようにしていた。
「あ、の、サンソン」
「どうされました、リツカ?」
声にエコーがかかるように響く。リツカはまだ少し緊張しているのか、声が震えていた。
「さ、シャルルは、恥ずかしくないのかなって思って」
「恥ずかしい、ですか?」
「うん。裸って人に見せるものじゃないでしょ?それなのに、そうやって落ち着いているから」
「そう見えるでしょうか?僕もそこまでリラックスできているわけではないのですよ?」
「え?そうなの?」
リツカはサンソンをなるべく見ないようにしつつ、振り返る。リツカの目には苦笑をしているサンソンが映っていた。
「ええ。リツカは僕がいるから恥ずかしいのでしたよね?僕も、リツカがいると、落ち着かないものですよ?」
こんなにも愛おしい人が目の前にいて、何もしないでいるのは辛いでしょう。そう言いつつ、リツカのおでこにかかっている前髪を払いのけ、口づけを落とした。
「わ、わわ。急にやめてよ、もう!」
大きな声に風呂の湯気がかかるように、曇った音が響く。それに笑いながら、やっぱり無理だと立香を腕に閉じ込めるサンソンであった。

56、キャンドルナイト

「そこでね、女の人が聞いてきたの?『これでも私きれい?』って!」
キャー!と、悲鳴が響くカルデアの一角。暗くなったレクリエーションルームに仄かに光るのはいくつかのろうそくの灯火。リツカは自分の目の前にある炎を吹き消して、話を終えたのだった。

「リツカ、今日も楽しい一日を過ごせましたか?」
「うん。特に英雄王が頭から天井に突っ込んで、上の階からロビンの悲鳴が上がったところは面白かったな」
そういったことではなかったのだが、リツカが楽しかったのならいいかと、サンソンは軽く頷きながら話を促す。今は、レクリエーションルームからの帰りで、立香の部屋で、家主とサンソンが一緒にカモミールティーを飲んでいるところであった。
「でも、サンソンも参加すればよかったのに。百物語に」
「僕は、遠慮しておきたいなと思いまして」
「まあ、そういうとは思ってたけど」
立香は頬を膨らませながら言う。そんなところにもかわいさを感じつつ、参加しなかった理由を話した。
「僕も参加しようとは考えましたが、きっと参加をしたら、本物を呼び寄せてしまうと思ったのです」
亡霊というものがいるならば、自身が首を切ることになった者たちの無念が、そうなっている可能性は高いだろう。そんな状態で、例えそのもの達に関することでなくても話すとしたら。レクリエーションルームで戦闘は起こしたくない。サンソンはそう考えていた。
「それは、考えてなかった。軽率だったかも。ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ」
立香はハーブティーにいれたはちみつを溶かすようにスプーンをまわす。カラカラと、その音が小さく響く室内。サンソンが残りのお茶を飲もうとカップを傾けたとき、そうだと立香が声をあげた。
「どうされたのですか?」
「ちょっと思い出したんだけど、まだろうそくって残ってるかな?」
「ええ、こちらに」
お茶を飲んだ後に片しに行こうと思っていたから持ち歩いていたそれをポケットから取り出す。立香はそれを受け取り、持っていたマッチでいくつかに火をつけた後、部屋を暗くする。
「えっと、リツカ?また怪談を行うのですか?」
「ううん、違くてね。ろうそくって癒しの効果があるらしいし、鎮魂に繋がるって言われてるって、どこかで言われてた気がしたから、一石二鳥かなって思って」
サンソンは一本のろうそくの乗ったものを手渡される。
「正直、百物語がちょっと怖かったって言うのもあるし、それにサンソンがそれを気にするんだったら、魂が安らげるようにって。って、サンソンキリスト教徒だったね、ごめんね」
「いえ、いいのですよ。リツカがそうやって僕のことを考えてくださったということだけで、僕は嬉しいので」
自分の信ずるものに対しての信仰の方法とは異なるものの、立香にはそのままでいて欲しいと思うサンソン。
そんな二人をキャンドルの小さな光が照らしていたのだった。

