二人きり
「はい、シャルロ、あーん!」
「ふふ、ありがとうござます」
頬にかかる髪を耳にかけなおして口を開けるサンソン。立香は恥ずかしいと思いつつ、オムライスを乗せたスプーンを彼の口へ運んでいく。レイシフト先の喫茶店で二人きり。デートをしているように見えるだろうけれど、決してデートをメインとしているわけではないのが、立香にとって安心材料であるとともに、残念に感じるところであった。
「りつか、緊張してますね?」
「それは、するよ」
「ふふっ、かわいらしいですね」
カタン、と少し音を立てて椅子から軽く立ち上がり、立香の耳元にオムライスを頬張った唇を寄せる。周りの人間は、バカップルがいちゃついているとでもいうように、視線をそらしたので、それを見てしまった立香はもともと赤かった顔をさらに赤らめた。
「店内右奥の角席。リツカからも見えるでしょうか?」
「うん」
小声でサンソンがしてきた耳打ちに、小さく頷く。サンソンはそのままの態勢を維持して、言葉を続ける。
「僕たちがこの喫茶店に入ってきたときから席は空いていました。それから、後に誰も入ってきていないのは確認しています。ですが」
「今はその責に女の人が一人いる。それが、この特異点の原因?」
「ええ、恐らく」
現代原宿に現れた極小特異点。レイシフトした先では、リツカにとって現代日本の何ら変わりない日常風景が繰り広げられていたけれど、どこかに感じる聖杯の気配。それをたどりつつ調査をしていると、パートナーと行動すると現れるゴーストがこの場所で有名になっていることがあげられ、実際にそれと遭遇した時に聖杯の力を感じたのだった。
「今はこちらも気づいていないふりをしていますが、こちらが気付いていると分かってしまったら逃げられるかもしれません。どうします、マスター?」
「サンソン、一撃で仕留められる?」
「ええ、この距離であれば。ただ、攻撃をした際にこの空間がどう変化するか予想がつかないので、そこを留意点として考えてほしいですね」
「わかった。じゃあ……お願いしてもいい?」
「ええ」 ちゅっ、というリップ音をさせてサンソンは離れる。その直前に、「このレイシフトが終ったら、またデートでも」という言葉を残して離れていったけれど。リツカはそれをいったんは振り払って、サンソンの背中を、彼がすることを見つめるのであった。
紅茶
「そういえば、ホットチョコを作るのもうまかったけど、ロイヤルミルクティーを作るのもうまいよね?」
「そうでしょうか?」
タブレットで検索していたら見つけた方法で淹れるようにしていたのですが、というサンソンに頼んで、作り方を教えてもらいながら、淹れてもらっていたそれを飲む。砂糖も入れていたのか、適度な甘さに幸せを感じながらも、飲み終わったカップをサイドテーブルに置いて、そこに置いてあるメモを手に取った。
せっかく教えてもらえているのだから、しっかりと覚えたい。そう思って真剣にメモにペンを滑らせる横で、立香が書ききれるスピードで話すサンソン。
「弱火で数分程度火にかけ、沸騰直前で火からおろします」
「沸騰させちゃうと、どうなるのかな?」
「沸騰させてしまうと、牛乳独特の臭みが出てしまうらしいですよ」
なかなか沸騰させずに温めるのは難しいですが、とサンソンは口にする。最初の何回かは失敗してしまったのだというサンソンの言葉を聞きながら、立香は『注意:沸騰はさせないようにする』と書き足していった。
「それにしても、リツカは教えがいがある。そう言われませんか?」
「えっと、確かにケイローン先生とか、婦長とかに同じようなことを言われたことならあるけど、なんで?」
「いえ、こうしたちょっとした教えでも、自分なりにしっかりメモを取ったり、質問をしたり。教える側としてはそうやって理解をしていることを、理解しようとしていることを見せてもらえるというは、とても嬉しいことなのですよ」
「そういうものなの?でも、私としては普通だと思ってたんだけどな」
「その普通がとても良いのです」 そのままでいてくださいね。そうやって立香は頭を撫でられたのだった。
お風呂
今までシャワーで済ませていた入浴も、慣れてしまえばお湯につかることも楽しみとなる。プレゼントされた黄色いアヒルがちゃぷちゃぷと浮かぶ中、頭にタオルを乗せて、古来からの日本の入浴スタイルだよと言われたそれを行いながら、立香が入ってくるのを待っていた。
