さて、望むのは?
髪の毛、おでこ、瞼。唇や耳には触れないで、頬から鼻へ。丁寧にキスを落としていく。サンソンと立香はここ数日日課となっている夜の戯れにと、ベッドの上で向き合っていた。サンソンが立香の方へと近づき、一つ一つ口づけをしていきながら、肌に触れ、服を脱がし、下着姿へと変えていく。立香はそれを頬を赤らめているけれど受け入れ、おとなしくされるがままで、サンソンからの口づけを受けていた。
「さ、サンソン」
「どうしました、リツカ?」
「えっと、その」
立香のおなかに口づけたサンソンは、そのまま腰へと口づけを落とし、さらに下へ。体勢を変えて前に出す形となった立香の足を持ち上げて、太ももへとキスを落とそうとする。そこで立香が声をかけたのだった。
「そのね、最近キスしてくれるのはうれしいけれど、ちょっとだけ恥ずかしいし」
「ええ」
「……に、キス、してほしいから」
「ここに、でしょうか?」
太ももを通過して、脛にキスを落とす。そこではないと立香は首を振った。
「耳とか、太ももとか……それから」
「それから?」
後ろの倒れこみかかっている立香に、サンソンはそのまま押し倒すように立香の上に身体をかぶせて問いかける。
「それから、どこでしょうか?」
「くち。くちにも、……キス、してほしい、っ!」
キスをしてほしいし、その続きも。そう言い切らないうちにサンソンは立香の口を食らうように口づけを落とす。待ちわびていたけれど、心の準備はできておらず。すべてを食らいつくすように落とされ続けるキスに立香の目は、嬉しさと情欲でうるんでいく。そのまま首の後ろへと腕を回し、離さないでほしいとばかりに強く抱きしめると、離される唇と、目の前には立香と同じようにうるんだ瞳を持つサンソンの姿。体の横に置かれたに力を入れて、体を立香から離す。
「リツカ、その……」
「なあに、シャルロ」
「続きを、しても?」
「うん」 嬉しそうに目を細めると、覆いかぶさるサンソンに、立香は再び腕を回すのだった。
箱入り娘
ノックを三回、二回、それからまた三回。数時間前に食堂で『夜の十一時過ぎに来てください』とのメッセージをマスターからこっそりと渡されて、扉を開ける合図として示されたノックを再現すると、ピピッと音がして、開場されたことがわかる。入ってきてほしいという小さな、どこか緊張した声が聞こえたので、左右をみわたしたあとに素早く部屋に入ってカギを閉めると、部屋の主の姿は見えず。そのまま彼女がいるかもしれない部屋の奥のベッド付近へと近づくと、後ろから抱きしめられた。
「リツカ?」
「えへへ。来てくれてありがとう、サンソン」
声は笑っているけれど、やはりどこか緊張した様子で。後ろを振り返ろうとすると、ふわふわとした白と、彼女の輝く橙の髪の毛の上に白い花冠が止められているのが見えた。
「これは、ウェディングドレスでしょうか?」
「うん、そうだよ。ハベトロットとクレーンさんが作ってくれたんだ。それからこの花冠は鈴鹿ちゃんが似合うって言ってくれて」
サルニエンシスの花冠はちょっとかわいすぎるかなって思ったんだけど。そう言いつつ首をかしげる立香に頬が緩む。そのしぐさはまだ誰にも何も許したことがない少女のようで、それでいて、彼女が身も心も自分の恋人であり、恋人以上を求めるような衣装を自ら羽織っているのだからたまらない。これ以上緩んで彼女に笑われてしまわないようにと、彼女に見えないように手を後ろで抓って、どうしてその衣装を着ているのか尋ねると、目の前の立香は頬を赤らめた。
「その、私のわがままかもしれないけど、退去……するまででいいから、恋人以上を望んじゃダメかなって。ごめんね、重かったよね?」
「いえ、そんなことは」
嬉しい。サーヴァントとして口に出すのは憚れるかもしれないけれど、素直にそう思う。思ったつもりだったのだけれど。
「僕としても、リツカがそこまで思ってくださるのであれば」
「あれば?」
「うれしい。そう思います」
