100本ノック2(後半) - 1/5

子守歌

藤丸立香は朝日を模した明かりに眩しさを感じつつ目を覚ます。隣には夜遅くまで一緒にいて、閨を共にした愛おしい者。珍しくその彼はすやすやと寝息を立てており、立香は密かに驚きつつ彼に近づくと、起こさないように彼の頬や髪を撫でながら、音を紡いでいた。

「……ん?リツカ?」

「おはよう、サンソン」

 眠っている彼をまるであやすように。暫く小さな声で歌っていると、その声のせいか明かりのせいか、起きたサンソンがゆっくりと目をしばたかせながら声をかけてくる。そんな彼を裸のまま、前をシーツで隠しただけの状態で、立香は微笑みを浮かべながら眺める。

「おはようございます、リツカ」

「おはよう、サンソン。よく眠れた?」

「ええ。ですが、今の歌は?」

「私もよく覚えてないんだけど、私が小さいころに、子守歌っていうのかな?お母さんが歌ってくれたんだ」

「そうだったのですね」

「うん。もしサンソンが嫌じゃなかったらもう少し歌っていてもいいかな?」

「ええ。では僕も横になっていたほうがいいでしょうか?」

 別に本当に寝かしつけるわけじゃないからそこまでしなくていいよという立香であったけれど、サンソンはそれが聞こえているのかいないのか。今日が何もないことをいいことにベッドの中にもう一度いたずらに潜り込む。  本当にもう一度寝てしまうのかと立香は思いつつも、続きの音を口ずさむのだった。

真剣な君へ

「『恋人とだけ呼んでくれれば、それが私の新たな洗礼。今からはもう……』」

「りつか、何を読んでいるのでしょうか?」

「あ、サンソン、ちょうどよかった。今、ロミオとジュリエットを読んでいるんだけどね?」

 夜のお茶を立香の部屋へと運んできたサンソン。常であれば、もうすることも終わったからと寝る準備すら終わらせている立香は、今日は礼装を着込んだまま台本を熱心に読み、線を入れていた。

「今度、藤丸立香一座じゃないけど、子供サーヴァント達の前で劇をやることになって」

「リツカがロミオ役なのですか?」

「ううん。今回は裏方なんだけれど、何かあったときの代役って形で入ってて。もしよかったら練習に付き合っ

てほしくて」

「ええ、よいですが、僕は役には疎いですが」

「それでもいいから。そうしたらロミオ役をお願いしていい?」

「はい」

 とりあえず練習をする前にと、お茶を手渡す。温かいうちに飲んでほしいと促すと、一口一口とゆっくり立香は飲み干す。

「サンソンが来るまでずっとしゃべっていたから、喉が疲れていたんだ。ありがとう」

「そんな状態で大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。じゃあ、ここからお願いします」

「はい。では、いきますね」

 場面は第二幕。『ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?』というセリフで有名な場面だ。サンソンはジュリエット役を演じる立香の場面までを、なるべく心を込めて朗読する。対する立香は台詞を暗記しているのか、台本なしに台詞を紡いでいき、月に誓う場面へと移る。

「『あなたの恋もあんな風に……』ごほっ、ごほっ、ごめんね。えっと、ど忘れしちゃった」

「あなたの恋もあんな風にかわり易いといけないから、ですね」

「そっか。ニュアンスでは覚えているけど、やっぱり全部覚えるのは難しいね」

「言い回しが現代と異なるところも難しいところなのでしょう。でも、十分に覚えていらっしゃると思いますよ?」

「そうかな」

 まだまだだなと自分では思っているけれど。立香は今日の練習は終わり、とベッドサイドに腰掛けてサンソン

を呼ぶ。サンソンもおとなしく立香の隣に座った。

「練習に付き合ってもらったうえで悪いなって思うけど、いくつか聞いてもいい?」

「ええ、僕でよければ」

「さっきの月に誓う場面だけれど、これって言葉通りに受け取って大丈夫なのかなって思って」

「ええ、諸説あると思いますが、僕はそれでよいと思いますよ?」

「やっぱりそうだよね」

「リツカは他に考えが?」

「ううん、だいたいはそのままでいいと思ってるけど、月みたいに変化するのって、どうしてだろうって考えてて。やっぱり家柄のことがあるのかなって」

「それは」

「あ、ごめん。別に変なこととか考えていたわけじゃな

いから」

慌てて立香が謝る。はて、謝ることなどあっただろうか。サンソンはふととある言葉を思い出して口に出した。

「『最初に恋があった』でしょうか?」

「うう、そう。それ。それだけどそうじゃなくて」

「僕は気にしていませんよ」

「ごめんなさい」

 最初に恋があった。サンソン家を語る最初の一言はこれだろうと、サンソンは自身の現代資料を読んで理解している。最初に家柄など考えずにあった恋によって、サンソン家はサンソン家となった。ロミオとジュリエットの恋とは逆であったけれど、その感覚はそういう意味ではサンソンにも理解できるものであった。

