81,夜中の甘さ
ホットチョコドリンクへ勧められるままに口をつける。今日のそれは前回もらったものではなく、牛乳を入れているせいなのか薄い色となっていた。
「ありがとう、サンソン。でもどうしてこれを?」
眠れずにうなっていた立香を起こしたサンソンは、彼女へとカップを手渡す。いつも通りであったのならば、カモミールティーでも淹れてくれたのだろうと手を伸ばす。しかし、いつもとは違って甘い香りが広がる。それに首を傾げて中を覗き込むと、チョコレートドリンクが入っていたのだった。
「今日は何か甘いものを摂取したい、そう昼間に聞いたものでして。カモミールティーの方がよかったでしょうか?」
「ううん、これがいいな。おいしいし。あ、でも後で歯を磨かないとね」
「そうですね、そこは至りませんでした。すいません」
「寝られなかったし、いいよ。サンソンも自分の分持ってきてるんでしょ?一緒に飲もうよ?」
「よろしいのですか?」
「もちろん」
立香は笑顔でサンソンをベッドの端へと誘いながら自分も座る。サンソンは隣に座りながら、彼女と同じようなカップをサイドテーブルから持ち上げた。
「では、いただきましょうか」
「うん。いただきます」
こくこくと、いっきではないものの、二人で無言で飲み進める。真夜中に甘いものを飲んでいることに背徳感を感じつつ、その背徳感ごとすべてを飲み干した。
「うん、ご馳走様。おいしかった!」
「よかったです」
「そういえば、ふふっ、サンソンったら」
「どうされました?」
ちょっとこっちに顔を寄せてほしいといわれ、顔を近づける。すると、そのままキスを落とされた後に、そのまま上唇とその周辺を舐められる。思わず目を丸くしていると、立香はこれで良しと、照れながら答えた。
「どうしたらそうなるかわからないけど、茶色いお鬚ができてたよ?」
「ひげ、ですか?」
「うん。チョコレートドリンクでできたお鬚」
甘かったからそうなんだろうなって思う。舌をチロリと出したまま、立香はサンソンにウィンクをする。してやったりという顔に、サンソンは恥ずかしさも含め、むっとした顔をしつつ、顔を近づけ、立香がしたのと同じことをする。
「ふえっ?!」
「リツカも、できておりましたので」
「なんだ、それだったら言ってよ!」
「僕は立香の真似をしただけですが」
「それでも、なの!」
キスをされたり軽く舐められたりしたことによって顔を真っ赤にした立香は、そのままサンソンをぽかぽかと軽くたたく。手加減されているそれにくすぐったさすら感じつつ、続きは不要ですか?と問うと、立香は続きも欲しいと手を止めるのだった。
82,ある朝
サーヴァントに眠りは必要ないけれど、それでも一緒に寝てくれる、一緒に朝起きてくれるサンソンにうれしさがこみ上げる。同じベッドに入って迎えた今朝。今日も変わらずに目の前には目を閉じた彼。すっかり恒例となったこの風景に小さく笑って彼の胸に飛び込むと、それを待っていたかのように抱きしめられる。
「おはよう、サンソン」
「おはようございます、リツカ」
顔をあげると目をうっすらと開けて微笑んでくる彼。手を置いた胸から疑似の心臓の音を聞きつつ、そのまますりすりと胸に顔をこすりつけると、サンソンは笑って喉を撫でつけてきた。
「ねこ、だったっけ?そうやると喜ぶの?」
「そうでしたっけ?ただ、リツカがかわいらしかったのでつい。昨夜は加減ができていなかったようですし」
首のいくつかの場所、それから気管が通っているはずの場所をここだと示すように撫でつけられ、喉が鳴る。近くにあった鏡をちらりと伺うと、花弁と噛み跡が散らばっていた。
「わー」
「すいません」
「どうして?私は別にかまわないと思ってるよ?」
「いえ、そのですね、リツカに夢中になってしまったのが申し訳なく。無理をさせていないかと」
「気持ちよかったよ?」
首をかしげながらそう答えると、サンソンは何とも言えない顔をして、そっぽを向いてしまったのだった。
83、怪我
「いたっ!」
「もう少しで終わりますから、耐えていただけますか?」