止めようと思った言葉が口からこぼれだすように、勝手に紡がれる。
「本当でしたら僕から言う言葉ですので最後まで言わせてほしいのですが……リツカ、僕と、永遠にとは言えませんが、共にいてくれますか?」
「もちろん。もしよかったらだけど、毎日お味噌汁だって作りたいなって思うよ」
「毎日、ですか。それは楽しみですね」 言うつもりがなかった言葉はそのままに。目の前の安堵したような立香の笑みにつられて笑みをこぼすと、そのまま小さく口づけを落としたのだった。
交わり(R-18)
「ぁ……ゃあ、あ♡も、だ、めぇ♡」
突き上げられる振動と、中のものが最奥にグリグリと押し付けられることに耐えきれず、サンソンに抱きつく形で絶頂をむかえる。サンソンも締め付けられたことによって達したのか、中のものをビクビクとさせながら抱きしめてくる。お互いの肩に頭を乗せあったまましばらく息を整えると、小さな戯れを再開させた。
サンソンとのエッチは、もう両手で数えられないほどしている。最初と比べても、恥ずかしいけれど、気持ちいいと思えることも、イかされてしまう回数も増えてきていた。
「はぁ……ぁ、ん♡」
「リツカ、今日はもっと気持ちよくなってみませんか?」
「ぇ、あ、も……と?」
「ええ。ここを、刺激すると、もっと気持ちよくなれるんですよ?」
奥深くをズンズンと刺激していたモノが、浅いところを細かく刺激し始める。出したばかりだというのに、もうすでに固く張りつめているそれが、何度も何度もGスポットを刺激すると、だんだんと熱を持つような、何かがせりあがってくるような、我慢できない気持ちよい波が襲ってくる。
「あ、あっ、やぁ♡そこ、きもちぃけど、やだぁ!いつものじゃ、っん♡、ないの、きちゃう!」
「ええ、そう、でしょう?」
「ひゃぁあん!♡しゃるろぉ♡いじ……わる、や、だぁ。ぁ……あぁああ!」
漏れちゃうから我慢しないとという思いとは裏腹に、びしゃびしゃと止められない洪水が起こる。シーツは噴き出したそれで濡れて、水たまりができるようになってしまっていた。ぎゅうぎゅうと膣内を締め付けながら、止まらないそれに涙目になっていると、よくできましたと硬くしたままのそれを引き抜いて、サンソンが目元に口づけを落としてくれる。
「ん、リツカ。頑張りましたね」
「ぁ……しゃ、るろ?わたし、おしっこ、もらしちゃった……?」
「ああ、これは、それではありませんよ。これは気持ちがいいと出てしまうものですから。リツカがいっぱい気持ちよくなったってわかって、うれしいと思いまして」
「きもちいと、でちゃうの?」
「ええ、だから安心してくださいね?」
目の前で困ったように微笑まれ、思わず身体の力が抜けるけれど、その足にシャルロの固くなっているものがこすられる。
「あっ……しゃるろ、の」
「すいません。押し付けるつもりはなかったのですが」
もしよろしければ、続きをしてもよろしいでしょうか。そう問われる。答えなんかわかりきっているくせに。懇願するように聞いてくる瞳に、体の奥の方に再び熱をともしながら、ただ頷くのであった。
お酒に酔いたいなら
「はい、サンソン」
「ありがとうございます……これは?」
冬も深まり、感じないはずの寒さを感じるような部屋に、部屋の主である立香が持ってきた二つで一つの雪見だいふく。彼女のお気に入りのアイスだけれど、いつも誰かと分けているそれをクシに刺した状態で渡され、受け取ると、仄かにアルコール臭が漂う。
「ああ、それ?ロビンが食堂にいたからちょっとね。私も二十歳過ぎたし、お酒のかかったのもいいかなって」
ウイスキーを少しだけかけてもらったの。そう言ってもう片割れを串に刺して口に含む立香。お酒がかかっているだけでちょっと大人になった気分だけど、そこまで強いお酒じゃないからな、と不満げに口にする。
「リツカは酔いたいのですか?」
「うーん、お酒でふわふわしている人がどんな風になってるのか気になるっていうのかな?気持ちよさそうだし、ちょっと酔ってみたいとか思ったり?」
