100本ノック2(前半) - 4/5

和食の日

医務室での勤務も昼食休憩となる。今日はカツサンドのついているAセットメニューを頼むか、それとも種類が豊富な野菜の入っているサラダをメインとしたBセットを頼むか。そんなことを考えながら食堂へ向かうと、見知った姿がキッチンで動いているのを目にする。Aセットランチを職員たちの席へ笑顔で運んで、軽く談笑を済ませると、キッチンのあるこちらへ戻ってくる。そんな彼女に声をかけた。

「こんにちは、マスター。今日はマスターが調理担当なのですか?」

「サンソン!そうだよ。最近洋食が多かったから、たまには和食が食べたくなちゃって。作るついでに他の人も作れるようになったらいいなって思って」

 もしよかったら、ちょっと席を取って待っていて。そう言うマスターはいつもの礼装ではない私服に黄色いエプロン。髪は作業を意識してか、エプロンと同色のシュシュでポニーテールとなっている。彼女が笑顔を向けて話してくる姿に頬をバレない程度に緩ませてしまっていると、邪魔をするように声をかけてくる人物が現れた。

「やあやあ、おはようマスター。今日も君らしい、いい心音を響かせているね」

「あ、アマデウス。今はもうおはようの時間じゃないけど、もしかして、お酒飲んで寝てた?」

「んー、そんなことはない、って言いたいんだけどね。ちょっとサリエリに新譜を渡すために昨日は遅くまで起きてたからね」

 ついでにちょっとだけね。マスターに片目を閉じてセットランチを頼むアマデウス。ちょうどアマデウスが頼んだ分で最後だったようで、マスターは他の注文を受けながらも完売の札をボードに張り付ける。張り付けられたランチセットは和食セット。マスターの国の食べ物に少し興味があったのと、最後のものを頼んだのがアマデウスだったこともあり、ふつふつと怒りにも似たそれが沸き上がってくる。ランチセットが決まらないのと、席がアマデウスの隣ぐらいしか空いていなかったので、そのまま彼の隣の席を取ると、アマデウスが笑いながらこちらに声をかけてきた。

「嫉妬は見苦しいぜ?」

「誰が嫉妬なんて」

「君は怒ったときには、結構わかりやすい音を立てるんだよな」

「そんなわけっ」

「ちょっとごめんね。今タイミング悪かったかな?」

 マスターがランチセットを持って向かいに座る。アマデウスに一つ。自分自身に一つ。そうしてもう一つは。

「マスター、これは?それに配膳はもういいのでしょうか?」

「えっと、サンソンの分なんだけど、別のセットが良かった?あと、配膳は交代してきたよ」

 和食セットを一つ差し出される。それに驚いていると、隣にいたアマデウスがこらえきれないと笑い出した。

「あっははは、やめてくれよ!マスターも人が悪い。こいつ、自分の分がないと思ってしょぼくれてたところに出されて、驚いてるんだぜ?」

「誰がしょぼくれてなんか」

「ああ、間違えた。僕が最後に頼んだから嫉妬してたんだったね?」

 それも違うと声を荒げるが止まらない。何をやったところでコイツの反応は変わらないだろうと思いなおし、マスターから受け取ろうとしたときに、マスターが困ったように、でもどこかうれしそうに口を開いた。

「私がアマデウスに最後のをあげようとしたから嫉妬してくれたんだ」  嬉しいな、という声に返す言葉がすぐには見つからず。ただ小さく、はい、ということばだけがそのあと出たのだった。

雪が降った日(現パロ)

