100本ノック2(前半) - 1/5

ネクタイの日(学パロ:スクールアイドル)

「えっと、これをこうして」

「いえ、そこは逆ですよ、リツカ」

「あ、そうだったの?ごめん」

首に弛く巻いた紐をほどき、巻き直した。そして、目の前のサンソンの動きを追うように、ゆっくり丁寧に進めていく。輪を作って、そこに太い部分を通して。

そうしてしっかり結ばれたネクタイに満足げに頷くと、もうすぐ出番だからと、急ぎ足で舞台端へと移動しようとした。

「リツカ」

「え、何?」

呼び掛けられて振り返る。サンソンの姿は舞台袖からは暗くて見えないけれど、声が聞こえる。

「頑張ってくださいね」

「うん、勿論!」 次の演目は。そう流れたアナウンスにあわせて舞台中心へと向かっていく。胸元で揺れたネクタイと、つけられたネクタイピン。休日にわざわざ時間を作ってくれたサンソンと一緒に買いに行ったものであった。

睡眠

「ふにゅぅ……」

定刻どころか時計の短針が十二を指してもすやすやと眠り続ける立香に異変を感じて医務室へつれていく。ダヴィンチにも報告をし、簡易検査を行った結果、サーヴァントのスキルでも解除不可能な、魔力の込められた眠りに誘われていることが分かったのだった。

「ん……も、たべられな」

むにゃむにゃと眠り続ける立香を見つつ、サンソンは無意識に眉間にシワを寄せる。何故昨日一緒に寝る前に気づかなかったのか。おかしな所はなかったのだろうか。

ただ、寝言から悪夢を見ていないことだけが救いであったのだが、眠りの魔力が尽きるまではこのままである。争いもないただ穏やかな、彼女が本来いたであろう平和な日常を感じられる夢であったのなら良いのだけれど、きっと彼女は夢の中でも現実を生きようとするのだろう。 その証拠にと、額に汗を浮かべて唸り始める立香。サンソンはその手を取って、小さく祈りを込めて唇を落とした。

休息(ぐだちゃんと夢魔と

ここをもう少しこうすれば良かったんだと、立香は息を軽く吐きながら指示を出す。シミュレーションではなく、かといって実戦でもない。ここは立香の理想の訓練場、夢の中。シミュレーションでも戦闘訓練は行うけれど、それはそれ、これはこれ。立香は「あまりお薦めはしないよ」という夢魔の言葉を聞かずに、夢でも現実でも訓練を続けていた。

「ふぅ……今日も邪魔しないでくれてありがとう」

「キミの願いなら叶えようとも。ただ、休めているのかい?」

「うーん、まあ、休めてるかな?」

魔術の訓練、メディカルチェック、戦闘訓練。それだけではなく、人間として生きるための最低限の行動。夢の世界に来る前に、それ以外にしたことはあったっけ。そう思い出そうとして、思い出して立香は顔を赤くした。

「おや、聞くのは野暮だったかな?」

「聞かないでいてくれるとありがた」

「全部視えてしまったからね」

「……忘れてたよ」

そろそろ目を覚まそうかと意識を集中させながらも、目の前のグランドろくでなしを睨み付ける。そのろくでなしは、立香という物語の読者であり、さらに言ってしまうと、今は立香に沸き起こった就寝前の記憶を楽しそうに眺めていたのであった。

目を覚まして一番に見る風景は、きっと涼やかな銀の髪を持つ彼の姿なのだろう。だって、眠る直前まで同じベッドに入ってお喋りをしていたのだから。 休めているのかい、という夢魔の言葉には答えられない。けれど、休めていると言えば短い時間は休めているのだろう。寝る少し前。完璧なマスターではなく、一人の女の子として見てもらえ、振る舞え、愛おしいものと一緒に過ごせる時間に。

眠る前には

「リツカ、もう眠られますか?」

「うん。ちょっと、ねむい、から」

うとうと、うとうと。サンソンが淹れてくれたカフェインレスの紅茶を飲みながら報告書を作成していたら、時間も夜中となる。ほとんど出来上がっていたけれど、それでも書かれているのはどう見てもミミズ文字。立香は夜中に頑張っても仕方がないよなとも思いつつ、自分からベッドへ向かう体力もなくなっていたのをサンソンが理解し、眠るのかと確認して今に至るのだった。