なんとなくだけれど、酔ってみたい。そうこぼす立香に、ふと邪な思いが浮かび上がる。
「リツカ、よければ酔ったような状態になってみますか?」
「え?なれるの?」
「ええ。こうやれば」
ぐっと近づき、目の前の彼女の耳を塞いで、口づけを贈る。最初は唇を合わせるだけ。次は唇を舐めて。抗議の声をあげるために開いた口に舌を差し込んで、彼女の舌を弄ぶように動かすと、徐々にお酒が回ってきたのか、それとも別の理由か、頬が赤く染まっていく。それから数分間口づけを続け、離した。
はぁはぁと、息を荒げてこちらを睨んでくる彼女の瞳は潤んでおり、情事を彷彿とさせるものであり、思わず口を開く。
「リツカ。続き、しましょうか」 こくりと恥ずかしそうに頷く立香をそのままベッドに縫いつけ。朝が来るまで共に過ごしたのであった。
キスをしないと出られない部屋
「んっ、ふぁ……さ、そん」
「……リツカ」
唇を合わせて数十秒。キスをしないと出られない部屋という、固有の結界のようなものに閉じ込められて考えて。こんな形でことを起こすのは嫌だけれど、周りに迷惑が掛かってしまうことも考えて、早めに脱出することを選ぶ。それが私たちの選んだ結論で、宝具を展開することも考えていたサンソンの腕をとり、唇を合わせる。一瞬だとカウントをされないかもしれないという思いから長めに。合わせていた唇を離し、サンソンの瞳を見つめると、複雑そうな表情が浮かんでいた。
「マスター」
「どうしたの、サンソン」
「いえ。そういった手を試すのは最後にした方が」
「でも」 そそくさと後ろを向いて扉に手をかけると、先ほどは全く動かなかった扉が簡単に開く。それを確認し、赤くなった耳を見られないようにと扉を開けたのだった。
これは手遅れなお話
戦って、戦って。何度もくじけそうになりながらも先へ進む。そのたびに誹謗中傷を受けることもあった。
「何のために生きてるの?」
ある街での一言。大雨が降る中、もう少しで戦いも終わるだろうと、サーヴァント達に指示を飛ばしていると聞こえた言葉に、思わず反応をしてしまう。何のために生きているのかという問いに、生きるために生きていると答えたのはいつのことだったか。私のその一瞬の隙をついて、私に襲い掛かってくる敵に、後方支援を行おうとしていたサーヴァント達が反応をする。が、一足先に敵の方が近づいてきた。
私は冷静にガンドを打ち、動けなくなった相手にあの時と同じような言葉をかける。
「生きたいから、だよ」
生きるため、生きたいために、生きている。そこまで言ったところで、敵は首を飛ばされて絶命した。
「マスター。怪我の回復は追いつきましたが、これは、風邪ですね」
「くしゅっ……えへへ、ごめんなさい」
「笑いながら謝るのはどうかと思いますが、早く治してしまいましょうか」
医務室のベッドの上で小さく謝る。先ほどまで治療を行っていた医神は、つまらないとぼやいて立ち去っており、代わりにと来たサンソンは、困ったような顔をしながらカルテに症状をまとめていた。
「大雨の中、精神的にも疲弊することがありましたからね。申し訳ありません。僕がもう少し早くに動けていたら」
首を飛ばされて、倒れ掛かってきたときに敵が持っていたナイフが体に当たった怪我の治療。それだけではなく、そんな普通の人からしたらショッキングな場面を作ってしまった事実をサンソンは言っていたのだった。
「ううん、大丈夫だよ。慣れているし。むしろ、私がしっかりよけれていたらこんなことまでさせずに済んだのに、ごめんね」
私が余計な治療までさせてしまっている事実を謝ると、ますますサンソンは眉を困ったように下げて、私の片手を取る。
「マスター、いえ、リツカ。謝らなくてもいいですが、それに慣れてしまうのは、いけません。貴女は普通の人間なのですから」