「わあぁ!見て、雪だよ!」

「そう慌てなくても雪は逃げていきませんよ」

 しんしんと底冷えするような日が続き、明日は雪が降るかもしれませんと言われた昨日。寒い寒いと震えつつもヒーターの前で明日を楽しみに待っていた。そうして次の日。

 雨戸をあけると一面は白い雪。鉢に植えていたビオラも雪に埋もれてしまっていたが、それは救出して雪の積もらない場所を探して置き、手袋に染みた雨水を絞った。

「うぅ、やっぱり寒いね」

「ええ。でも、ここは温かいのでは?」

「え、って、ひゃぁ!」

 戯れに首と服の間に手を入れられる。サンソンらしくないと言ったら、らしくないのかもしれないけれど、長年一緒にいて、いつも同じようないたずらをする自分の癖が移ってしまったというなら納得をしてしまう。ただ、やられたらやられっぱなしというのも私らしくないと思って、逃げたついでに手を地面についてしまって着いた雪をそのままに。サンソンに向き直って、差し出してきた手を握り返した。

「っ……!」

「どうだ!冷いでしょ」

「ええ。冷たい、ですね。すいません。そこまで驚かれましたか?」

「うん、まあまあ驚いたかな。サンソンってそういうことしなさそうだったから」

「そうでしょうか?」

 僕だってふざけるときはありますし、それに、今回はふざけてというよりはサプライズをしたかったのですが。そう言うと、照れたようにそっぽをサンソンは向いてしまう。なんでだろうと首を傾げたとき、首に慣れない感触がして、手で首元を触る。

「えっ、これって」

「気づきましたか?」

「これ、すごくかわいい」

 シルバーに空色の石が付いたネックレスが胸元に見える。それはまるで彼の髪と目の色のようで、雪で冷たく感じるかもしれないのに、胸のどこかが温かく感じる。  ありがとう、と言いながら抱き着くと、しっかりと受け止めてくれた彼は照れたように耳まで赤らめていたのだった。

食欲

「サンソンって小食なイメージあるけれど、意外と食べるんだね」

「そう、でしょうか?」

「うん」

 カツサンドがメインのAセットのカツサンド二切れ追加に、サラダの盛り合わせを別メニューで。用意された食事を最近ロビンたちに教わったように手づかみで食べ始めるのを眺める。いっぱい食べる君が好きというフレーズが頭に浮かぶけれど、いつものお行儀よくナイフとフォークを持って食べる彼だけでなく、こうやってかぶりついて口いっぱいにカツサンドを頬張っている彼もかわいらしく見える。

 惚れた欲目かもしれないけれど、何をしていてもかっこいいし、かわいい。けれど細身でどこかはかない印象も併せ持つ彼にどこか危うさを感じていたのも事実で。医者の不養生という言葉通りの彼に心配していたのも事実であったけれど、最近は食事を一緒に取る相手も増えてきたこともあり、とても楽しそうに過ごしているのを感じていた。

「最近はロビンたちと一緒にいっぱい食べてるのも見かけるし、それにおやつもたまに食べてるよね?」

「ええ、そこまで見られていましたか。少し、恥ずかしいですね」

「え?ああ、そういう意味じゃなくてね、いっぱいおいしそうに食べてるのって見ていて楽しいし、それに作ってくれた人からしたら本当にうれしいことだと思うから、すごくいいことなんじゃないかなって」

 そういいながら、自分の持ってきたミネストローネをスプーンで掬って、口へ運ぶ。うん、今日もおいしい。食事を作ってくれたブーディカたちに感謝をしつつ、もう一口、さらに一口と口へ運んでいくと、私お皿を見たサンソンが口を開く。

「そういえば、リツカは今日はそれだけなのですか?」

「え?うん。私はこれぐらいでいいかなって」

 用意していたのはミネストローネだけ。時々病気ではないけれど食欲がなくなってしまうことがある。食べなくてもいいけれど、何も食べないと心配させてしまうし、せめて手軽に栄養が取れるものをと頼んでしまっているのだった。

「あまり無理にとは言いませんが、もし食べれるなら、もう少し食べたほうがいいと思いますよ?」

「やっぱりそうかな?」

「ええ、食欲がない時期なのは分かりますが、できれば」

「うう、わかった。でも一つだけ、お願いしてもいいかな?」

「ええ、なんでもどうぞ?」

 サンソンはそういいながら、最後の一口を食べる。午後の医務室勤務のこともあるだろう。あとはトレーを持っていけば、この場にはいなくてもいいことになるけれど、それは寂しくて。