「いえ、いいのです。ただ、ロミオもジュリエットも、二人とも愛し合ってはいたけれど、家柄、自分の立場については不安があったでしょうし、家柄によって恋が引き裂かれるかもしれないという不安はあったと思いますよ」

「そっか」

「リツカは物語を本当に大切にしているのですね」

「え、そ、そんなことは」

「ありますよ。役を演じるだけではない。僕にそうやって相談するぐらいには役の心情を理解して、それで舞台に立とうとしている。この間と同じことを言ってしまうかもしれないですが、僕はそういったところを好ましいと思っています」

 この間とは熱心にメモを取っていた時のことだろうか。理解しようとする姿勢を好ましいと伝えられた気がするけれど、それでも何度もそういったことを伝えてもらえることは嬉しくて。リツカはサンソンの方を向き直り、サンソンと同じように行動する。

「そういうサンソンだって、そうやって褒めてくれるところ、ちゃんと答えてくれるところは嬉しいし、す、好きだったりするから。変な意味じゃなくてね?」

「ええ、わかっておりますよ」

「む、むむ、わかってない!それから笑わない!」  だんだんと顔に熱が集まっていくと自覚はしていたけれど。サンソンは、サンソンのことを褒めようとしながらも、照れて顔を赤くしていく立香に耐え切れなかったのか小さく笑いだす。リツカはそんな目の前の男に対してポコポコと湯気が出そうになりつつも怒り出したのだった。

君と出会えた日に(12月14日、現パロ)

「え?えっと……」

「どうされました、リツカ?」

「ここって、そこまで高級ではないし、一度は来てみたいって思っていたレストランだけど」

「ええ」

「予約してたのってここだったの?」

 ここに来る二週間ほど前に来たメール。レストランを予約したので、ドレスコードではなくてもいいですが、生徒に見えない格好で来ていただけませんか。それに合わせてどうしようと服を選んで一週間。まったく服が決まらない私に我慢ならなくなったメイヴちゃんが服選びに連れて行ってくれて、ついでとばかりに化粧を教えてくれたのが前日。そうして当日オフィスカジュアルな服を着たようなサンソンに連れていかれたのは、自宅から二駅ほど離れたところにある、高校生が利用するには少々値が張るイタリアンレストランであった。

「ええ。どこかというお話は……そういえばしていませんでしたね。すいません」

「もう、少しびっくりしたじゃない。でも、サンソンも忘れることもあるよね」

 少ししょんぼりとしたサンソンに、ここに来たいって私も思っていたし早く行こう、と手を繋ぐ。繋いだ手は冷たかったけれど、なるべくあたたかくなればいいと、手を絡ませた。

「予約されているサンソン様ですね。どうぞこちらへ」

 お荷物とお洋服をお持ちいたしますというボーイに、慣れないまま脱いだコートと荷物を預け、案内された席に着く。慣れない場に緊張し始めていた私に対して、サンソンは大人の余裕を見せるように、慣れた様子で会話をしていた。

 それから、前菜、パスタとメインの和牛のタリアータがくる。マナーはどうだったっけと考えながら、時々サンソンの方を盗み見ながら食べることになったけれど、メインも食べ終わり、最後のハーブティーとお任せケーキ。ここでケーキを食べた友達からおいしいと聞いていたこともあって楽しみにしつつ、サンソンの方を見る。盗み見ながらマナーを確認していた時には口元に浮かべていた笑みを今は浮かべておらず、先ほどまでとは打って変わって、レストランに入る前のように、手が冷えるのか、手を合わせていた。

「サンソン、どうしたの?」

「いえ、なんでもないのですが」

「もしかして、サンソンも実はこういうところに来たことがなかったり?」

「そうではないのですが、やはり、緊張していることは

分かってしまいますか」

 真剣な顔でこちらを見るサンソンに、何かあったのだろうとこちらも見つめ返した。

「りつか。僕たちが出会ってどれぐらいたちますか?」

「えっと、私が高校一年生の時、ちょうど今頃だから」

「二年になりますね。そうして立香は十八歳になっています」

「うん」

 とても真剣な顔で、言葉を選んで。本当に大事なことを言おうとしているのが伝わってきて。何を言われるのか想像がつき始め、喉がカラカラになる。

「成人するまで待とうとは思いましたが、これからあなたは大学に入って、ますます他の人と関わることになるでしょう。そうした時、僕にいつまでも振り向いてくれるのか、と心配になってしまいまして」