だから、慣れないでください。そう言いながら、祈るように両手で私の手を取って、うなだれた。 私はもう、とっくのとうに手遅れで。こういったときにどう反応すればいいかもわからなくなっていたけれど、手を取ったサンソンの手を眺めながら、彼の頭を撫で、先ほどまでの彼と同じように困ったように微笑んでいたのだった。
願わくばこのままで
「うぅ……ぅあ」
「リツカ、リツカ」
「ぁ。サン、ソン?」
リツカと呼びかけられる声に意識が浮上する。目をしぱしぱと瞬かせ、ここが現実であるのだと理解すると、ほっとしたように肩の力を抜いて、立香はサンソンに寄りかかった。
「リツカ、夢見が悪かったのでしょうか?」
「ううん、悪かったわけじゃ。そのね、サンソンの夢を見ていたの」
「ああ、そうでしたか」
カルデアに召喚されてしばらく過ぎたころに見た夢。マスターである藤丸立香とシャルル=アンリ・サンソンの絆が深まっていっていたためか見ることとなった夢。それをもう一度。繰り返すように見たのかと、理解をした。
「あの時と同じようにね、言ったんだ。私がマスターである限り、サンソンに人殺しはさせないって」
「ええ」
「私、できてるかな?」
間違えていないかな。サンソンのことを知って、一緒に旅をして、好きになって。好きになってもらえて。嬉しいしけれど。それは悪いことじゃないのかな。私はサンソンを好きになることで、好きでいてもらってることで、間違った道を歩もうとしていないかな。
不安な面持ちで、立香はそう口にする。確かに恋は時に愚かともいえる選択をさせることはあるだろう。けれど、藤丸立香は恋人という贔屓を抜いたところでもマスターであり、正しいことをしているように感じられる。サンソンから見てそんな存在であった。
「ええ、できていますよ。マスター」
「そっか、よかった」
「ただ。、ツカが僕たちのことを大切にしてくださっているのは分かっていますが、僕たちにも頼って、大切にさせてほしい。そう思うことはあります」
おそらく立香はこの言葉に対して否定の言葉を口にする。サンソンは感じながら口にする。そうしてその通りの言葉を立香は発した。
「うん。わかってる。わかってるけど」
「けど、ではなく。……そうですね。例えばですが、今からラーメンを食べに行きませんか?」
「ラーメン?」
「ええ。夜中のラーメンです。本来であったら許されることではないのでしょうが、精神的に幸福な感情を得られる言う点から考えて、今回は目を瞑りましょう」
最近立香が眠れなくなっていたことは食堂の主も知っているだろうし、今回は僕と同じ選択をしてほしいものですが。そうサンソンは考える。立香はその間に少し考えてから、寄りかかっていた体を起こし、ベッドから立ち上がった。
「サンソンから誘いが来るなんて思わなかったけど、それもいいかも。ちょうどお腹もすいていたし」
「それはよかった。では、行きましょうか」
「うん」
じゃあ、食堂につくまでは手を握っていてもいいかな。そう出される手に手を絡ませ。サンソンと立香は食堂に向かうのであった。
カップスープとレポートと(現パロ)
「うー、寒い」
朝の五時半。早めに起きてレポートの残りを仕上げてしまおうと、アラームの設定をした昨日の自分を恨めしく思いながら、カップスープに手を伸ばす。背中側では同じように小さなパソコンの画面に目を向けながら文字を打つ彼の姿。私と同じ時刻にまっさらな状態から初めたのに、もう八割できているレポートに、学年や頭の良さの違いを感じてため息をつきつつ、カップスープを口に含んだ。
「あっつ!」
「大丈夫ですか、リツカ?」
「あ、ごめんね。大丈夫だよ」
やけどしたかもしれない舌を少し出して、机の端にある鏡を見ながら確かめる。特に焼けて色が変わっているなど違いはないけれど、少しひりひりするなと思う。その隣に目をやると、黒で埋め尽くされていないレポートが鎮座しており、これ以上進めるのもという気になってくる。けれど大学生。レポートを提出しなければ評価が下がってしまうと、一旦気分転換もかねて飲み干したカップを立ち上がって持っていこうとすると、サンソンがこちらを見続けていたようで、振り返った瞬間に目が合った。
