61、お風呂の日
「シャルル、えっちしよう?」
「ダメだといったでしょう?」
レイシフトをしていたり、生理中だったり、訓練続きで疲れてしまっていたりと、しばらくえっちなことを出来ないでいたのだが、ようやく翌日はフリーですぐに眠らなくて済む日を作ることが出来たのだった。それなのだが、サンソンの反応は思わしくなく、立香はむくれる。それだったらえっちより恥ずかしいけれど、お風呂に一緒に入るのは、と提案したところ、少し考える素振りをしてから、いいですよとサンソンは答えたのだった。
「えっちなことはしないから、一緒にお風呂に入りたいと言ったのは、マスターでしたよね?」
「確かにいったけどさ」
確かにお風呂に一緒にはいるために、えっちなことは一切しないということを条件としたけれど、恋人としては期待してしまうのもしかたがないことであり、立香は再びむくれながらも口を開く。
「だいたい、どうしてえっちなことしちゃダメなの?」
「それは、久しぶりだからですよ」
「久しぶりだから?久しぶりだとしちゃダメなの?」
「今までに、ここまでリツカとシていない日がありましたか?」
浴室に湿った声が響く。立香は考えた後に、無かったと答えた。
「ありませんでしたよね。最初にリツカとシたときからですが、僕のこれにリツカの膣内を慣らすようにしていたのですが、日が空いてしまったので」
これはあくまでも医療行為としての接触ですからね、と断りをいれてから、立香の膣内に指を一本潜り込ませようとする。久しぶりなのだから体が拒んで痛みをもたらすであろう。だから性急な行為は行わないと決めていたサンソンの意に反して、そこはいとも容易く指を飲み込み、二本目三本目はまだかと言うようにきゅうきゅうと締め付けてきた。
「リツカ?」
「だから、エッチしないのって言ったのに」
とろけそうな声で立香は答える。突然指を入れられても動揺しないどころか、快楽を得て、もっともっとと請う立香に、サンソンの理性が溶けかけ、慌てて指を引き抜いた。
「しばらくしてないからもっときつくなっていると思ったって顔してるね」
「ええ、その通りですが、なぜ?」
「サンソンとのえっちを思い出してたら、体が疼いちゃって、一人でしていました」
だから、すぐに挿れても大丈夫だし、乱暴してもいいよ、と立香は少し赤くなりながらも答える。サンソンはそんな立香を見つめながら、理性を手放すべきか、それともベッドまで我慢すべきかと考えた。
62、我慢できないもの
温厚とは、穏やかで優しくまじめなさまを現す。この説明であったらサンソンも温厚な部類に入るのだと立香は思っている。思っているのだが、目の前の光景にため息尾つくしかできないのであった。
「なぜそんなことができるんだ、アマデウス!」
「なぜって?面白いからに決まているだろう?」
「ええい、もううるさいぞ!」
サンソン、デオン。いつもなら温厚そうな二人が、アマデウスや王妃、それからなぜかマスターである立香が関連するとこうなってしまうことはよくあることである。そんなことから、周りのサーヴァントからも面白がられたり、どんな結末で終わるのかと賭けの対象になったりと、してしまっているのであった。
「おはよう、みんな。今回は何しているの?」
「おはようございます、マスター。さっきからこの男がマスターの座る椅子のクッションをこれに変えようとしていて」
「なにこれ」
サンソンの手には、アマデウスから無理やり奪ったかわいらしいニコちゃんマークの書かれた、空気が半分抜かれた風船のようなもの。よく見ると、ブーブークッションと小さく書かれていた。
「ブーブークッション?って座るとブーブー音が鳴るアレ?」
「ええ、それです。なんでこんなものをしかけようと」
「面白いだろ?」
「面白くなんかないだろ」
再び言い争いが始まりそうな雰囲気を感じ取り、立香は右手を思わず顔の横に持っていき、魔力を込める。
「サンソン、アマデウス。令呪をもって命」