サンソンは広がっている筆記具や報告書を手早く片付けると、失礼、と背中と膝裏に腕を差し込み、お姫様だっこと呼ばれる形で立香を持ち上げる。思考が定まらない立香はぼんやりとしながらも、いつもより近い距離や、サンソンから漂う落ち着くことのできる香りに、ふにゃりと笑顔を浮かべる。それにサンソンはどこか落ち着かなくもなりながら、早くマスターを寝かせてあげなければと思うのだった。

「マスター、下ろしますね」

「ぅん……」

もうほとんど夢の中。生返事をする立香をそっとベッドに下ろして、離れようとする。離れようとしたけれど。

「えへへ~、捕まえちゃった」

「リツカ」

袖とタイを握りしめるように捕まれ、上体を起こすのすらままならない状況。バランスを崩したら立香を押し潰してしまうかもしれないとヒヤリとする。離してもらえるように静かに語りかけるも、イヤイヤ期の子供のように嫌だといい、どうしても離してほしいならもっと近づいてと言われたのだった。

「分かりました。近づいたら、離してくださいね?」

何をしたいのか分からないまま、情事の時のように立香の顔の横に手をついて、顔を近づける。すると立香が起き上がるように近づき、唇を一瞬合わせて、再び枕に頭を落とした。

「おやすみのキス、したかったから」

「……、全く、そう言ってくだされば良かったのに」

「わたし、から……したかった、から」

いつもしてもらってばかりだから、じぶんからしたかったの。そう言い、約束の通りタイを離して眠りにつく立香。

サンソンは一瞬キョトンとした表情を見せるも、嬉しそうに頬を染め、立香の眠っているベッドを整えるのであった。

ドレス

「あれ、嘘はついてないけど、本当のことも言ってないんだよね」

「マスターには何かしたいこと、なりたいものがあるのですね」

「うん。今の状態だと難しいって思ってるけどね」

たとえサーヴァントだとしても、子供達の夢を壊すわけにいかないからね。そう自身の部屋のベッドに座るマスター。その口にしてからわざとらしくこちらから目を背けた。

時刻は午後二時。先程まで食堂で一緒に食事を摂っていた。そこにイリヤ達子供サーヴァントがやってきて、「突然だけどマスター将来の夢はなぁに?」と、聞いてきたのであった。

「昔は、お花屋さんになりたいなって思ったり、パン屋さんになりたいなって思ったことはあったよ?」

「今は?」

「うーん、あまり考えたこと無かったけど、やっぱりみんなと仲良く楽しく過ごすことかな?」

この間みんなで鉢植えのお花を準備したみたいに、みんなで何かするのもいいかもね。そんな話で終っていたと思う。

「あのね、本当の夢なんだけど……私」

落ち着かない様子でシーツを無意識に弄る。彼女は頬を淡く染め、隣に座ったこちらを見上げるように見つめてきた。

「子供っぽいかもしれないけど、ドレスが着たいなって」

「ドレス、ですか?」

「うん。トリ子ちゃんの着てるようなやつじゃなくて、真っ白なドレス。……結婚式とかで着るようなやつ」

背中とか空いてたら可愛いかなって思うんだけど。でも、と続けられる。

「私の身体って、サンソンなら知ってると思うけど、ズタボロじゃない?だからキモチワルイかなって」

「……っ」

確かに立香の身体は傷や、一部はケロイドのようになっていたり、壊死を起こして欠けていたりしている。背中には切りつけられた傷、お腹には抉られた傷。他にも沢山の傷があるけれど。

「ドレス着たい気持ちはあるけれど、それを言って作ってもらっても、私が着るんじゃドレスがかわいそうだし、作るとしてもこんな身体だと」

「もう、大丈夫ですよ。それ以上は」

「あはは、ごめん、ね」

立香をそのまま優しく抱きしめる。抱きしめる前に見た顔は、頬の染まりはそのままに、眉をハの字に諦めきったような表情をしていた。

「やっぱり、困っちゃうよね」

「いえ、そんなことは。ただ、僕なんかで良ければ、今度シミュレーターを使えるときに、二人きりで、結婚式の真似事でもしませんか?」

「……えっと?」

「ドレスは誰が着てもいいと思いますし、立香のその傷は、僕から見たらですが、とても愛らしいと思えるものの一つです」

抱きしめたまま、伝える。

「リツカの思っている気持ちを否定することはしません。でも、どうか諦めないでください。それに、僕だって貴女が着たいと思っているドレスを纏った姿。それを一番近くで見たいと思っているのですから」 ただ抱きしめられていただけのた腕が背中に回る。腕を緩めようとすると「今はまだ抱きしめていて」と、震える声が胸元から聞こえてきたのだった。