「それは大丈夫だけど、……いっ?!」
レイシフト中の夕方の森の中。一通りエネミーを倒して今日眠る場所を確保しつつ、サンソンから治療を受ける。立香はいつも何かしらの原因でケガをしていたが、今回はマシュを庇って腕に裂傷ができていたのだった。
「もう少しで治療が終わりますから。あとは包帯で巻いて、ここを留め具で固定して。出来上がりました」
「ありがとう」
「あとは腕を無理に振ったり、入浴時も患部をしばらく水につけたりしないようにしてくださいね?もちろん、僕たちのようなサーヴァントを庇うことも。貴女はたった一人のマスターですし、僕たちは貴女より何倍も頑丈にできていますから」
「……はい」
納得できないというように頬を膨らませながら、立香は仕方がないというように返事をする。立香もサンソンの言う意味はわかっているのである。今回だってマシュを庇ったとはいえ、マシュも庇われなくても戦闘は続行できていた。サンソンのスキルを使用すれば即座に回復も可能であったし、あくまでマスターの判断のミスであった。しかし、サンソンはこうも思っていた。
「納得できないのもわかります。それに僕は、マスターのそういったところに、僕たち英霊が惹かれているのかもしれないと思っているので、必ずしも悪いとは思っておりませんよ。少なくても僕は、貴女が努力を怠っていないこと、非道でなく生きていこうとしていることを知っています。その結果として誰かを救おうとして今回このようになったことも。ただ、今は心配させてください」
そう続ける。サンソンはできるだけ目を立香と合わせようとするが、先ほど言われたことから恥ずかしさや気まずさなど、様々な感情から立香が目を知らしてしまうので、目を合わせることはできなかった。
「リツカ?」
「心配は、ありがとう。それからごめんなさい」
「いえ、先ほども言いましたが、努力はいいことですが、自分の力以上のことを行おうとすると、重圧に耐えきれなくてつぶれてしまうこともありますので、それには気を付けて」
「うん、わかった。わかったから」
肩に置いた手を放してくれると嬉しいな。そう立香が言ったことで、サンソンは自分がいつの間にか立香の肩に手をかけていたことに気が付く。慌てて謝りながらも手を放すと、立香は、もう一度ありがとうと言いつつ、座っていた石から立ち上がって、マシュたちのもとへと向かうのであった。
84,夏風呂
「ねえサンソン」
「なんでしょう?」
「なんでこっちを向いてくれないの?」
「それは」
貴女がそんな恰好をしているからでしょう?!と叫びだしたい衝動を必死に抑える。そんな恰好といっても、夏だからと水着礼装に着替えているだけなのであるが、いる場所や目的が問題なわけで。
一日オフということで、朝から決められていた二人きりの時間。恋人どうしで過ごしていたら当然といった形で、身も心も一つになって快楽を貪った後、二人でお風呂に入ることになる。サンソンが先に湯船に浸かっていると、夏だから気分的に暑いと立香が水着礼装になって、浴槽へと入ってきたのだった。
「ねえサンソン」
「なんでしょう」
「だからこっち向いてって」
ちゃぷちゃぷとした水音に顔をさらに大きく背けると、ぶすぶすという口からこぼれる音が聞こえた後、水をかけられる。まったく何をしているのかと、仕方なく顔を向けると、手で水鉄砲の形をとりながらいたずらが成功したと微笑んでいるマスターの姿。その無邪気な姿に思わず眉を下げて口を開いた。
「マスター?」
「なぁに、サンソン?」
「あまりふざけすぎるのでしたら、こちらにも考えがありますよ?」
そういいながら、手を立香の脇に添え、そのまま動かす。
「え?!わっ……?!きゃはは!や、やめ、あははは」
「こんなのでどうでしょう?」
情事の喘ぎ声とはまた異なった、途切れた制止の声がかけられるも、無視をしてくすぐり続ける。途中で水着や際どいところに触れかけたが、意識してそれを気にしないようにしつつ、大胆にくすぐりを入れ続け、彼女が「もう降参!」というまでそうし続けたのであった。
85、盲目