「すいません、マスター」
「わるかったよ、マスター」
「わかればよろしい」
令呪二画の喪失の代わりに二人に絶対的な命令を行おうとしたマスターを慌てて止める。静かになった三人のそばで、デオンはいつものように椅子に座り直して紅茶を飲み、さらに離れたところにいた賭けに負けたサーヴァント達は、悔し涙を見せるのであった。
おまけ
「どうしてサンソンは、アマデウスとは言い争いになっちゃうの?デオンはサンソンとアマデウスの間に割って入ることが多いからわかるんだけどね?」
アマデウスの音楽魔術にぼろぼろにされたサンソンの治療を立香は行う。そんなことをしなくても、自分のスキルで何とかしますから、といったサンソンを咎めるためにも無言の圧をかけたのだった。
「それは、アマデウスがどうしようもないことをするからで」
「それはわかるよ。ブーブークッションだったり、お酒の代金をちょっと貸してほしいって言われたりとか、いろいろあったから。でも、それだけでそんなに怒るのかなて思って」
「そういったところは鋭いですよね、マスターは」
「そうなの?」
治療を続けつつ、サンソンの方を見て、首をかしげる。サンソンはそれにうなづきつつ、話を続ける。
「マスターはあいつが召喚された時のことは覚えていますか?」
「うん。確か『戦いはできないけど、私の人生を飾ることだけは約束しよう』みたいなことを言ってくれてたよね」
「ええ。それが、僕にとってはどうしようもなく苦しいのです」
「どうして?」
「僕は、あいつと違ってこの手を汚すことしかできない人生でした。確かに狩りや音楽も少しはたしなんでいたことはあります。ですが、彼のようにマスターの人生を彩れるようなことができるのかと言ったら、僕は」
「サンソン、私はね」
「マスター?」
「私は、藤丸立香は、サンソンと一緒に戦ってきて、一緒に過ごしてきて、今までを振り返っても楽しいと思ってるよ?それに、恋人になれてうれしいとも思っているの。だから、自分をそうやって卑下しないで?」
「リツカ」
「あと、自分ができないからって、アマデウスに八つ当たりするのは禁止、だよ?」
「……はい」
少し強めに包帯を締め、立香はにこりと微笑む。傷を締め上げられる痛みとその微笑みに、どこかで「殺菌!消毒!」と言いながら患者をベッドに縛り付けたりしている女性を思い出し、身体をこわばらせながら、サンソンは頷くのであった。
63、暴走する鶏
カルデア内を大量の鶏が走り出す。それはもう怒涛の勢いで。なぜこんなことが起きているかと言えば、特異点修復の際にサンプルとして回収したエネミーが、暴走を起こしたのであった。
「な、何でこんなことに」
「こうなってしまっては仕方がないでしょう。まさか逃がした鶏が勝手に繁殖を行うだなんて、誰も思ってはいなかったと思いますよ」
「だからエネミーの回収はしない方がいいって言ったのに」
大量の鶏の後ろを追いかけながら立香はぼやく。カルデアの物資は未だに潤沢とは言えない状態で、それは英霊の力を強くするものだけではなく、食料物資に関してもそうであった。なので、利用できるものはなるべく利用しようと、羽の回収及び食肉と卵の回収を鶏で行おうとしたのだった。
「僕は、この辺りまで来たことはないのですが、図面上ではこの先が行き止まりになっていたような」
「確か、そうだったね。サンソン、宝具の準備は出来ている?」
「ええ」
できればこんなことで使いたくはないけれど、今の暴走状態なら仕方がない。後からついてきているだろうサーヴァント達にも声をかける。
「宝具を展開できる人は展開の準備を」
何人かの了承の声を聞きつつ、追い詰められた鶏達がこちらに向き直り、嘴を開けているのを見ることとなった。
おまけ
「鶏のキックって痛いね」
「リツカの知っている鶏ではないのもありますからね」