「うん」

「それで、ですね。これを、受け取ってくれないかと思いまして」

 ジャケットのポケットから出される小さな箱。これはいわゆる、と考えていると開けられるそれ。そこには思っていたものとは違う、小さなネックレス。割れ鐘と犬の飾りがついているものであった。

「えっと……?」

「だめ、でしょうか?」

「えっと、ダメってわけじゃなくて、もちろんうれしいけど」

 指輪かと思ったじゃない。驚かせないでよ。そう言うとそらされる目。珍しく赤くなっている頬を手で隠すようにしながらも、口を開く。

「僕も、最初は指輪にしようと思いました。ですが、それでリツカを縛って、大学で変な噂を立てられたりしたら、リツカにとっても良くないと思ったので、せめてこれで僕の……ものだと」

 割れ鐘に犬というのは代々伝わっている自分の家の家紋であって、リツカにもそれを身に着けてもらうことで、僕の家のものである。僕のものであってほしい、そう思ってしまったのです。

そう言葉を詰まらせながら口にしてくれる。そんなサンソンに、サンソンの真意に、頬が赤くなることを自覚しながらも、ネックレスを受け取る。

「サンソン、その、ありがとう。でも」

「でも?」

「私のことをいろいろ考えてくれて嬉しいけれど、それでも、そんなことしなくても、私はサンソンと一緒にいたいし、サンソンが欲しいって言ってくれたら、私は」

 最期には小さくなった声で。顔を赤くしたままそんな
ことを話していたところで、ボーイがやってくる。続きはまた後で。そう小さく言う私に、サンソンはこちらを見ながら、わかりましたと頷くのだった。

あーん

「サンソン、はい、あーん」

「えっと、あーん?」

 口を開けるとすかさず入れられるサラダを咀嚼する。目の前の立香は満足そうに笑顔を向けているけれど、ここは食堂。そして、普段はこういった、いわゆるいちゃつくという行為をしない立香が自らしてくることに、頭を抱えたくなった。

 どうしてこんなことになっているかと言ったら、魅了のスキルを使った攻撃をマスターが受けてしまったからで。すぐにそのエネミーは倒されたけれど、様子を診ようと近づいたサンソンに対してマスターは、起き上がってすぐに手を目の前の彼の腰に回してべったりと張り付いたのだった。

「はい、サンソン。もう一口食べる?」

「いえ、もう自分で……」

「えっと、私からこうされるのは、イヤかな?」

「いえ、そんなことは」

「じゃあ、あと一口でいいから」  あーん、と再びフォークを口の前に持ってこられて、ただただ口を開けることしかできなくなっていたのだった。

「今日は、抱いてほしいって思ってるんだけど、ダメ?」

「リツカからそういわれるのは、珍しいですね」

 ダメということはないですが、どうされたのですか。サンソンは立香の部屋で、隣に座っている部屋の主に問う。自分から抱いてほしいということをめったに言わない立香が珍しいことに抱いてほしいという時、大抵彼女はひどく自分を罰していることがある。そうして手ひどく抱いて、自分を肉体的にも罰してほしいと寄り添ってくるのであった。

「なんでも」

「ないよ、ということはないのでしょう?その足はどうしたのですか?」

「っ、」

 サンソンは立香の足首に巻かれた包帯に目を止め、それを指摘した。慌てて隠すも見られた手前、立香はため息をつく。

「今日は、戦闘訓練中にミスをしちゃってね。それでこうなっちゃったの」

「そうだったのですね」

「うん。そのね、シミュレーターでの訓練だったんだけど、あともう少しで死んじゃうところだったんだ」

「ええ」

「レイシフトした先で、現地の子供が魔獣に襲われた時にどう対処するか、どう行動するかって考えなきゃいけなかったんだけど、子供も結局目の前で死んじゃって」

「それで、僕にそんな自分を罰してほしい、と?」

「……うん。ダメなマスターだから。もう少し、あと少し踏ん張れればよかったのに、うまく行動できなくて、ごめんなさいって」

 話している間に下を向いていった立香。今は完全に足元を見ている状態で、彼女の表情は見られない。ただ、立香が罰されることなど何もない。それだけをサンソンは思っていた。