「もしよかったらだけど、食べ終わるまで一緒にいてくれないかな?」

「もちろん、最初からそのつもりですよ。先に食べてしまって申し訳ない。ただ、食後のデザートを先にいただいてきてもよろしいでしょうか?」

「いいけど、サンソンってば、やっぱりいっぱい食べるんじゃん!」  そんなに食べていませんよという彼の苦笑いにやっぱりかわいいと見惚れつつ、食券を二人で買いに行く。途中で合流したパーシヴァルに「そんな少ない食事量ではいけない。もっと食べなさい」とセルフサービスの大盛になったご飯を渡されそうになるけれど、それはまた別のお話。

怪我と食欲

「今日はたくさん食べていますね?」

「そう、かな?」

「ええ」

 サンソンにしては珍しく、年頃の女の子には禁句な発言をしてくるなと思いつつ、言葉を返す。時刻はお昼ぴったり。今日は二人で食べましょうと誘われていたので、二人掛けの席を早めに取っておく。お腹が空いてぐるぐるとなり始めてしまったので、先に食券を買いに行き、トレーにカツカレーセットランチのご飯大盛を乗せて、テーブルに着いた。相変わらずぐるぐると鳴り続けるお腹に、ごめんと思いつつスプーンを手に取る。そうして到着したサンソンに言われたのが冒頭の言葉で。

 実際に食欲があるのは本当のことであったので、仕方がないとは思いつつも、動きづらい手を動かして、スプーンを動かした。

「今日はなんだかお腹がすいちゃって」

「この間とは逆のようですね」

 サンソンの持ってきたトレーを見ると、そこにはミネストローネの入ったお皿が一つ。人のことを言えないじゃないかと思いつつ、最近のサンソンから見たら珍しいものだったので、言葉を続けることにした。

「サンソン、何かあったの?」

「いえ、そういったわけでは」

「もし、何かあったら言ってくれると嬉しいんだけど」

 また何も言わずにいなくなるのはやめてね、と念を押すように声をかけると観念したように口を開いた。

「あなたにはかないませんね。ええ、少し前のレイシフトのことを覚えていますか?」

 少し前のレイシフトで食欲がなくなるようなこと。記憶を探り、今の状況を考えて、思い出す。

 少し前のレイシフト中、重傷を負った子供を見つけ、助けようと治療したことがあったのだった。結果として助からなかった命であったが、治療しようと努力したことを認めてもらい、その子供の親の住む集落と協力関係になって、そこから突破口を見出したのだった。

「あれは、つらかったよね」

「ええ。それもありますが今日の訓練のこともですよ」

 サンソンが睨むようにこっちを見る。これは心配されているからこその行動だと分かっているけれど、少し胸が痛んだ。

 今日の訓練では、狂クラスの少し強めの敵をエネミーとして出してもらっていたのだけれど、少し指示をミスしたばかりに首元を牙で狙われるということがあった。疑似空間の訓練であったので、元に戻れば怪我などはないはずだったけれど、運悪くよけようとしたときに腕をついてしまい、簡単なギプスが必要となっていたのだった。

「噛まれそうになっていたところですが、この間の子供が狙われたのと同じ場所だったので、肝が冷えました。また、あれと同じ光景を見るのかと」

「ごめんなさい。でもこうやって食べて、元気も出てるから、すぐに治ると思うし、今度は間違えないように指示します」

「そもそも今度が起こらないようにしてほしいですが、お願いしますね」  そう、困ったように眉を寄せながら言うサンソンに申し訳ないと思いつつ。今度はそうならないようにと考え始め、カツカレーのルーが、ご飯と衣に吸われることとなったのであった。

生まれてきてくれて、ありがとう

「『首を刎ね、血に染まった手。そんなものに触れて、何になると?』ってサンソンはいつかいていたよね」

「そんなことも、ありましたね」

「今でもその気持ちは変わりない?」

 夜も九時を過ぎたころ、いつものように立香の部屋でのお茶の時間。ソファ代わりのベッドの端に座りながら断章をしていたサンソンと立香であったが、ふと立香が思い出したように話し始めた。