ちょこちょこと、嘴でつつかれたり蹴られたりしてできた傷に消毒液をつけられ、ついでにと、メディカルチェックも受けることとなる。擦り傷、切り傷、抉り傷、火傷。大なり小なり体中にある傷を、明かりのもとでチェックされた。
「これで全て、ですね」
「残る傷って結構ある?」
「ええ、浅い傷であれば、自然の治癒力で治る可能性もありますが、マスターのは」
「深かったり、そもそも皮膚再生が難しいような傷ってことかな?」
「ええ」
サンソンはうつむく。立香はそんなサンソンを見つつ、わざとらしく息をはいた。
「シャルル。私ね、王子さまみたいな人と、小さい教会で結婚式をあげたいなって思っていたの。ドレスはストレートビスチェかオフショルダーのやつ」
「リツカ」
「でもこんなにボロボロの身体だとね、似合わないかもしれないし、そもそもそんな誰かとなんて、結婚出来ないと思ってるんだ」
「……」
全てがもとに戻ったら。立香はなにもしがらみない一般人であるから、そのように暮らすのだろう。ただ、そんな彼女に背負わせたものの残りは身体中に残っている。人類を守ったという誇りになるのであろうが、それは一般人としては不要なもので、むしろ彼女を生きづらくさせるものなのだろうとサンソンは考える。そうしている間に、意思を持たない口が開いていた。
「僕では、ダメですか?」
「え?」
「結婚の相手のことです。僕は処刑人ですから、リツカのいう王子さまにはなれません。でも、退去することになるまでの愛は永遠だと思うのです」
「え、えっと」
「リツカが気にするのであれば、式に呼ぶのはカルデアの職員とサーヴァントだけにしましょう。それに、生涯を誓えないのであれば、ここにいる間だけでも、その間だけの永遠を誓いましょう」
これでも、ダメですか?サンソンは立香の瞳を覗き込む。立香は驚いて何度かまばたきしたあと、笑顔になった。
「それってプロポーズ?」
「いえ、そういうことでは」
「あるよね?でもシャルルと結婚、嬉しいかも」
愛してくれることも、夢を叶えてくれようとしてくれることも、全部が全部嬉しいのだと、立香は笑顔でサンソンに言ったのだった。
64、天体を眺めて
「これは、綺麗ですね」
「でしょ?」
カルデア内マスターの部屋にて。暗くした部屋の中には天体を模す明かりが点滅している。何故かこちらに来るときに持ち込んでいた家庭用プラネタリウムを先日発見して、マシュと見ることを約束し、試運転としてサンソンと動かしているのであった。
「確か、あれが北極星に、あっちはオリオン座でしょ」
「観測するものに不備はなさそうですね」
「うん、よかった」
「今日は確認だけでしたよね?それでしたら、これぐらいで終わりにしますか?それとも、これをつけたまま眠りますか?」
「せっかくだから、つけたまま寝てもいいかな。いい?」
「ええ、勿論」
「ありがとう。でもせっかくつけたんだし、寝る前にもう少し眺めていたいかも」
サンソンも一緒にいることだし、こうやってゆっくりできることも少ないでしょ。立香はそう言いながら、サンソンの横に詰める。二人はそのまましばらく映し出される星々を眺めた。
「そういえば、サリエリ先生に一回『お前は星のようだな』って言われたことがあるんだけど」
「星、ですか?」
立香の性格や見た目から、太陽のようだと言われることはよくあることであったことから、珍しいことだとサンソンは思う。
「うん。星って沢山あって輝いてるでしょ?それも大きさも違って。世界には色々な人がいて、ここにいるみんなみたいに凄いことをしている人たちもいる。私なんかはそんなに凄いことしてないけど、サリエリ先生はどこかに存在する星みたいに輝いてるって言ってたの。」
沢山の人がいて、輝いている。世界の、人間の縮図みたいなところでだけれど、私もそんな星みたいに少しは輝けてるかな?輝いていけそうかな?藤丸立香は独り言とも質問とも取れる言葉を吐き出す。