57、ココアシガレット

口寂しくて、箱を漁る。白い棒状のものを取り出して口に含みつつ、反対側の先端に手を持っていったところでサンソンはリツカに声をかけられた。
「サンソン?」
「リツカ?どうかなさいましたか?」
「特にこれと言った用事はないけど、珍しく煙草を吸っているのかと思って」
口に咥えていたそれを、リツカと話す前に手で取り、手持ち無沙汰に動かす。立香はそれを煙草だと思ったようで、サンソン苦笑しつつ弁解した。
「これですか?煙草ではないですよ」
一本いりますか、と胸ポケットにしまった箱を取り出す。ココアシガレット。
カルデアに来てから煙草を吸っているサーヴァントはよく見かけるし、サンソン自身も身体に悪いと思いつつ、興味本意で一本ロビンから貰い、吸ったこともあった。しかし、それが習慣になることはなく、ただ口寂しいという感情が時々出てくるときがあり、そんなときにであったのが、ココアシガレットだったのだ。煙草を嗜むサーヴァントからは『子供か』と言われることもあったが、サンソンはこれを気に入っていた。
「私もいいの?ってこれ、ココアシガレットじゃん。なんだ、本当に煙草じゃないんだ」
「ええ。マスターはまだ二十歳を越えていないと記憶しておりますが?」
「う。その通りのお子さまですよ」
煙草だってお酒だってまだダメな年だって言うのは分かっているけれど、これはいくらなんでも子供扱いすぎやしないかな?
立香は頬を膨らませて拗ねるようにしつつ、ココアシガレットをサンソンから一本受けとる。
「子供扱いはしておりませんよ。ただ、煙草は、僕も時々言っている通り、あまり身体に良くないものなので。マスターがそういったものに手を出すのは、少し心配なのです」
「本当に?」
「ええ。いつだってそうですよ」
分かったと、何を思い出したのか、赤くなったり青くなったりする立香を見つめながらサンソンは微笑みつつ、ココアシガレットの残りを食べるのであった。

58、眠れない夜は

「うぅん……」
眠れずに、ベッドの中で藤丸立香はごろごろと転がる。眠れない理由は毎回異なっていたが、今回は精神的と肉体的なものの両方。戦闘訓練が続いたため、昂るようになってしまったこと。それから、訓練とは言えほぼ実戦のような戦いで傷を負ってしまい、それが今になって痛み出すということからであった。
「本当に眠れないな」
眠るときは、サーヴァント達も立香を一人にしてくれているため、ただ一人の呟きとなる。それにもどこか寂しさとむなしさを感じ、ベッドサイドの明かりをつけたところで、扉をノックされる。
「マスター、扉を開けていただいても?」
「サンソン?」
「ええ、サンソンです」
ベッドから起き上がり、傷に響かない程度に急いで扉を開ける。目の前には心配そうなハの字眉をしたサンソン。両手にはマグカップを持っていた。
「マスター、やはり眠れていなかったのですね」
「うん、ちょっと今日はね」
サンソンは目元を確認してため息をついた後、そのまま部屋へ入り、わずかな明かりが灯っているベッドサイドの机に、慎重にカップを置く。
「今日は眠れていないと思って、これを持ってきて正解だったようですね」
「これって?」
「ホットミルクです。チョコレートをいれてもよかったのですが、それをするのはあまりよろしくないかと」
婦長や厨房にたってくれている英霊達に叱られる未来が用意に想像できて、立香は微笑む。
「カロリーたっぷりだし、虫歯にもなるかもしれないし、あとは叱られそうだね」
「ええ」
そういえば昔の映画で、子供がハロウィンのお菓子全てを取り上げられ、一つ一つ、どこがどう歯に悪いか説明を受けていたシーンがあった気がする。婦長だったらその姿も似合うかもしれないと思いつつ、そもそも婦長だったらベッドを投げてくるかもしれないと思い直し、慌ててその考えを振りはらった。
「マスター、これを飲んでからでもいいので、少し足を見せていただけますか?」
「どうして、かな?」
「不眠の原因ですが、ただ単に気分が高揚しているからだけではないのでしょう。午後の戦闘訓練後半から、右足を庇うような歩き方をしておりましたし、今さっきも、扉の前に来るまで少し時間がかかっておりましたから」
「それに気づいてるのは」
「僕と、アスクレピオス、それから千里眼持ちのサーヴァントだけだと思いますよ」
千里眼持ちといったら、アーラシュ、マーリン、それからギルガメッシュ王。あまり気にしてはいなかったけれど、戦闘訓練中『雑種は後方で支援をするがよい』と言っていたのはそういうことだったのかと、今さら理解をしたのだった。
「私、王様に気を遣ってもらっちゃったのかな。あまり無理をしている気はなかったのだけれど」
「ええ、僕も彼に頼まれたところもありますから。明日お礼に行きましょう」
それで、足を見せてもらえますか。改めて問われ、ばれていることもあり観念して足をさらす。腫れ上がってはいないものの、一部変色をして、スカートに隠れるような危うい部分には切り傷もある。サンソンは一つ一つ確認をしつつ、手当てをしていった。
「これで、安静にしていれば明日には問題なく動けるでしょう」
「ありがとう、サンソン先生」
「先生と呼ばれるのは。生前にも呼ばれたことはありますが、サンソンと呼ばれるか、シャルルと呼ばれたいですね」
「じゃあ、シャルル。ありがとう」
「……どういたしまして」
魔術という名の手当てと、人間レベルの手当ての両方を受け、多少固定された足。動かさないようにしつつ、ホットミルクも相まって襲ってきた眠気に欠伸を一つ。
サンソンはそんな立香に微笑んで、ベッドへと潜らせるのであった。