「ええ。ですが、マスターが以外に強情なこともわかりましたから」

「そんなに私って我が強いかな?」

「ええ、人理修復を成し遂げてしまうほどには強い意志を持っていると思いますよ」

「えへへ、それは誉めてるってことだよね。ありがとう」

 人理修復を成し遂げた後、十二月二十六日には英霊は全て退去せよと通知が来ているカルデアで。もうすぐ会えなくなるからと、毎日のようにお茶会を開いて、カルデアに来たばかりのころからと、昔話に花を咲かせていたのだった。

「それで話を戻すけど、私なりに考えてみたんだ」

「何をでしょうか?」

「サンソンが拒否して、卑下する行為をする意味を」

「ええ」

 最初の話に戻る。サンソンの考える触れる意味のない手に触れることに対し、リツカはどのような考えを持っているのか。ここまで旅を共にしておいて、彼女の考えをだいたいは理解しているサンソンであったが、彼女自身から言葉で説明されることは少なくても今までにはなく、首を傾けつつ立香の話を伺った。

「結果だけ話すと、私はサンソンが好き。だから触りたいと思う」

 そこで立香は一呼吸を置く。何から伝えようか考えているのか、それとも何か伝えすぎたのか、顔を少し赤くしながらも、言葉を続けた。

「私は、サンソンが自分の行ってきたことをどう捉えているかは分かってるつもりだけど、シャルル=アンリ・サンソンとして君が生まれてきてくれたことが嬉しい、そう思っているよ?」

「マスター」

「生まれてきてくれてありがとう。シャルル=アンリ・サンソンとして存在してくれてありがとう。それから、私と出会ってくれてありがとう」

 

「君はマシュと一緒に最初からいてくれたサーヴァント。座に登録されてることも考えなきゃいけないのかもしれないけれど、私にとってはサーヴァントというより、シャルル=アンリ・サンソンっていう一人の人間として、一緒にいてくれてとても感謝しているよ」

「マスター、いえ、リツカ。こちらこそ、ありがとうございます。僕もあなたと出会えたこと、貴女の天秤であれたことを誇りに思っております」

「えへへ、なんだか恥ずかしい。でも、そう思ってくれて嬉しいよ」  お茶が冷めちゃったから淹れなおしてくるね。立香は自分の分とサンソンの分のカップを手に取り、ポットの方へ向かう。サンソンから見える後ろ姿。その耳は真っ赤に染まっていたのだった。

ある寒い日に(現パロ)

「おまたせサンソン。どうしてこんなところに?」

 凍えるような寒い中、遊歩道にて。仕事終わりに待ち合わせをしていた立香とサンソン。立香の方が残業となることが確定となり、遅くなる旨を連絡したのはこの待ち合わせの四十五分前であった。すでに喫茶店に避難して、温かいブラックコーヒーを飲んでいるだろうと思って歩いていると、見慣れた姿を見つけて声をかけた。

「お疲れさまです、リツカ。ええ、リツカを待っている間に、ここでとてもいいものが聴けたので」

「私も聴きたかったな。……路上ライブでもやっていたの?」

「ええ。下のお店の入り口前で、ジャズバンドの小コンサートを開いていたのですよ」

 立香は遊歩道の下に展開されているお店を見る。なるほど、お店の入り口付近は小ホールのような作りになっていて、いまだに座席が用意されたままになっている。ここでだったら、自分たちがいる二階部分からの眺めや音楽の広がりから考えても、とても良い演奏が聴けたのだろうと思いいたる。