平凡な人生を生きてきた一般人の藤丸立香。今はたった一人のマスターとして、普通の人間がなし得ないようなことも行っているが、彼女はごく普通の少女である。そんな少女が願うこと。サンソンは、もう十分あなたはあなたの人生を輝かしく生きていると言いたい気持ちを持ちつつ、彼女のこれからに思いを馳せる。
全てが終わってここにいる英霊達が再び退去をしたあと、藤丸立香はどう生きるのか。サリエリが例え、彼女が望んだ通りに、一点の星のように小さな輝きを持って、生きて、死んでいくのか。
「あなたは、十分に輝いていますし、これからもその輝きを増すことも出来るでしょう」
生きているのだから、これからも生きていくのだから。
サンソンはそんな思いを込めて、そう言ったのだった。
65、誕生日おめでとう
お誕生日おめでとう。食堂に飾られた幕にはそのように書かれており、何人ものサーヴァントや職員が、代わる代わる本日の主役に挨拶をしに来る。立香は一人一人にお礼を言いつつ、渡されるプレゼントが山になり始めていることを心配していた。
「お誕生日おめでとう、立香ちゃん」
「ありがとう、ドクター。でも大丈夫?目の下に隈出来てるけど」
「心配してくれたのかい?でも大丈夫だよ。はいこれ。立香ちゃんだったら、喜ぶんじゃないかと思って」
「これは、新しいシュシュ?ありがとう」
普段使いの黄色いシュシュではなく、引き締まった気持ちを与えてくれるような黒いシュシュ。少しだけ大人っぽさを感じさせるそれに、立香は頬を緩める。
「気に入ってもらえてよかった。実はこれ、もう必要はないかもしれないけれど、今開発中の新しい礼装の一部でね。それだけでも、魔術を安定して使えるように調整したから、何かあったときには使って欲しいな」
「うん、使わせてもらうね」
髪にはいつものシュシュをつけているから後で付け替えることにしつつ、代わりにと手首に通す。それからも次々と言葉を交わしに来る者達に、立香は多すぎるプレゼントと『本日の主役』というたすきの意味を感じとり、冷や汗もかきながら、ありがとうという言葉を向けるのであった。
「ふぅ~。にぇむい。もー、眠いよ、しゃるる~」
「マスター、お酒を飲まれましたか?」
盛大に開かれた食事会も終わり、両手で抱えきれないプレゼントをサンソンと一緒に運んだ立香は、ベッドの端に頭をのせて地面に身体を横たえる。それをサンソンは、いつもの位置に身体を動かし、シーツをかける。常であればこんなにふにゃりとした口調になったり、変なところで眠ったりはしないので、ついそのように声をかけてしまう。立香はおとなしくベッドに潜り込みながら肯定の意を示した。
「うん。だってもう二十歳になったんだから」
「二十歳だったのですか?」
「あれ?サンソンは知らなかった?」
「ええ、ただ今日の誕生会は去年より豪勢だったなとは思いましたが」
「日本だと二十歳で成人、ちょっとしたお祝いの歳だからね。でもあんなに祝ってくれるとは思わなかったな。嬉しい」
照れるように丸まり、それによってシーツかぐちゃぐちゃになっていく。
「プレゼントも沢山貰えましたよね」
「うん、まさか抱えきれなくなるほど貰えるとは思っていなかったな。あ、貰ったお花は」
「ええ、花瓶にもう挿しておりますよ」
「よかった。鉢植えも貰っちゃったから、そっちも飾らないとね」
「それは明日でも。ほら、マスター。もうあなたの目も閉じかけていますよ」
眠いのでしたら、寝てしまいましょう。そう言いながら、サンソンは立香の背中をあやすように撫で付ける。立香はその心地よさにあっという間に眠りについた。
「マスター、いえ、リツカ。誕生日おめでとうございます。これからも健やかに、生きていてくださいね?」
幸せそうに、お酒を飲んだせいで赤くなっている寝顔を眺めながら、サンソンは微笑んだのだった。
66、ウォークマン
「マスター、これは?」
「ウォークマンだね。音楽を聴けるやつ」
「知識としては持っているのですが、本物は初めて見ました」
「そうなの?今まで忘れてたぐらい奥にしまってあったし、ダメ元で聞いてみる?」