59、素直な気持ち

「りつか、あいしていますよ」
「ひょえぇぇ、ダヴィンチちゃんこれなに?」
目の前にはどう見ても何かおかしなバフを受けたサンソンがニコニコと、普段絶対に見せないような笑みを浮かべている。表情筋の使い方すら異なっているので、元に戻った頃には筋肉痛にならないかな、など現実逃避をしつつ、無駄に近づいて、勢いで押し倒されかけている自身の体を元の位置までずらそうとしていた。
「解析完了。結果だけを伝えると『受けると子供っぽさを備えた素直になるバフ』を受けたみたいだね。さっき倒した本型エネミーの呪いらしい。まあ、一日たてば戻るだろうし、今日はもう戦闘は無しだ。部屋でゆっくりしたらいいんじゃないかな?」
馬に蹴られる前に解散解散と、シミュレーターの戦闘訓練の終わりが告げられ、景色が殺風景な部屋へ戻っていく。一緒に戦っていた皆に声をかけるも
「なぜ俺に声をかける?今目の前にいるソイツの相手をしていればいいだろう?それともなんだ、俺に恋愛小説のネタにでもしろと?」
「こういった時はあまり他所が介入すべきではないと聞いたことがあるからな」
「申し訳ありません、マスター。お側につき、現状を打破したいという思いはありますが、彼の名誉のためにも二人っきりの方がいいかと思いまして」
最後に深々とお辞儀をして去っていったベディを抜いて、薄情者めと言いたい気持ちを押さえつつ、グリグリと胸に顔を押し付けているサンソンを仕方なく抱きしめる。嬉しそうに顔をあげる彼の頭を撫でつつ、どうしたものかと考えていると、膝裏と背中に手をまわされ、横抱きにされる。そのままサンソンは、通りすぎるサーヴァントや職員たちが唖然としているところをズンズンと私の部屋へ向かって歩いていった。
横抱きにされるなんて何かあったのかと声をかけてこようとするものたちに対しては、いち早く現状をのみこんだものが声をかけ、結局誰も声をかけてくることなく、部屋にたどり着く。ぽすん、とたどり着いたところでベッドに下ろされ、上からぎゅうぎゅうとのし掛かられた。
「お、おも……サンソン?」
「……」
「シャルル?」
「どうして、なのでしょう」
「どうしたの?」
「ぼくのマスターは、ぼくだけのものではないのに、どうしてだって、ぼくだけのものにしたくなってしまう」
ぎゅっと抱きしめられる。体重をいつもだったらかけないようにと腕で体を支えているがそれもない。正直重いし苦しいけれど、見つめるサンソンの瞳の奥にある苦しさに比べたらと思うと、自然と力を抜いて、身を任せるように見つめ返した。
「マスター、どうして?」
「どうしてって、酷いこととか望まないことはしないでしょうし、シャルルってば、酷い顔してるから。そんな顔させてるのは私だけれど、これからも酷い顔させるかもしれないからね」
「それは」
バフとは言え、素直な気持ちになると、嫉妬を浮かべるだなんてかわいい人だな、と立香は思う。円卓の騎士達や、芸術家たち。数々の王やその下についたもの、神話上の者。初めて出会うものもいたけれど、皆が皆大切であった。ただ、その中でも立香にとって大切で特別なのはサンソンであり、また、今のサンソンのような気持ちを時々立香自身が持ってしまっていることをサンソンは知っているのだろうかとも思う。そんな気持ちをこめて、目の前の彼に口づけをしたのだった。