「最後に演奏していた曲は確か、イン・ザ・ムードだったかと」

「イン・ザ・ムードね……」

 音楽に関してはあまり得意ではなく、耳に心地よいかどうかだけで判断していた立香は、どんな音楽だったかと困惑していた。

「えっと、どういうのだったっけ?」

「ええっと……」

「せっかくだから鼻歌でもいいから歌ってみてよ」

 自分で言っておきながらなんという無茶ぶりを、と思いつつ。珍しくサンソンが歌ってくれたらいいなと考える。サンソンの歌声だったら、鼻歌でもさぞかしきれいなのだろうだとか、イン・ザ・ムードがどんな曲だったのか思い出しながらも立香は口にしていた。しかし、サンソンは立香をじっくりと見てから答える。

「リツカ、実はわかっていますね?」

「え?そんなことナイナイ」

「言葉が片言になっていますよ。ふふ、相変わらず嘘は苦手なようですね」

 ふふふ、と。一旦は笑いをかみ殺そうと努力していたが、我慢できずに笑いをこぼす。立香はそんなサンソンの態度に頬を赤らめながら反撃の口を開いた。

「うう、それはサンソンが嘘を見分けるのがうまいだけだよ」

「そうでしょうか?」

「うん。それで話は戻すけど、今度良かったらカラオケに行かない?」

「カラオケ、ですか?」

「うん。サンソンの歌う姿とか見てみたいなって思って」

 サンソンが歌ったところを見たことがない。立香はそう思っていた。学生時代に付き合っていた時から、デートで遊園地や映画館には行ったことがあったが、カラオケはなく。実は音痴かなと思っていたところに、サンソンと共通の友人から学生時代のサンソンが酔って歌っている姿の動画が送られてきたのは記憶に新しく。立香はただ単純に興味があったのだった。

「……考えておきます」

「絶対だからね」  約束。そう冷たくなり始めている左手の小指を差し出され。早めに喫茶か二人の家へ帰るべきだと思いながらも、サンソンは小指を絡ませるのであった。

【おまけ】

「そういえば、ずいぶん気に入っていたみたいだけど、ジャズコンサート、そんなに良かったの?」

「ええ、少し大きめのグループだったのですが、人と人とが手を取り合って、協力しあって、一つの音色を作り出している。今日が冷え込んでいるから余計になのかもしれませんが、そんな姿がとても良いと思いまして」

「……みんな、楽しんでた?」

「ええ、とても。僕もとても楽しい気分になりましたね」

「ああ~、やっぱり残業なんかしないでこっちに来ていればよかった。サンソンと一緒にそのコンサートを聴けていれば、もっと素敵な気分になれたんだろうな」

「ええ、僕も立香と一緒に聞けていればと思っていました。ですが、今はそれより」  早く家に帰って、手を温めましょう?サンソンはそう立香に問いかける。握られているサンソンの手は温かく、対して立香の手は末端冷え性によくあるように、凍えるように冷たく。立香は手を握られていたことを思い出して、恥ずかしながらもこくりと頷いたのだった。

思い出

「明日はシミュレーターで訓練して、あとは種火を誰にあげるかだけど、どうしようか」

「マスター、どうされました?」

 今日も今日とて立香は部屋で明日の予定を組み始める。これは立香が決めている夜のルーティンの一つであるが、うまく決まらないのか、声をあげて案を広げ始めていた。そこに、そんな声を聴いたサンソンが声をかけた来たのだった。

「サンソン!ごめんね、独り言を言っていて。もしかして聞こえてた?」

「いえ。偶然通りかかりまして。よくは聞こえませんでしたよ」

「よかった」

 自分が少し大きめの独り言を言っていた自覚はあるけれど、さすがに聞かれていたら恥ずかしいと、頬を染める。ただ、その手は予定を組んでいたタブレットを握り、もう片方の手はその上を右往左往していた。そのままの状態でサンソンの方へ向き直りつつ、予定を決めていたタブレットをサイドテーブルに置きなおし、言葉を続けた。

「今、今週一週間の予定を見ながら明日の予定を組みなおしていたんだけどね」

「ええ」

「実はデジタルデータが苦手で、紙の手帳が欲しいなって思っちゃって」

 デジタルデータってきれいだけど、どうしても自分には合わないというか、手書きの方があとで見返した時に、楽しかったり辛かったりしたことを思い出せるんだよね。だから好きなんだ。立香はそう続ける。サンソンはそれを聞き、大きく頷いた。