「一緒に入るのはまだちょっと恥ずかしいから、先に入っていて」
そう言われて数分。入浴のルールとしてはいかがなものかとは思うけれど、腰にタオルを巻いたまま入っていた。そのまま一緒に入ろうと言ってきた本人を待ちつつ、立香が好きだと言っていた白い濁りのある入浴剤を湯の中に落としたタイミングで、浴室の入り口の曇りガラスがノックされる。
「どうぞ。入浴剤を先に入れてしまいましたがよかったですか?」
「お待たせ。わわっ、ありがとう、サンソン」
入ってきた立香はおおむねサンソンの予想通りの水着姿。ただ、いつもの礼装の水着とは異なり、オレンジを基調としたフレアトップ、そうして下はトロピカルサマー礼装のような白い水着用パンツを履いていた。
「やっぱり、そのままだと恥ずかしくて水着で来ちゃったけど、よかった?」
「ええ。今は体を洗うことではなく、入浴を楽しむのが目的でしょう?」
僕もルールは守っていませんし、と濁った湯の中を指すと、それで察してくれたのか緊張した肩の力を抜いて、足を寄せてスペースを作った浴槽に、僕に向かい合わせになる形で入ってきたのだった。
「えっと、リツカ。今日はこちらでなくていいのですか?」
「う、ん……。今日からはこっちがいい、かな」
恥ずかしそうにうつむいた立香であったけれど、すぐにこちらに向き直り、やっぱりそっちに行ってもいいかと聞いてきたのであった。
「もちろん。ただ、今日はどうされたのでしょうか?」
「今日は、というか前から思っていたんだけど、この体勢ってちょっと恥ずかしいものだったのかなって。でも、思ったよりくっつけなかったからやっぱりいつもの体勢の方がいいかなって思ったんだ」 すぐに温まってきたのだろう、見える範囲で全身の血色が良くなっていく立香を見つつ、解いた癖の付いた髪を指で掬って耳に掛ける。そうして表情をうかがうと、恥ずかしそうにこちらを見上げてきた。その表情はどこか頼りないところもあり、かと思えば色事を行っているときのような艶やかさもあって、僕は思わず口づけを落としたのだった。
指先さえも
「これで、大丈夫ですよ」
「ごめんね。こんな怪我を診せて」
黒く壊死してしまった指を立香はサンソンに診せる。彼は壊死したその場所を、麻酔を使いつつ切除していく。第一関節に近いところまで黒くは染まっていなかったので、そこまでひどくはなかったのかもしれない。ただ、それでも爪を含めたいくつかの指は骨ごと切り落とされて、今は痛みがないけれどあとで熱が出て、薬を追加されるのだろうと予想がついたのだった。
「いえ。ただこうなる前にどうにかできなかったのか、と考えてしまうことはありますが、どうにもならなかったのでしょう?」
「うん」
第七特異点。その最後で立香は魔力が切れるほどに力を使い、その代償として、指の一部に壊死が起こった。彼女はそれを少しの間、隠していたけれど、レイシフトが終った後に見つかり、即座に医務室へと運ばれたのだった。
「私が頑張らなきゃ、あと少しで終わるってこともあるんだしね」
「……マスター、僕は貴女の頑張りを評価したいと思っていりますが、ここまで頑張られてしまうと、仕方ないとは言え、医者として叱ることしかできないのですが」
「あはは、もうそれはロマニにされているから勘弁願いたいな、なんて」
「ええ、そうでしょうね。ロマニだけではなく、ダヴィンチにも叱られたのでしょう?」
「えっと、サンソンってエスパーか何かかな?」
それぐらいわかりますよ、とサンソンは答える。それぐらいわかる。誰もが仕方がないとはいえ、藤丸立香という一般人がたった一人で人理修復を行わなければならないこと。そんな偉業をなし遂げようとしている彼女を誰もが大切に思っていること。そうして自分を大切にしてほしいと思っていること。 サンソンはそれらを考えて、それをさせてあげられない自分を考えて、そうして。マスターとしてではなく、一人の人間として。大切な彼女を守ってあげることができない慈雲に歯がゆさを感じながら、彼女が辿ってきたこれまでを、そうして傷ついたからだ、指先さえも愛おしいと思ってしまうのであった。
ピンクのビオラ
白や紫、黄色の花が紅茶に浮かべられて出される。立香はそれを珍しいという表情で眺めた後、それを出してきたサンソンにお礼を言った。
「ありがとう、サンソン。今日は……砂糖漬けのビオラかな?」