整理整頓と称して、カルデアに来たときの荷物を全て出してみる立香。その中にはウォークマンや、いくらかの勉強道具も見受けられる。
結局こっちに来ても勉強はしなかったなと立香は言いつつ、休憩だとベッドサイドに座ってサンソンもこっちにと手招きしてから、ウォークマンを手に取って動かし始めた。
「これは、まだ生きてるね。イヤホンはどうかな?」
ウォークマンにぐるぐる巻きにされていたそれを広げ、耳にいれる。しばらく再生ボタンと次の曲へ向かうボタンらしきものを押していたが、思い出したようにサンソンに片耳分のイヤホンを渡してきた。
「はい。本当は両耳で聞かないと、ステレオ音源だから変になっちゃうかもしれないけど」
「ありがとうございます」
立香から受け取り、立香とは反対の耳、右耳に入れる。イヤホンの短さも合間って、グッと距離が近づいた。
「こうしてると学生生活が懐かしいな」
「リツカはよくこうやって聴くことが多かったのですか?」
「うん、女の子の友達と。って言ってもいつも聴かせて貰ってたんだけどね」
このウォークマンもその友達が引っ越すからって、そのときに貰ったものだし。そう立香は続ける。
「こうやってくっつくぐらいの近さで聴くんだけど、近づきすぎてぶつかったり、あとは、お前ら距離近すぎって感じでからかわれたりしたかな」
「リツカにとっては良い思い出なのですね」
「うん。ちょっと懐かしくなって喋りすぎたかな?」
「いえ、リツカの思い出を聴くことが出来て、僕は嬉しいですよ。もう少しこうしていても良いですか?」
穏やかに問いかけるサンソンに、立香は良いよと言いつつ、なにかを思い付いたように笑顔になって、ウォークマンを動かし始めた。
ピピピ、と音が何回かなったあと、曲が流れ始める。
「これはっ!」
「驚いちゃった?」
悪戯が成功した子供のように立香はニヤリと笑う。サンソンは質が悪いとでもいうように眉を潜めた。
「これはあいつの」
「アイネ・クライネ・ナハトムジークだよ。こうやって相手が驚きそうな音楽を入れて聴かせることもやってたんだ。サンソンも学生だったら体験してたかもね?」
でも、大音量とか高音すぎるのとかで驚かすのは禁止だったなと、懐かしそうに立香は呟いた。
サンソンを驚かしたあとは、もう役目は終わりというようにボタンを再度押し、別の曲をかける。それからは穏やかな時が過ぎたのだった。
67、失敗した策略
「これでどうだ」
愛の霊薬をふんだんに使ったお菓子を目の前にする。卵を上に塗りつけて艶やかさを出し、中にはチョコレートが入っているパイ。愛の霊薬を入れないで作ってもよかったかなと思いながら、立香は出来上がったものを箱にいれようとした。
「マスター、作り終わりました?」
「うん。これでバッチリだと思う」
「調理場に入らないでと言われたときには何事かと思いましたが、良い香りですね。お菓子、パイ生地を使ったののでしょうか?」
調理場には入らないものの、失敗して爆発などした場合に備えてだろうか、立香の部屋からついてきたサンソンがそう聞いてくる。立香はこれでもお菓子作りに関しては自信があるので失礼とも思ったが、これはチャンスだと感じ、サンソンを呼ぶことにした。
「うん。これから味見しようと思うんだけど、サンソンもよかったら、みてくれない?」
「ええ、いいですよ」
「ありがとう」
最初からそうするつもりだったのだからと、パイを切り分ける。少し冷めていたが未だに溶けかけているチョコレートがパイの端につく。皿にそれを乗っけたところで、自分が食べるわけにもいかないことを思い出した。
「はい。これが作ったやつだよ。それで、よくよく考えたら作る途中で沢山味見しちゃってたから、お腹一杯になっちゃってて、サンソンだけ食べてくれるかな?」
その間に紅茶を入れてくるからと、パイの乗ったお皿を受け取ってくれたことを確認して、紅茶を淹れ始める。