「戦闘、終了しました。マスターは、先輩?」
「あれ?えっと、マシュ?どこにいるんだろう?」
洞窟内の戦闘が終了し、後方にいたマスターに無事かと声をかけるサーヴァントやマシュ。確かに洞窟内は暗がりであるから、彼らの姿が見えづらかったのは分かるが、それでもあたりを両手で探りながら近づいてくるほど暗くはなかったので、何か異変があったのではないかと、全員で近づく。そして、もうとっくに人間の目でも見えるはずなのに、マスターはいまだに気づかずにあたりを手で探り、ようやくサンソンのコートに触れて、声を上げたのだった。
「これは、サンソンかな?」
「ええ、僕ですが、マスター、今の状況を教えてもらえますか?」
「えっと、真っ暗闇だよね?」
「……」
陰っているが、どこからか光が漏れているためか、真っ暗ではない。エネミーの攻撃の一部が後方に飛んで行ったことがあったが、その時に何か影響を受けたのかもしれないと、レイシフトの中止を宣言し、何がどうなっているかわかっていないマスターを抱えたまま、カルデアに戻っていたのだった。
「なんだこれは、つまらない症状だな」
「ごめんなさい、手間をかけさせてしまって」
「そう思うなら、最初から手間をかけさせるような状況に陥らないように努力することだな」
診察室にいたアスクレピオスとナイチンゲールによって、早急にマスターの身体の検査がされた。そして、エネミーのスキルによって一時的、具体的には一日盲目状態になっているだけだと診断が受け渡される。それからは、医療班で本日は非番であったサンソンが立香の面倒を見ることになり、彼女の部屋まで一緒にゆっくり歩いて行った。
「真っ暗なまま歩くのって、不思議な感覚だよね」
「できれば今日一日だけでもいいので、あまり無理はしないでもらいたいですね」
「はーい」
能天気にも聞こえる立香の声にため息をつきつつ、そこまでひどい怪我を受けたわけでもなく、一日でもとに戻ると分かったので少し安心をする。あとは今日一日彼女がおとなしくしてくれていればいいのだけれど、と、夕食の時刻も近くなったのを確認する。何か食べ物をとってきますと言い、彼女のもとを離れようとすると、ベッドに座っていた彼女が慌てたように立ち上がって近づいてきた。
「マスター、どうされました?」
「えっと、その、一緒にいたいんだけど、ダメかな?」
「すぐ戻ってきますよ?」
「待っているより、一緒に食堂に行きたいな」
ダメかな?という声は、少し震えていて、あることを思い起こさせる。サンソンの目からは立香のことが見えるけれど、立香からは見えないし、案内するときに立香の部屋であることは言っていたけれど、現状本当に自分の部屋に案内されているのかもわからないし、心細いのであろう。そんな状態に陥っている立香にどう声がかけられるかわからないままであったが、口を開いた
「もしよかったら、一緒に行きましょうか。少し時間がかかってしまいますが、大丈夫ですか?」
「うん!」
声が聞こえたほうに向かって立香が笑顔を向ける。かわいらしいと思いつつも、近づいてきたときに掴んできたコートに触れた手が震えていることから、いまだに心細いのだろうと思い、こんな手でもいいのであれば、とそっと彼女の手を上から握って、案内を始めるのであった。
86、明日への希望
「私ね、死があるからこそ人って輝けると思っているんだ。サンソンはどう思う?」
リツカ自身の部屋でそう問われて、何と答えたらよいのかと思案する。その間にも彼女は言葉を続けた。
「死って私からしたらすごく身近なものだったの」
「身近、ですか?」
「うん。実際に身近で亡くなった人は一人しかいないけど、それでも、例えば生きていたとしてももう会えない人なんかは、その人からしたら死んだも同じでしょ?私からしたらお兄ちゃんだったり、お父さんだったりするんだけれど、今でもそんな家族みんなで過ごした時間は輝いている思い出だし、私の原動力でもあるの。でもこれって、今はないからこそ、大切なものだって理解できるもので」
「ええ」