「やけどするほど熱いものを飲んでいたのですか?」
「うん、ちょっと手も寒かったから、カップで温めようと思って」
カップを持つことで手を温めるには、普段入れるスープの温度より高めの温度で入れないと、すぐぬるくなってしまう。それを持っていると、逆に手がかじかんでしまって、ますますレポートを進めることが難しくなってしまうのだった。
「そうだったのですね。確かにリツカは末端冷え性ですし、今の時間は寒い。温かい飲み物で体も温められるという点においては合理的なのでしょう」
「ってことは、何かいい手があるのかな、お医者さんの卵さん?」
「ええ。と言いましても、医学的方法ではないのですが。手を貸してくれますか?」
「?……いいよ?」
立ち上がったまま両手を差し出すと、そっと握られる。サンソンの手も決して温かいほうではないけれど、自分の手の方がそれよりはるかに氷のように冷たくなっていたので、じわじわと温かさが伝わってきた。
「温かい。けど、サンソンは冷たいの平気なの?私の手、相当冷たいと思うけど」
「大丈夫ですよ。それに気になるんでしたらもう少し大きな面で温めましょうか?」 サンソンも立ち上がって、来てもいいですよと両手を広げられる。頭が答えを出すまで少しの時間がかかったけれど、それを理解し、耳まで真っ赤にしながら抱きついたのだった。
これは平和な夢だけれど
好きな人と結婚をして、家を持って、ペットを飼って。休日の夜はお酒を飲みながら薄暗くした部屋の中で二人で映画を見る。ちょっとだけ憧れたそんな日常を過ごしているけれど、違和感はあって。
シャルロの立てた膝の間に座らされて、肩に彼の頭の重さを感じて、顔に当たる髪の毛を撫でつつ、エンドロールを眺める。愛している人と最後まで共に過ごすことができないと決まっている、けれども惹かれあってしまうという、よくある男女の恋愛物語。それに感情移入して、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていると、小さく抱きしめられる。後ろから抱きしめられているから顔を見ることはできない。けれど、困ったような顔をして抱きしめているのは想像できたので、そっとそばにあったティッシュで顔を拭くと、いまだにひっっく、と反応する肩を抑えて、彼に声をかける。
「もう、大丈夫だよ」
こういった映画がシャルロも私も好きでよく見るけれど、どこか既視感や感情移入を強くしてしまって、相手がどこかへ行ってしまうのではないかと思って、映画を見た後は抱きしめあって眠るのが常であった。
「リツカ」
ぎゅっと、さらに強く抱きしめられる。今日見た映画は今まで見た中でも穏やかな別れであったものの、最後に『君を忘れない』という言葉を残して男性が消えていくものだったことを思い出す。
私もシャルロも不思議なもので、お互い出会うまでは感じたことも、見たこともなかったけれど、出会ってからはよく夢を見たものであった。夢の中で、私とシャルロは主従の関係を持つものであって。世界中を旅しながら戦い、カルデアという組織で聖杯を集めていた。その中で、私は魔術師、彼は召喚されたサーヴァントとして一緒に過ごし、恋人関係であって。最後に彼は紫苑の花を残して私の前から去っていったのだった。
きっとそれなんだろうな、と思いながら、抱きしめられる腕に手を合わせる。カルデアという組織はない。私も彼もごく一般的な人間で、魔術師やサーヴァントといったファンタジーなものでもない。でも、これが生まれ変わりというものであったとしたら。今の生の彼は幸せなのだろうか。私とまた一緒に過ごすことになってよかったのだろうか。そう思うこともある。けれど……。 彼の手は血で汚れてなんかいない。私の身体も傷でボロボロではない。世界は今日も平和である。そんな平和な世界で、今日も彼と過ごす日常のありがたみを噛みしめながら生きていくのだった。