60、共有

「おはようございます、リツカ。今日は何を学んでいるのでしょうか」
「おはよう、サンソン。今日は車の運転についてだよ。元の世界に戻ったら、自国の免許か国際免許を取りたいと思って」
書庫の端にある机に向かう立香に声をかけるサンソン。目の前には普段見ない書物と車の模型。それから半分ほど書き込まれたノートが広がっている。
「これは教本と問題集なんだけどね『車に乗るときは気を付けなければならない』っていう問題、サンソンだったら丸かバツ、どっちだと思う?」
「それは丸ではないのですか?」
「やっぱりそう思うよね。でも答えはバツで、理由は『車に乗るとき以外にも気を付けてなきゃいけないから』だって」
「なるほど、そういった引っ掛けのようなものもあるのですね」
「そうなの。深読みをしなきゃいけなかったり、逆にそれは考えすぎってところまで考えちゃったりしてて。なかなかに難しいや」
立香は車の模型を手で転がしながら答える。車の裏にはダヴィンチ印が書かれていることからも、何かあるものと思いつつ、そういえばとサンソンは口を開いた。
「マスター。問題集を解くのもいいですが、確か免許取得には実試験もあるのでは?」
「うん。だからこの模型も持ってきたんだけど」
「模型で実試験ですか?」
「そういう訳じゃないけど、そんな感じ?ダヴィンチちゃんに頼んで作ってもらったんだけど、シミュレーターと組み合わせて使うと、この模型の中にはいって運転している気分を味わえる、みたいなやつ」
サンソンも実際に体験してみる?と、机の上の荷物を片付けはじめていた立香は、問いかけつつサンソンの手をとって、シミュレーターへ向かった。
「まずは模型を町中をイメージした場所に置いて」
「町の模型もあるのですね。これは、工事現場ですか?」
「うん、徐行運転とか色々と練習できるようにされてるんだって」
慣れた手付きで、今日はこの練習をしよう、あれが復習したい、など決めていく立香。サンソンは感心したように見つつ、設定が終わるのを待った。
「サンソンは設定をいじらなくてよかったの?」
「ええ。触ってもよかったのですが、試験を受けるのは立香でしょう?」
「それはそうだけど、予期せぬハプニングとかあるシチュエーションにしてみるのもいいかなって思って。
おっと」
目の前に車が出現する。これもシミュレーターの一部と分かってはいるけれど、初めて同じようなものを見たときから、本物のようだと感心している。
立香は乗ろう、と元気よく運転席側につき、サンソンは助手席側につく。
サンソンは、緊張しつつも笑みを浮かべて運転の前準備をしている立香を見る。立香は今を生きていて、これからも成長していく存在、自身で成長していこうとしている存在である。ただ、自分とは違うものなのだが、こうやって今を楽しく、今を生きていないものとでも一緒に、寄り添って楽しさを共有しようとしてくれる人なのだと改めて感じたのだった。