「それにね、死があるからこそ人ってめいっぱい生きていこうって思えると思うんだ。例えばだけど、彼が望んでいた死のない世界では、きっと、だれも何も死なないから、命を大切にしようとか、今何かをしようとか、そういう考えがなくなっちゃうと思うの」
ちょっと何を言っているかわからなくなってきたけどつづけるね、と立香は言いながらも続ける。
「もしかしたら、彼は世界から不幸自体を取り除こうと思ったのかもしれない。でも、そうなってくると進歩はしないし、停滞している。だから、不幸は必要だし、場合によっては悪も必要だし、反対に言ったら幸福は正義は必要だし、正義も必要なんだと思う。だから……私は、君のことも必要だと思う」
「マスター。マスターは僕のことを考えてそう言ってくれたんでしょうか?」
終局特異点で彼が言っていた死のない世界に、一瞬だけ心ひかれたが、自分の生き方として、生きていた意味として、人間が築き上げてきたものを考えて、それを否定したことを思い出す。
「うん、そうなっちゃうかな。でも、中途半端に慰めたいとかそういう気持ちじゃなくて、ただ、サンソンにはサンソンであってほしいし、私は私であって、それでいて、いろいろと考えたかったの」
彼が理想としていた死のない世界だったり、この間天草と一緒に見た夢だったりだとか、いろいろあって。そう立香は続けながら、サンソンのほうを向き直る。
「たしかに死のない世界は魅力的かもしれないけれど、私は私が生きてきたこと、それから君たちが生きてきたこと、そして生を終えたことを考えて、生きるために人理修復を行ってきたし、これしか進む道がないから異聞帯の攻略も行ってきたし、これからも進めるよ」
だから、最後の時まで一緒に歩んでほしいけれど、いいかな?立香がサンソンにそう問いかけると、サンソンは大きくうなずいたのだった。
87,「いつもありがとう。それから、愛しています」
明日はロマンスの日です。大切な人や大好きな人に手紙を書いてみましょう。ロマンスの日と書かれたパンフレットが配られ、そこのそのような説明が書かれている。カルデアでは時々日付感覚を取り戻したりするために、こういた行事も取り入れられており、場合によっては盛り上がり、また時には大変な思いをすることもあったのだった。
「大切な人っていうと」
立香はもらったパンフレットを見ながら廊下を歩きつつ考える。たくさんのサーヴァントたちがいて、その誰もが立香にとっては縁を繋いだ大切な人たちであった。勿論ダヴィンチちゃんや、ホームズ、それからムニエルさんなど職員さんなどに、ベーコンをフォウ君に分け与えている姿で印象的な新所長。彼らも大切であり、後輩のマシュも同じく。一人、二人、三人、と手紙を書く相手のことを考えていると、いつのまにか数えきれないほどになっており、そんなに封筒の量もないし、どうしようと考えるのであった。
「それだったら、君の恋人と後輩だけに個別の手紙を送って、その他の人にはまた別の機会に何かを送ってみたらどうだろう?」
もちろん私にくれるなら大歓迎だけれど。困ったときには相談したまえと言われていた手前、本人のことでありながらも、立香は工房にこもっていたダヴィンチちゃんに相談をした。すると、このような言葉が返ってきて、立香は申し訳ないと思ったと同時に少しホッとしたのであった。
「君がみんなのことを大切にしていることは、みんな分かっているからね。感謝の気持ちを手紙でなく言葉で伝えてもいいんじゃないかって思うよ。それよりも、封筒や便箋を買っていったサーヴァントたちが大勢いるから、立香ちゃんはそれをもらった時のことを考えたほうがいいんじゃないかな?」
「そ、そうだね。それから相談にのってもらってありがとう」
便箋と手紙を選び、QPを払うと工房を出る。なるべく早くに準備を終わらせて、たくさん来る手紙を受け取る準備をしなければと速足で部屋に戻ると、さっそく封を切って便箋を取り出す
「手紙を書くのが久しぶりすぎて、なんて書いたらいいかわからないな」
拝啓って書いたほうがいいんだっけ。何を続けて書いたらいいのだろう、などと考える。悩み続けながらも一文字一文字を綴っていった。