「サンソンは、予定管理はやっぱりタブレット?」

「ええ、僕は戦闘以外にも医務室勤務などがあるので、やはりタブレットになりますね。ただ、それとは別に紙の手帳も持っていますよ。よかったら見ますか?」

 サンソンは問いかける。いいよと立香は遠慮したものの、人の手帳は気になるもので。恐る恐るとサンソンがポケットから取り出したそれを眺める。手に隠れるぐらいの小さな手帳には、リツカとサンソンが二人で過ごした記録がいくつも書かれていた。

「えっとこれは」

「個人的な記録ですよ。例えば最近では、聖杯をさらにいただいたことなどを書かせてもらいましたね」

「私個人としては嬉しいんだけど、少し恥ずかしいかな」

 自分の知らないところにあった、自分との記録。母親がつけいていた自分の小さなころの日記を見ているような、こそばゆいような恥ずかしさがこみ上げる。

「そうだとは思いましたが、僕がまた退去するときに、よければ差し上げようかと思っておりまして」

「え?」

「空想樹を全て切除した後のお話です。人理修復したときにも退去を命じられたでしょう。でも、思い出も何もかもがなくなってしまうのは、少し寂しいと思いまして」

「ありがとうサンソン」

「いえ。僕としても、受肉はすることはないでしょうが、貴女と過ごしているこの記憶を、記録としてではなく、記憶として実感できるもので残しておきたいと思いまして」

 もしかしたら手帳も破棄するようにと言われてしまうかもしれませんが。そう続けるサンソンであったが、リツカはそれにかぶせるように口を開いた。

「それでもね、ありがとう」

「……はい」  二人は微笑みあう。もしかしたらサンソンの手帳は処分対象になってしまうかもしれない。けれど、それでも今日という日も含めて記録されるのであった。

手を合わせる

「えい!どうだ!サンソン!」

「わっ!や、やめてください、リツカ!」

極寒の現代へとレイシフト。他のサーヴァントとはぐれたサンソンと立香は、人の暮らす安全地帯へ移動して探索を開始する。しかし、いくら探索をしたところで仲間を見つけることもできず、だんだんと夜も更けてくる。そうして、手足が寒くなってきて。そこで立香が面白半分に、歩きながらコートのポケットに手を入れているサンソンに、後ろから抱き着いて、手を同じところに突っ込んだのだった。

「リツカ、こんなに冷たくなってるなら言ってくださればよかったのに」

「え?そんなに冷たい?」

「ええ、とても」

ポケットの中で立香の手を取って、絡ませるサンソン。いつもは自分から手を触れ合わせることなんかないのにと、嬉しさと驚きで固まっていると、そう声をかけられる。サンソンは、何食わぬ顔で立香の方を振り返り、小さく微笑んだ。

「リツカ、どうされました?」

「えっと、サンソン」

「ふふ、かわいらしいですね」

 触れ合わせたままの手をポケットから出し、そのまま口元へ持っていくと、立香の目の前で彼女の手に口づけを落とす。寒さで赤くなっていた顔は、別の意味でも赤くなり、立香はサンソンを睨みつけた。

「もう、どうしてそういうことするの」

「すいません、あまりにかわいらしかったもので」  振り返ったまま、ダメでしたかと問いかけるサンソンに、何も話せなくなる立香。サンソンはそのまま、顔を立香に近づけるのだった。

いたずら

鳥の声のアラームが鳴る。朝の目覚めはこれでと、立香が楽しそうに言っていたのは数日前だったかとサンソンは考える。考えながらもシーツからアラームに腕を伸ばし、上の出っ張りを押し込んだ。

「リツカ、起きてください。リツカ」

「うぅ……ん」

 寝起きが悪いと気づいたのは一緒に朝を迎えるようになってから。だけれどその前から、誰かさんのように朝は弱いのだと、恥ずかしそうに、その片割れの前で立香は話していたことを覚えている。その後のことと言えば、