恋の病

「アスクレピオス!私病気かもしれないの」

こんな元気な病人がいてたまるかと思いつつ、医務室の、カーテンで仕切られた診察室でマスター診察する。脈拍は異常なし、身体症状もなし、身体は見える範囲でも傷だらけで、また増やしてきたなと思うような傷も目立っていたけれど、それはダヴィンチの開発した医療機器に任せておけばなんとかなる範囲だろう。それに彼女は怪我ではなく、病気といったのだ。なら診るところが違うだろうと、カルテに書き込んでいた手を止めて、向き直る。

「それで、どんな病気だと?」

「えっとですね、恋の病」

「そうか。相手はサンソンなんだろう?良かったじゃないか。番ではあるんだろう?」

「うげぇ、塩対応」

いつものアスクレピオスだったら『なに?恋に病などあるわけ、いや、それは早計すぎるな。どんな症状があるか言ってみろ』ぐらいは言うじゃない。

そういう藤丸は不満げな表情を浮かべる。だが、こちらもこちらとして診療時間もあるし、何より。

「おいマスター。今月何回目の訪問だと思っている?」

「えっと、あの時十回目で、あと七回は……」

「二十四回だ。毎日来ていればこうもなるだろうと思わなかったのか?」

「だって、経過観察は必要だって言ったから」

だからといって、何もほぼ毎日医務室に押し掛けてこなくても。それこそ番と一緒にいれば症状も軽くなるのではとため息をつく。

「まだ経過観察中だ。それにここに来るのは三日後で良いと言わなかったか?」

藤丸立香のカルテにはそう書かれているし、そう言った記憶もしっかりと残っている。

それに、これはマスターに伝えるべきか。診察室のカーテンの向こうには、恋の病とやらの相手がいることを。

「だって、廊下で少し姿を見るだけで動悸がするし、声が聞こえただけでぎゅって胸が締め付けられるみたいになって……辛いんだもん」

「分かった、分かった。とりあえず話を聞いてほしいことは分かった。症状としては変わりなし」

「もっとひどくなってるよ!」

「……重症化している、と」

その他にも様々なことを口にしていたが、あまりの情報量に、こちらがクラクラしてきた頃に、満足したマスターが帰っていったのだった。

「すいません」

「いや、構わないが……マスター曰くの、恋の病、どう思う」

サンソン、とカーテン向こうから出てきた助手に声をかける。

「どう、と言われましても。ただ、明日はお休みをいただいても?」

完治は無理だとしても、改善は見込めるかもしれません。ただ、その内容は当人だけの秘密に。口元に人差し指を当てて、しゃべりませんよというポーズをとられる。

マスターもマスターだが、サンソンもサンソンだ。 馬に蹴られる前になんとやら。そうアスクレピオスは思い、とりあえず明日の分の湿布を準備し始めるのであった。

君がいるなら

さて、私は何をしていたのだろうと辺りを見渡す。そこはよくある学校の屋上で、私の周りには友達がいて、近くにはちょっと憧れていた先輩がいた。そうだ、今は四限も終わった後のお昼休み。ぼうっとしていた頭を振ると、傍らで友達が、私が膝に抱えるようにして持っていたお弁当を指差す

「立香~、今日もお弁当美味しそうだね?卵焼きの焼き加減とかサイコーじゃん。形崩れてないし~」

「え、そう?」

「うん。本当に腕上がったよね」

嬉しいなと思った。日々鍛練、して、いた……から?