翌日。立香の部屋の前にはたくさんのサーヴァントたちであふれかえり、予想通り、バレンタインを思わせるたくさんの贈り物と手紙で部屋があふれかえっていた。
「マスター、お疲れ様です」
「お疲れなんて、そんな疲れたことはしてないけど、ありがとう、サンソン」
これで最後かと思いつつ、最後に並んでいたサンソンに目を向ける。一番最初にマシュが並んでおり、それから何時間と続いた手紙交換会。結局立香は全員に手紙を準備していたのであった。
「はい、これ。サンソンに……いつもありがとうね」
「いえ、こちらこそ、いつもありがとうございます」
お互いに手紙を交換し、微笑みあう。他のサーヴァントも職員も、野次馬となるものもいない中、サンソンは手紙をコートの中にしまうと、立香に手紙の開封や一緒に送られたプレゼントの整理を手伝うと言葉にしたのだった。
88、初恋
「恋ってどんなもの?」
もちろん同級生にそんなことは聞けなかったけれど、恋を知っている友達はそれぞれ「恋は楽しいもの」「恋は苦しいもの」「恋は一方的なもの」など、いろいろと話してくれていたことを思い出す。学生だった時にはやっぱりそれがよくわからなかった。けれど、今はそれが全部本当のことであったと分かるのであった。
「リツカ……リツカ!」
「ぁ、ん……、ふぁっ、しゃ、シャルロ!」
快楽を得るために自然と動く腰に羞恥を感じつつも止められず。お互いの気持ちいいところを刺激しあって、絶頂へと駆け上がる。その間にも、口づけや相手を思う心を忘れずに。高まった身体はそれでも足りないと、勝手に動く。
すべてが終わった後、立香はサンソンと息を荒げたまま抱き合いつつ、ふと思い出したことを口に出していたのであった。
「恋、ですか?」
「ぁ、うん。ごめん、ね。へんなこと、聞いて」
「いえ、いいのですよ。貴女のような年のものであれば、自然なことでしょう」
ただ、少しだけ聞くときは考えてくださいね。そう言われ、申し訳なさが増す。しかし、そんな立香のことを置いておくかのようにサンソンは話し始めた。
「辞書的な意味だと、特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情、でしょうか。それに間違いはないと思いますよ。ただ、それを感じたからと言って、必ずしも恋ではないと、僕は思っています」
「どうして?」
「君が僕のことを好いていてくれる、僕に恋をしてくれている前提でお話ししますが、立香はマシュのことを大切に思っていますよね。勿論一緒にいたいとも」
「うん、それはもちろん」
「その感情は、僕に向けるものと同じでしょうか?」
「えっと、それは」
「おそらく違うものでしょう?僕にもそういった経験はありますから。大切だけれど、恋とは違う。その違いを言葉にして出すのは難しいけれど、そういったものが」
これでも立香の倍以上生きて、生き切ったのですから。そうサンソンは立香を抱きしめながら言う。立香はサンソンの胸から霊核の刻むトクトクという音を聞きつつ、口を開いた
「やっぱり恋って難しいなって思う」
「どうしてですか?」
「正解はないし、人によって違うし、私は今サンソンがそれでも好きって気持ちでいっぱいで、胸が苦しくて、でもちょっと……エッチな気分だったりして、恥ずかしくて、ひゃっ?!」
「もう、それ以上はいいですから」
抱きしめられる力が強くなって、立香は悲鳴を上げつつ、早くなった鼓動を聞き続けるのであった。
89,ハプニング
「夏と言えばルルハワって感じだけれど、孤島での貸しきりビーチも最高!」
履いたビーチサンダルの上に波が押し寄せ、砂も一緒に足の間にはいる感覚に、体を震わせる。最後にこんな風に海で遊んだのはいつだっけ?たぶん本当に小さい頃。家族みんなで過ごしていた頃だろうなと、どこか懐かしく感じながらも、波に飲まれないよう歩みを進める。