「なんだ。それだったらカエルを口に入れれば一発で目が覚めるぞ?」

「やめてあげてよ」

とその片割れが答えたことで、会話が終っていたのだった。

「リツカ、リツカ?目を覚まさないと、いたずらをしてしまいますよ?」

 もちろんするつもりはないけれど、そう声をかける。幾分か顔を近づけて、なるべく低くかすれを意識した声で。以前意識せずに同じように後ろから声をかけたときに、びくりと体を震わせていたことを考えれば、これで起きてくれるかと思い、行動したのだった。

「……」

 すやり。それでも起きないものかと彼女の顔を覗き込む。すると突然腕を回され、彼女と口をつけることとなった。

「んっ、んん?……り、……つか?」

「えへへ、引っかかった!」

 回された腕を緩められ。目の前にはしてやったりと得意げな顔。

「りつか?」

「ごめん。そんなに怒らないで?ただ、ちょっと、いつもされてばかりだったから、たまには私からも仕掛けてみたいなって思っちゃったんだよね」

 どう、驚いた?という立香に、軽くおでこをぶつけるようにして口を開く。

「驚きましたよ。でも、目覚めが悪いというのはそこまでではないのですね?」

 あの時の話を聞いていたのかとむくれたような表情を見せられるが、それをそのまま鴉に答えてくれる。

「目覚めは悪いよ。でも今日はサンソンのために頑張ってみたの」  混じりっ気のない笑顔を見せる。ころころと変わる、至近距離で向けられる無邪気さもある笑顔に何とも言えなくなる。そうしてこれ以上それを見ないようにと目を瞑って、そのまま口を塞いだのだった。

嘘じゃない嘘

「サンソンなんて、だ、だ……だ、だだだ!」

「リツカ、どうしたのですか?」

「だ、……やっぱり言えないよ」

 しょんぼりとうなだれる立香。ナーサリーたちと今日はカードゲームをしていたはずだったけれど、何かその途中にあったのだろうかと、サンソンは声をかけた。

「何か言いたいことでも?」

「ううん、言いたくないから、言えないの」

要領を得ない立香の答えに首をかしげるサンソン。そうすると、立香が観念したように紙を差し出してくる。そこには『罰ゲーム:大切な人に嘘を一回つくこと』と書かれていたのだった。

「罰ゲームですか?」

「うん。それで、一回嘘をつかなきゃいけないの。ナーサリーちゃんたちにルールはルールだからって守らないと、って言われちゃって」

「それでしたら、こういうのはどうでしょう?」

 立香の耳元に口を寄せてあることを伝える。きっと廊下の角で罰ゲームがしっかり行われることを確認しているのであろうナーサリーたちにばれないように。二言三言そのまま立香に話すと、立香は嬉しそうに「それなら大丈夫だね」と言って笑ったのだった。

「それじゃあ、言うね」

「ええ」

 息を軽く吸い込み、恥ずかしそうにしながらも真っすぐ立香はサンソンの方を見る。そうして口を開いた。

「サンソン、私、サンソンのことが好きだよ?」

「ええ、僕もですよ」

 大嫌いと言われるよりも、心がふわふわと浮き立つような嬉しさをサンソンは感じながら立香を見つめる。立香は耐え切れなくなった気持ちと、そうしたいと思った気持ちでいっぱいになりながら、サンソンに抱き着く。

「嘘!サンソンのことは、大好き、だよ!」

「ええ、わかっておりますよ。それに、僕も嘘をついていますから」

「え?何を?」

 そう問いかける立香の耳元で、もう一度聞こえないように。

「リツカ。僕は貴女のことを愛しています」  目を瞑り、抱きしめ返しながらこう答える。廊下の角から「ずるいわ!罰ゲームの意味がないじゃない!」というような声を聞きながら、真っ赤になった立香の顔を隠すように、さらにぎゅっと抱きしめるサンソンであった。