「ええ。先日食堂で作ろうというお話をしていまして。僕もそこで一緒に作らせていただきました」
お嫌いでしたか、と心配そうに、立香の隣に座ったサンソンが聞いてきた。それに対し、微笑みながら立香はそんなことはないと返す。
「紅茶は甘くておいしくなるし、見た目も華やかだし、確かこれって食べられもするんだったよね?かわいくておいしいっていいと思うな」
「それは、よかったです。ですが、それだけじゃないのですよ?」
「え?何?」
さてなんでしょうとサンソンは立香の表情を見つつ、やわらかく答える。立香はしばらく迷ていたけれど、ふと何かを思いついたように、サンソンを見上げた。
「わかった!これってたぶん花言葉でしょう?」
「ご明察。その通りです。ですが、その花言葉を立香はご存じでしょうか?」
「うう、そこまでは。サンソンは全部わかるの?」
「ええ、意味を理解して入れてきましたから」
本来は無粋かもしれませんが、解説を入れましょうか、という問いに、立香は少し考えてからお願いをする。
「では、こちらの白い物から。これは純真という意味。それからこちらの紫は思慮深い、黄色は小さな幸福。それぞれリツカのことを考えてみましたけれど、どうでしょう?」
「えっと、恥ずかしいけど、嬉しいな」
立香はちょっともったいないと思いつつ、お花の浮かんだ紅茶を、恥ずかしさをごまかすように飲む。そうすると、沈んだ一つの花が現れた。
「えっと、サンソン」
「はい」
「この色の花言葉は」
「他にも入って……?!」 これ以上は入れたつもりがなかったのだけれどと、サンソンが立香のカップを眺めた後に、そっと顔をそむける、そんなサンソンに立香はどんな意味なのかと再度聞こうとして、耳まで赤くなっているサンソンを見てやめたのであった。
彼女が彼女であるために
「サンソンと一緒にいると、私を思い出せるから一緒にいたいなって思うんだけれど、いい?」
「ええ、勿論。僕でよければ」
彼女に対しては特に何もしていないと思いつつ。彼女が彼女であれるならばと一緒の部屋にいることを許したのは冬木の特異点を抜けてすぐのこと。そのころはまだ、主従関係と言ったら、確かに彼女に従ずるものであるという認識はあった。しかし、彼女を量るのもまたこちらであるのだと考えていた、彼女をマスターだと認めてよいか見定めていた、そんなときであった。
私を私として思い出せる、とはどういうことだったのかと、今さらながらに考えるも、考えたところで一つの答えしかなく、サンソンは、異聞帯を攻略した後に疲れから倒れこんだ立香を見って、ため息をついた。
人理修復を終えて、そうして一般人に戻るはずだった。けれど、そんなことはなく。彼女が序盤に言っていた、『私を思い出せるから』という言葉は呪いのようにサンソンの心を苦しめた。
なぜ気づかなかったのか。どうして彼女が彼女であることを保持させることができなかったのか。今ならいやでもあの時の彼女の言葉がわかってしまう。
「マスター、いえ、リツカ。僕には、どうしたら貴女を救うことができますか?」
「それは君、君が今まで通りに藤丸立香と過ごしてくれればいいんじゃないかい?」
「ダヴィンチ」
「おっと、今はダヴィンチじゃなくて、ダヴィンチちゃんだとも!まあ、君からしたらそう呼びたくなるのは分かるけどね」
集中治療室の外から立香を眺めていたサンソンに声をかけたのはダヴィンチちゃん。小さな姿でも中身はあの女史と変わりない姿にちゃん付けを忘れてしまっていたけれど、それをすぐに訂正された。
「ダヴィンチ……ちゃんは、僕がこのままでいいというのですか?」
「うーん、君からダヴィンチちゃんって言われると新鮮だけれど、いいと思うよ。だって、君の大切な人は、きっと君と一緒なら素を出せると思うんだ。それが今は大事だろう?」
「そう、でしょうか?」
「そうさ。記録だけれど、『失意の庭』を見せてもらった。もう藤丸立香はもとに戻れない。そう言われて彼女がどれほどそれを認めたくないとしたか。それを『君の前でなら素の自分でいられる、元の私を忘れられないでいられる』そう言われているんだ」
「ええ」
「それならドンと構えて、彼女に甘えて、甘えさせてあげるのが一番の治療になるんじゃないかな?」 ダヴィンチちゃんはわざとらしくウィンクをする。立香と自分のやり取りをどこで知ったのか、などと思いつつ、そうであっなら、彼女が少しでも安らげるのであればいいとサンソンは思うのであった。