いただきますと言う声と、カトラリーのあまり響かない音を聞きながら、後ろを向いたまま準備する立香。エミヤもだったけれど、ロビンも紅茶を淹れるのが得意だったよな、お国柄なのかな。そんな事も考えながら、サンソンに盛った毒が彼にまわるのを待つ。遅効性ではないと確認していたからそろそろ効き始めるはずだと、紅茶を彼のいる場所へ持っていこうとした瞬間、淡い緑の光が彼を包み込んだ。
「弱体解除?」
「ええ、なにやらデバフのようなものがかかり始めていたようなので」
「かかり始めていた?」
「リツカ、とぼけるのはやめてください。何をこれに盛ったのでしょう?」
「ゴメンナサイ、愛の霊薬を盛りました」
パイを指差しながら怒りはしないからといった表情を向けてくるサンソンに立香は言う。サンソンは霊薬の名前を聞いたあと、一瞬なにかを考えてから立香に近づいて、視線をあわせるようにしてくる。
「リツカ、僕は怒りませんが、どうしてそんなことをしたのか教えてくれませんか?」
「だって、シャルルがと最近、一緒にいたり、甘えたりとか出来ないから」
「そうでしたか。それは僕にも非がありますね」
「そんなことは」
ない、と言う前に、軽い口づけを受ける。
「弱体解除をしても残っているのかもしれませんが。一先ず僕が今まで我慢して触れないようにしていたこと、一緒にいないようにしていたことを理解してもらいたいですね」
僕だって我慢しているのですからと、続けられた言葉に、はい、と返すことしか立香には出来なかった。
68、空想
例えばここがカルデアではなくて。例えば学校だったとして。会社だったとして。何かの教室だったりして。眠れない夜はこうして一つ一つ空想していく。
「マスター、ホットチョコレートを持ってきました。開けていただけませんか?」
「うん。ちょっと待ってね」
空想を止めてベッドから起き上がる。サンソンは外にいたはずだけれど、きっと眠れなくてベッドの中で動いている私の音を聞いたのだろうと思いつつ、扉を開けた。
「ああ、よかった。まだ起きていらしたのですね」
「うん。たぶん聞こえていたよね?」
「ええ。あいつ程ではありませんが、僕もこれでもサーヴァントですから」
部屋の中の音が聞こえてしまって。そう続けられる。空想をしつつベッドで転がっていたいただらしない音を聞かれてしまったことは恥ずかしかったが、それよりもサンソンの手元にあるホットチョコレートに目が奪われた。
「それ、バレンタインの時の?」
「ええ、眠れないときにも良いと思いまして。歯は磨かないといけなくなってしまいますが」
「ありがとう」
両手が埋まっていると不便だろうとも思い、片方を受けとるとベッドの端に座り、同じようにするように促した。サンソンは一瞬躊躇したものの、立香の無邪気な瞳に負けて、少し距離を開けて座る。
チョコレートの香りが広がる部屋で、少しずつカップの中身を飲んでいった。
「リツカ、今日は激しい戦闘も何もなかった日と記憶しておりますが、どうされました?」
戦闘が続いたり、理解することが難しい魔術の知識を覚えようとすると、どうしても眠れない日がある。そんな日もサンソンはこうしてくれるけれど、今日は全くそんなことはなく。自身でも、あまりにも現実と解離しすぎている平和なことが頭をめぐって眠れなくなっていたことに、頭を捻る。
「よくわからないけど、ちょっと眠れなかったんだ」
「そうでしたか」
「心配してくれたの?」
「当然でしょう」
マスターは一人きりでもある。そんなマスターは英霊の夢に引っ張られたり、ただの一般人であった少女に対しては過酷すぎる現状もあるのが現状であった。
「そっか。あのね、ちょっとだけ懐かしかったのかな?学生だった頃とか、色々思い出して。もしカルデアがこういうところじゃなく、学校だったりして、サーヴァントのみんなが友達だったり先生だったりしたらって考えてたら止まらなくなっちゃって」
立香は話し始める。サンソンは楽しそうに、どこか懐かしい顔をしながら語る立香を、ゆっくりとカップの中身を啜りながら眺めていた。