他のサーヴァントたちも海を泳いだり、浜辺で立派な建築物を作っていたり、巨大な水鉄砲を持ち出して打ち合いをしている。そんな中、足がギリギリつくかつかないかのところまで進み、さてクロールをしようか、それとも平泳ぎで戻ろうかと考えていたところに、大波が押し寄せた。
「わっ!」
「マスター?!」
波に飲まれて回転をしてどちらが上か一瞬分からなくなるも、誰かが脇をもって支えてくれたのか、安定する。そのまま水面から顔を出したときにお礼を言おうとして、相手の慌てたような様子に気がついた。
「えっと、サンソンどうしたの?」
「マスター、僕はなにも見ていませんが、とりあえず、落ち着いてください」
唐突にサンソンが岸を背にして、体がこれ以上ないぐらい柔らかく抱きしめられる。それに驚いて身体を離そうとしたところで、異変に気がついた。身体を、主に上半身を覆っていた感覚がない。真っ青になりつつ後ろを振りかえると、さようならというかのように、波に飲まれて流されていく水着。嘘でしょと呟きたくなるのを我慢しつつ、律儀に首を明後日の方向に向けているサンソンに声をかけた。
「サンソン、水着のことなんだけど」
「ええ」
「遠くまで流されちゃったみたいで」
取りに行けそうにないということを伝える。きっとサンソンだとしても、あの流れから取ってくるのは危険なことだろう。
けれど、これからどうするか。とりあえず岸にあがって別の水着を借りるか、海に入る前に着ていた服を着ないと、と考える。そう考えていると、目の前に調度いい布があることに気がつくのだった。
「サンソンごめん。ちょっと上着貸してくれない?」
黄金の術の方の王様が着ていたものよりは柔らかいけれど、明らかに水泳用ではない上着を確認し、わざわざ助けてくれるために泳いできたのかと申し訳なくなりつつもお願いをする。するとすぐにサンソンは意図に気づいたように上着を脱ぐ。それをそのままかけてくれて、身体が隠れたことを確認してからこちらに顔を向けた。
「リツカ、今から岸にあるあなたの服を取ってきます」
「え?それは」
自分で取りに行くからいいよと言おうとするも、制止される。
「確かにここにいても危険ですから。人気のない砂地が近くにあったので、そちらで、いえ、やはりこちらにいた方が何かあったときに」
サンソンも大分混乱をしているようだけれど、混乱している相手を見て落ち着くのは本当のようで。
「やっぱり私が自分で行くよ」
「いえ、ですから……!」
二人で騒いでいることに気づいた、水上バイクに乗っていたサーヴァントが近くに来るまで、言い争うこととなったのであった。
90、日光
立香はジリジリと焼けるような暑さに、プールに入るかクーラーの効いた部屋に入りたいと愚痴をもらす。かろうじで原型を保っているけれど、それは本当にかろうじでといった様子で。そんな状態をみたサンソンは、キッチンでアイスと麦茶を準備して、立香の隣に置いた。
「うー、暑い」
「リツカ、アイスが準備できましたよ?」
「本当?食べる~」
「食べるのでしたら、顔をせめてあげてください」
みっともないと、サンソンは立香を起き上がらせつつ、ふとなにかを思ったのか、そのまま立香を後ろから抱きしめ、アイスを同じく食べ始める。
「サンソン、暑い。くっつかないで」
「暑い、ですか?」
「うん。だってクーラーをつけてても意味ないぐらい暑いじゃない」
体育座りの真ん中に座るような体勢になっていた立香が、サンソンから離れようと、再び机に突っ伏しようとする。そのときに見えたうなじに、サンソンは唇を近づけた。
「ひあっ?!」
「どうされました?」
「どどどど、どうされたって!」
キスしたし舐めましたよねと、立香はサンソンを見ながら首を押さえる。サンソンは何事もなかったかのようにリツカに微笑みながら、立香の手の上から唇を寄せた。
「ええ、だって暑かったのでしょう?せっかくなのでアイスを食べて冷やしてみましたが、どうでしょう?」
「どうでしょうじゃないよ?舐めるもんじゃないよ?」
暑さでどうにかなっちゃったのかな?立香はそう続ける。サンソンはその言葉に、そうかもしれませんと肯定し、立香をぎゅっと抱きしめたのであった。