夜勤
「あ、サンソン、おはよう!」
「サンソンもお昼?」
「サンソン、また会ったね」
一日のうちに何度も出会うマスター。普段は戦闘訓練にでも参加しない限りは一回会えばいいほどなのだけれど、今日は何故だか何度も出会う。
「あ、サンソン。今日は夜勤?ちょっとすりむいちゃったんだけど、ばんそうこうくれるかな?」
「ええ、いいですよ。ついでに他の怪我も診ましょうか?」
「もしよかったらそうしてくれると嬉しいな」
今もそうで、夜勤を変わってほしいとスタッフに頼まれて深夜医療スタッフとして働いていると、夜十時を過ぎたころに来たマスター。今日は本当によく彼女と話す機会も多いと思いつつ、カーテン越しに服を脱ぐ彼女を待つ。お待たせという声と共にカーテンが開けられて、下着だけの姿になった彼女が出てきた。
「待たせちゃってごめんね。これでよかった?」
「ええ、ではまずは後ろを向いてもらって……」
カルテに書かれている傷と、彼女の肌の傷の位置を確認する。傷は大小あり、中にはカルテに記録がされていない真新しい傷もあった。そこを許可をもらってから確認するように見る。キメラに引っかかれそうになった傷だと言っていたけれど、その爪には毒がなかった。ただ、傷口が鋭利な刃物で切られた傷とは異なっていたため、治りは遅いのだろうと予測がついた。
「この傷ですが、テープで止めても?」
「あ、その傷は大丈夫。たぶん止めても、明日の戦闘訓練で引きつっちゃうかもしれないし」
「ですが、止めないと傷跡が大きく残ってしまうかもしれません」
「それは……まあ、今さらかなって」
あきらめたような声が聞こえる。そんな風にあきらめてほしくはない。初期のころは一つ傷ができるたびに、きれいに直してもらっていたことを思い出す。それがいつからか、一切直さなくなり、新しい特異点や異聞帯へ向かい、そのたびに新しい傷を作って。
「今さら、なんてことはないと思いますよ。僕としては、確かに貴女が進んだ道を傷が示すところもありますが、それでも貴女が傷を残したくないと思っているのであれば、それは残すべきではないと思います」
「そうかな?」
「ええ。僕はマスター、貴女にそうやって、傷がある自分であるということであきらめてほしいとは思わないのです」
この気持ちをなるべく素直に伝える。彼女自身が傷を勲章とするような人間であるならば、それでもいい。けれど、この旅が終ったとき、藤丸立香は普通の人間として人生を再び謳歌することになるのだから。
「そっか。それだったら、求めてもいいなら……できれば傷を無くしていきたいな」
「わかりました。ではこの背中にある爪痕と、すりむいたという怪我を診せてください」 すりむいたのは膝なんだけれど、と前を向いた彼女の足元に目線をやり。思った以上に派手に転びでもしたのだろう怪我を診ながら。明日からどう彼女の傷を癒していこうかと考えるのであった。
朝のひばりがなく頃に
「リツカ、愛していますよ」
「わ、わ、私だって、サンソンのことが好き、だよ」
「ええ、わかっておりますとも」
余裕の微笑みに頬を染めてしまう自分。経験もないのに急にフランス男を相手にしろと言われてもと思いつつ、こんな彼を好きになったのは、愛されようと努力をしてしまい、今現在そういった関係になったのは自分であった。朝のひばりがなく頃に、素肌をシーツの中で晒して向かい合っている状態で。まだ起き切れていない頭を無理やりに起こそうとすると、口づけられる。そのまま下を入れられて、いきなりされた深い口づけに酸欠が勝ってトントンと彼の胸を軽く叩いた。
「んっ。すいません、リツカ」
「別に、いいんだけど、でも急にはびっくりした」
かわいくないな、と自分でも思う。もう少しかわいらしい反応ができればこの人を夢中にできるのにと考える。どうすればかわいくなれるのか。この間の女子会を思い出す。確か甘えるだけ甘えるのじゃなくて、魅了するには、夢中にさせるには。たまには自分から相手を誘惑すればいいんだっけ。誘惑するには確か。そう、ぼんやりとした頭で思い出したことを実行していく。首に手を絡ませて、顔を寄せて、微笑んで。
「リツカ、誰かから、何か聞きました?」
「え、どうしてわかるの?」