ふと感じた違和感に首をかしげる。半袖の夏服から延びる腕を見る。短く折られたスカートを見る。

おかしい。傷がない。火傷の跡がない。指はちゃんと揃った状態で五本。壊死なんか起こしていないことに苦いものが込み上げてきたとき、先輩が……私の最も信頼しているサーヴァントが近づいてきた。

「リツカ」

「サンソン。ごめんね、こんな夢に巻き込んで」

屋上はいつの間にか焼け落ちて、空は赤く。焼け落ちた冬木の風景に変わる。

「いえ、夢を見ることは自由です。それにあなたが帰らなくてはならないのはカルデアではなく」

「一般人として戻ったら、学校に通ったり、大人になったら働いたりした方がいい?」

「ええ、そうです。それがあなたがすべきこと。だから、夢の中でもそれを思い出していただければ」

「気持ちは分かるけど、ごめんね。それは多分できない」

数多の英霊と契約し、私の身体という触媒無しでは縁を結べないものも増えた。それを考えると。

「私は、自分の身を守るためにも、こっちには戻れない。全部終わっても、多分カルデアの職員として働くか、何かに利用されると思うんだ」

でも痛いのは嫌だし、ただ利用されることはないけどね。そう告げると、目の前のサンソンの瞳は悲しそうに歪む。

「私は自分の人生をもう決めてるの。できる範囲でだけど。だから……サンソンも協力してほしい。サーヴァントとしても、一緒にきてくれるところまででもいいから」

座ったまま手を差し出す。一般人としての時間に惹かれる思いはあったけれど、きっと彼が手を差し伸べてくれれば、どこまでも一緒に行けるから。

「全く、あなたにはかないませんね」 小さく彼は呟くと、私の手をとったのだった。

夢旅行

秋の深い森。郊外に、人の営みのすぐ近くにあるような森の入り口と、そこに置かれたベンチ。そのベンチに座った状態で立香は目を覚ました。

「ふぁ……、えっと、これは、夢?」

レイシフトした記憶もなく、かといっていつものレムレムとも異なる感覚に、夢の中なのだろう。そう当たりをつけて伸びをしようとしたところで、もう一人の存在に気がついた。サンソンだ。

記憶にあるかぎりカルデアではほとんどの時間を一緒に過ごしていたサンソン。そういえばと、自分が寝る直前にサンソンと一緒に出掛けられたらなと言っていたのを思い出す。

「いつかね、サンソンと一緒に出掛けたいて思ってて」

「一緒に、ですか?」

「そう!元に戻った世界を一緒に」

今のフランスにも行きたいけれど、他にもイギリスとかイタリア、ドイツにアメリカでしょ?それから、それから。どんどんと行きたい国をあげていく。

「いいですね。ただ、資金はどうされるのでしょう?」

「多分カルデア所属で働いてるってなってるだろうから、そこはなんとかなると思うんだよね」

じゃなくても、ゴッフ所長に頼めばなんとかなりそうだし。そう言いながらも、全てが終わったら退去かな、頭の片隅に浮かべていたのだった。

「サンソン。シャルロ、起きて?」

夢の中で起きてというのもおかしな話だけれど、軽く揺するとサンソンは目を開ける。

「リツカ?」

「うん。おはようっていうのもおかしいかもしれないけど、おはよう、サンソン」

寝起きで頭がしっかりと動いていないのか、いつものように立香を軽く抱きしめようとするものの、辺りがカルデアのそれではないと気づくと、素早く立ち上がって剣を顕現させようとする。

「待って、サンソン。ここは……多分大丈夫だから」

「ですが」

と言いながらも、辺りの気配を伺って何もいないことに気がついたのであろう、ゆっくりと警戒を解く。

「そのようですね。ですが、どうして」

「一緒の夢をって?」

「ええ」

「よく分からないけど、多分寝る前に一緒に旅行がしたいって思ったからかな?」

眠る前に一緒にいたいって思ったから。世界を見たいって思ったから。だからまずは一国目。

「ちょっとだけ寂しいから、もっと賑やかなところにも行きたいけど、まずはゆっくりできるところでってね」

二人きりでゆっくりお話してからでも、賑やかなところに。 立香はサンソンの手をとって、にこりと微笑んだのであった。

悪夢を見た後で

「っ……!」

わずかにそれただけで、首を狙っていた鎌が頬を切り裂く。周りは敵ばかりの平原。自身の召喚したサーヴァントたちは、既に戦闘不能となり、逃げ出すことしかできない状態になっていた。