おまけ ※マスターの死ネタです【これは残酷な現実から夢に至るまで】
「っ、……ぁ、ぐっぅ!!」
「リツカ?!!」
「おい!……クソッ、マスター!!」
「おやおや」
体が引き裂かれ、胴体が離れて自分の腸が目の前に見えるような気がする。これが幻覚だったらと思いながらも、私の最後だと理解していた。私の胴体を真っ二つにした敵は奈落の虫に墜とされる。
そのあとすぐに魔術的な治療が施されるも、もう手遅れだということは私にもすぐわかった。そうして取りやめられ、ゆっくりと死に向かていく私の近くには、夢魔と、敵を片付けてきた奈落の虫、そして、最愛の人がいる。それががぼんやりと確認できた。
「リツカ、無理して話さなくても大丈夫ですよ」
ぐちゃりと広がる赤に靴を濡らしながらも、それを気にせず。半分だけになった私の頬に手を当て、泣きそうな顔で微笑みかけてくる。
人類最後のマスターとして最期まで、マスターであれない私だけれど、『泣かないで』と、動かない口で、空気を震わせることもできない喉から音を出そうとする。
「っ……、ごほっ」
音の代わりに血があふれて。鉄錆の香りが鼻孔に広がる。目の前の彼は金色の粒子に包まれるように、淡く存在が消えていこうとしている。消えないで、そう思っていると、とうとう目目を開けられなくなり、あたり一面に暗闇が訪れる。そうして、遠くからぼんやりと声が聞こえた。
「永久に閉ざされた理想郷」 「彼方にかざす夢の噺」
ケーキ
「はい、あーん?」
「り、リツカ。これは少し恥ずかしいですが」
「えっと、ふたりきりでもダメ?」
「いえ、ダメというわけでは」
立香の部屋で二人はケーキを食べている。二人分のケーキにはハート形のチョコプレートが刺さっており、男女が仲睦まじく並んでいるイラストも入っていた。
なぜこんなものを食べているかと言えば、それは今日が良い夫婦の日ということで、夫婦や恋人同士のものがゆっくりとできる日として、カルデアで用意されたイベントの日であったからである。イベントでは、恋人の日に販売されていたようなメッセージカードやプレゼントの販売もあったが、洋菓子など、二人で一緒に食べられるようなものもあった。そうして今回サンソンと立香で選んだのがケーキであったのだ。
「それだったら、ダメ、かな?」
「いえ、いいですよ」
観念して、立香が刺して口元に持ってきたケーキをサンソンが頬張る。少し大きめに切り分けられていたそれを一口で食べ、そのままもぐもぐと口を動かしていると、立香が声をかけてくる。
「やっぱり、サンソンが食べるとおいしそうに見えるな」
「そうでしょうか?」
「うん。同じもの食べてるのに、なんだかおいしそうに見えるんだよね」
隣の芝生は青い、と同じ感じかな。そう言いながらも、サンソンに差し出していたフォークで自分の分も切り分けている立香。切られているケーキは、そのままフォークに刺され、彼女の口元まで運ばれる。そうしてそれを食べる立香の顔は幸せそうであったが、口元にホイップがついてしまっていた。
「リツカ」
「ん?」
「口元に、クリームが付いていますよ?」
「え、本当に?」
「ええ、そちらではなく……こちらですね」
どこだろうと口元にティッシュを持って行く立香。口元を拭こうとしているけれど、ホイップには届かず。思わず「こちらです」と手を伸ばして立香の口元をサンソンは拭う。そうして拭った手についたホイップを自身の口元に持って行った。
「っ!」
「あ、えっと、申し訳ありません、マスター」
「う、ううん。いいけれど、サンソンってそういうことするんだ」
「……あまりしないのですが、つい」
ぺろりと無意識のうちに舐める。そんな行儀の悪いことは普段はしないけれど、つい、彼女の口元についていたものが、あまりにおいしそうに見えてしまったので。 口に入れたそれは、甘すぎるほど甘いと感じたのであった。