「あまり、リツカらしくない行動だったので。……貴女は貴女のままで、十分なのですよ?」 近距離での笑みに完敗。メイヴちゃんから教えてもらったそれも、私では無理だったということしかわからないまま、彼から与えられる口づけに翻弄されることとなるのであった。
慣れないキスの話
「んっ………ん、ん~!」
夜の二人きりの時間。ふとした時にキスもその先もするようななかにはなっていたけれど。苦しさからトントンとサンソンの身体を軽く叩くと、離れる唇。それに寂しさを感じながらも、あがってしまった息を何とか整えようと深呼吸をする。
慣れない深いキスに固有を荒くする私の姿に苦笑しながらも、再度近づいて来ようとするサンソンに、ストップをかけた。
「サンソン、ストップ!ウェイト!」
「リツカ。そこまで言わなくてもこれ以上はしませんから大丈夫ですよ?」
「本当に?」
「ええ。落ち着けるように背中をさすってもいいでしょうか?」
疑いながらもいいよと答えると、近づいてくるサンソン。そのまま呼吸より数テンポ遅く、ゆっくりと背中をさすってくる。それに合わせてゆっくりと。はふはふと荒くなっていた呼吸も落ち着いてくる。するともう一度というように、甘えるように近づいてくる影。それに気を許しそうになりつつ、やっぱり嘘じゃんと小さく声をあげる。
「すいません、かわいらしかったのでつい」
「もしかして、今日はキスだけじゃなくて、それ以上もしたかったり?」
「……やぶさかではないとは思っておりますが、それは誘っていただいているということでよろしいでしょうか?」
「え?ええっと」
私だって嫌ではない。けれどそれを素直に言って、自分から誘ったことにするのは少し恥ずかしいと思ってしまうのも事実で。それでもそっと、小さくなってしまった声で答える。
「えっと、えっとね。私も、してもいいとは思ってる」
「ええ」
「けど、ちょっと恥ずかしいし、まだ舌を使うキスにも慣れてなくて、いっぱいいっぱいになっちゃうかもしれなくて」
「ええ」
目の前のサンソンが小さく笑い始める。心外だと私は思いつつも、最後までしっかりと言い切る。
「でも、サンソンとは最後までしたい、です」
「ありがとうございます、リツカ」 再び口づけを受ける。そのままベッドに押し倒されて、それから……。
寂しさ
「ぎゅってしていい?」
「ええ、でも突然どうされました?」
「ちょっとだけ、怖くなっちゃって」
急にいなくなってしまうこと。それは私にとってよくあることだったけれど、それでも慣れなくて。大好きな兄弟が突然いなくなったこと。父がいなくなったこと。母と二人だけれ過ごすことになったこと。その母もほとんど家に帰ってこず、一人きりでお夕飯を取っていたこと。それからカルデアに来て、人理修復が終わって退去の時。
何度も何度もお別れが来て、結局は一人きりになるのは分かっていたけれど、慣れなかった寂しさ。サンソンもいなくなってしまうのかと思うと、またいなくなってしまうのかと思うと寂しくて、怖くて。一緒にいられる現状に少しだけほっとしている自分がいることも事実であった。
もう少しだけ、あと少しだけでいいから。一人きりに慣れていた自分が、寂しさには慣れていなかった自分が、もう少しだけ一緒にいたいと思った相手といれるなら、空想樹切除も頑張れる。そんなほの暗い感情をもつ自分に罪悪感を持ちながら、目の前にいるサンソンをぎゅっと抱きしめる。そうすると、まわされる大きな手。
背中を撫でる手に落ち着きを取り戻しつつ、「ありがとう」と小さく声を出すと、返ってくる言葉。
「リツカ、つらい時にはつらい、寂しい時には寂しい。そう言ってほしいと僕は思います」
「でも」
「でも、ではなく。それから、甘えたいときにはこうやって甘えてくれれば、僕だって、嬉しいのですから。恋人に甘えられるのは、いなくなってしまうことが寂しいと、そうやって求められることも、とても幸福なことなのですよ」
これはいけない感情なのでしょうが、僕も一人の人格を持ったものなので。そう言いながらもあやすように撫でられる背中に心地よくなり、目を瞑る。
「それだったら」
「だったら?」
「あとちょっとだけ、怖いって、寂しいって思わなくなるまで甘えててもいい?」
「ええ、勿論」
そのまま撫でられる背中から伝わる温かさと心地よさに意識が揺蕩ってゆく。心地よいまどろみに意識を手放しかけるとき、かろうじで言葉が聞こえた。
「Bonne nuit mon amour, Bonne nuit mon ange.」