「マスター、マスター!リツカ!」

「ん、ぁ、れ?」

瞬きをすると見慣れた天井。そこは血の香りが漂う平原でもなければ、目の前には倒れた筈のサーヴァント、サンソンもいた。

「魘されていたようでしたので、つい」

「ごめん、ありがとう」

後から思い出される偽りの記憶。あの後矢で射たれて敵に捕まって、両手足をもがれ、それでも生きたまま。

よほど顔色が悪かったのだろう私に、サンソンは聞いてくる。

「リツカ、睡眠導入剤と、カモミールティー、どちらがいいですか?」

「今日は睡眠導入剤がいいかな。でも、それより」 今は一緒にいてほしいし、近くにいてほしい。無くなっていた両腕を抱きしめながらそう言うと、サンソンはそっと抱きしめてくれるのだった。

追想と未来

もしここにいなければ。もし汎人類史がゲーティアによって焼き尽くされていなければ。もし空想樹が根付いていなければ。そんなことを時々考える。考えても無駄なことは分かっているけれど、ついつい考えてしまうのであった。勿論現在の否定ではなく、もしもの話。自分の空想。そんなことを考えていることは、一部のサーヴァントには分かられているのだろうけれど、マスターではない時、一人の女の子の妄想としてそっとしておいてくれるからありがたいのであった。

「リツカ、今、よろしいでしょうか?」

「どうしたの、改まって。入ってきて大丈夫だよ?」

 思考を中断させる。一人の女の子としての時間はお終いかなと思いつつ、彼、サンソンがリツカと呼んでいたことがちらりと頭に浮かんだ。

 マスターではなく、一人の女の子としての名前を。二人きりの時には使おうと決めたのはまだ付き合う前のお話。特異点を修復していくたびに、自身を殺して進むことを、傷ついていくことに対して感情がなくなっていく私に対して歯止めをかけようとしたのが、ロマニとサンソンであった。

 ロマニともサンソンとも、二人きりで会話するときには名前で。マスターとして過ごすときにはもちろん区別をつけるけれど、それでも、それ以外は藤丸立香という、ただ事件に巻き込まれただけの一般人でいい。嫌なことがあったら吐き出してくれていい。そう言ってくれたのは二人であった。

 それから二人とはマスターでない姿も見せてしまうこととなり、いつしか私はサンソンのことを好きになっていて、ロマニにはカルデアでも一番かもしれない信頼を置いていた。そして、それから。

 ボーダーの揺れで我に返って、部屋の扉を開ける。扉の前に立っていたサンソンの両手には段ボールが収まっており、中にはごちゃごちゃといろいろなものが入っている。

「何これ、って重いでしょ?早く入って、その机の上に置いてね」

「ええ、ありがとうございます」

 ベッドサイドにある机に段ボールの山がのせられていく。そこから一枚の手のひらサイズの紙が落ちてきた。

「これ、落ちた、よ……?」

 落ちた拍子に表になったそれを見る。カルデア医務室を写真のようで、他にも段ボールの中にそれらが入っていたことをうかがえた。

「これ、どうしたの?」

「ボーダーの保管室に入っていたものを偶然見つけたので、ダヴィンチに許可をもらって持ってきたのです」

 きっとリツカだったら大切に保管するだろうと思いまして。サンソンは写真の束をそっと掴んで広げる。

 医務室でお饅頭を食べているロマニ。その背後からそれを奪い取ろうとする婦長。逃げるロマニの姿と、それを見てため息をついているのかあきれているのか、そんな表情をするパラケルススとサンソン。カルデア医務室の日常。その他にも医務室で真剣にカルテを眺めている二人の姿であったり、公式記録としての私のカウンセリングの様子を撮影しているデータに写っているロマニやサンソンの姿がいくつかある。

 そして最後には、私がとりたいとお願いして撮った、サンソンとロマニを両脇に、私が中心にいる写真が取り出される。

「これ、全部もらっていいの?」

「ええ、持ち出してはいけないものはすでにカルデアで処分されていたようで。個人の私物として残されていたようでした」

「……、ありがとう。」

 きっとこの旅が終ったら。現実に。一般人としての生活に戻るのだろう。けれどそんな時に、こうやって私が過ごしていた時間が確かにあったんだって、そんな記録が残っているのなら。

「あと少しだけど、頑張るね」

「ええ、マスター。残る空想樹もあと一つです。僕たちで、汎人類史を取り戻しましょう」  それでリツカには、一般人としての未来を生きてほしいのです。サンソンの最後の言葉はよく聞こえなかったけれど、私は決意を新たに立ち上がるのであった。