69、独りぼっちじゃないから
例えばなんてないのだけれど、それでも例えばを望んでしまうことはあると思っている。例えばカルデアに来なかったら、例えば事故に巻き込まれなかったのが私だったら。もっとうまく出来たんじゃないか、例え特異点であったとしても、人を助けられたのではないか。立香がため息をつきそうになった時、後ろから手が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられた。
「どうしたの、サンソン?」
「マスターの気分があまり優れないように見えたので」
「そうだった?」
響く声と、素肌に触れられる手の感覚にくすぐったくなる。ぱちゃぱちゃと暴れて離れようとするも、一人で動けなくなるほど魔力の譲渡を行ってしまった体は動かず、いとも簡単に同じ体勢へと戻る。
今は山中にレイシフト中。偶然見つけた温泉で、休憩として湯浴みを行っているのだが、前述した通りに動けない立香は、サンソンの力を借りてなんとか浸かっているのであった。
「ええ。湯に当てられましたか?それでしたらあがりましょうか?」
「違うから大丈夫。ちょっと今回のミスとか振り返ってて、色々考えちゃったんだ。もっとうまく出来たんじゃないかって」
「そうでしたか」
考えるように一拍置いてから、サンソンは話し出す。
「マスターは、今までを振り返って、後悔しましたか?」
「してない。でも、もうちょっとひとりでもうまく出来るようになりたいなとは思うかな」
今回もこんなことになっているし、と動かすのも辛い腕をヒラヒラと動かす。
「僕は、マスターが今のままでもいいと思っております」
「ん?どうして?」
「一人で、と言っておりましたが、今だってこうやって、マスターを支えられる、共にいられるからですよ」
一人きりで大丈夫なようになったら、こうやって、一時であっても穏やかな時間を過ごせないでしょう。そう言葉を発する。サンソンのその言葉に、立香は恥ずかしいし認めたくはないと思いつつ、自分がこうであるから、このような時間が生まれていたことを理解したのだった。
70、無駄じゃないこと
魔術の勉強、戦闘訓練、応急手当訓練、それから英霊についてを調べる。特異点へとレイシフトしない限り、これらを毎日続けていた藤丸立香は今日も同じ行動をしようとし、三重に見える朝のアラームに眉をしかめていた。
「風邪、ですね」
「やっぱり。どうしてなったんだろう」
「マスター、最近毎日無理をしていませんでしたか?」
「え?してないよ?」
時間になっても起きてこないマスターを呼びに来たマシュによって、顔を真っ赤にした立香は布団に戻され、医療班の者が呼ばれる。ちょうど部屋番をしていたサンソンが呼ばれ、診察をすることになったのだった。
「本当でしょうか。朝から晩まで何かしら予定を入れておりませんか?もちろん食事を休憩には入れないで、ですよ?」
「う、それは」
「入れているんですね。それではこうなってしまうのも当然でしょう」
当たり前ですよと電子カルテに書き込みをしつつ、サンソンは薬箱から薬を取り出す。
「サーヴァントである僕でさえも休憩時間をとっているのです。それをマスターである、人間であるあなたが取らなくてどうするのでしょうか」
「ごめんなさい」
「わかればいいです」
サイドテーブルに薬一式と、用法容量を書いた紙を置き、立香の額に手を当て、邪魔な髪を払う。それから薬箱の奥にあった冷えピタを貼ろうとするが、ふと何かを考えたかのように出たままの額にサンソンは口づけを落としてから、それを貼った。
「さ、サンソン?」
「どうされました?」
「どうされました、じゃなくて、今の」
「個人として祈りのようなものです。早く元気になってほしい、と」
特に顔色も変えずにサンソンは告げ、医療道具を片付ける。早く元気にならないと。立香はそう考えつつも、少しの間だけゆっくりしていたいと考えたのだった。