「リツカ。僕は、貴女が思っている以上に貴女は頑張っているし、今のままでもよいと思っていますよ」

「でも」

「間違えることがいけない、そうあなたは思っているのでしょう。確かに、一歩間違えれば死んでしまうような場面でのミスはいけないことなのでしょう」

「うん、だから」

 立香は顔をあげて言葉を発しようとする。だが、サンソンに口元に指を一本置かれ、閉じることとなった。

「ただ、それは、今日起きたことでしょうか?今日起きたのはあくまで訓練。そういった未来にならないための練習なのですよ」

「……」

「だからと言って、リツカが納得できないのもわかります。失敗しなければ、ここで失敗するぐらいでは。僕もそう思ったことが何度もありますから」

 サンソンは、なるべく落ち着けるようにと口元を緩める。そうして、言葉を選ぶようにしながら口を開いた。

「……、リツカ。リツカはどうしてほしいですか?」

 罰として本当に抱いてほしいのですか、それとも、何か別のことを望んでいるのでしょうか。サンソンは重ねて問うた。

「私は、罰してほしいって思ってる。けど」

「けど?」

「でも、それもあるけれど、今は話を聞いてほしいな。それで、どうすればよかったのかって、もっとちゃんと考えたい」

 ちゃんと考えるため。本人はそう言っているけれど、話すことで少しでも心が軽くなるならば。ちゃんと考えたいという口述を使ってでも話してくれるなら。サンソンは一度頷き、長い時間を過ごすためのお茶を淹れに行 くのであった。

求めるものは(R-18)

「んっ、しゃる、ろ……ぁっ!」

「っ、……どう、されました?」

 きゅうきゅうと締め付けて離さない蜜壷に右手の人差し指と中指を差し込んだまま、サンソンは問う。いたずらにその指を動かして、立香の中のざらざらとしている部分を撫でると、ひときは高い声をあげつつ、立香が抗議するように、サンソンの腕をつかんだ。

「ゃ、ぁ……!」

「ああ、すいません。あまりにかわいらしかったもので」

 今度は掴まれたまま指を、ゆっくりと刺激を与えすぎないように抜き出すと、それにも反応して、びくびくと体を震わせた。

「は、ぁ……はっ……ぁ、しゃるろぉ……」

「はい、どうされました?」

「ぁ、のね?……しゃるろにも、きもちよく、なって、ほしいなって」

 私は、きもちいいけど、しゃるろはしてばかりだから。蜂蜜のようにとろけた甘い瞳で立香はサンソンを見上げる。

「だから、シャルロにも気持ち良くなってほしいなって」

「リツカ」

「だから、……きて?」

 中途半端に着崩れた服のまま腕を広げて、サンソンを誘うように、サンソンに抱き着くように立香は動く。けれどサンソンは誘いには乗らずに、その立香の手を取って口づけた。

「リツカ、無理はしないでくださいね?まだ僕のだって、指二本だけでは受け入れられるほどではないでしょう?」

「う……」

「それに僕はですね、その、リツカが気持ち良くなっているところを見ているだけで満足だったりするところもありまして」

僕としても恥ずかしいので一度しかいいませんが。できるなら、もっとリツカには気持ち良くなってほしい。理性すら無くしてしまうほどにひどく甘やかしたい。そう思っているのですよ。サンソンはそう続ける。

「リツカは、僕がこう思っていても、僕に気持ちよくなってもらいたいと思いますか?僕が満足できるのは、リツカに気持ち良くなってもらうことなのに?」

 体が疼いて仕方がない。本当はもっとぐずぐずになるまで甘やかしてもらいたい。最後のマスターということを一時でも忘れてしまうぐらいに。サンソンの気持ちに は答えたいし、自分もこれ以上我慢できる自信もない。立香はそう思い、言葉を紡いだのだった。

ビーチにて

「おい、あの子かわいくないか?」

「え、誰?あっちの桃色の髪に白のメッシュが入ってる子?」

「ちげーよ、あっちの橙の髪をサイドテールにしてる子だって」

 素材集めも終わった真夏のビーチで、自由時間を過ごしていると何やら不穏な会話が聞こえ、かけていたサングラスを外す。自分の入っていたパラソルの外では、ビーチバレーをしているマスターやアストルフォを見ながらナンパにいそしもうとしている、立香より一、二歳年が上に見える男が二人いた。

「あーあ、負けちゃったぁ~」

「マスターってば、動きが単調すぎるんだもん、どっちに打ってくるかもわかりやすいから」

「そういうアストルフォは私とは真逆だよね。思いもよらぬ方向に打ってきたの見たときにはびっくりしちゃった」

「へへ~ん、そりゃあそうだよ。こういうのはそうやって楽しむもんでしょ?」

 遠目から見たら美少女二人。無邪気なアストルフォに、贔屓してしまっているのを自覚しているがかわいらしいマスター。そんな二人が男たちの方、正しくはそれを通り越して僕の方を見ているのがわかった。

「やっほー、サンソン!」

「あ、待って、アストルフォ!……サンソンは逃げないってば!」

 駆け寄ってくるアストルフォに、その後ろをついてくる立香。夏だから多少浮かれているのだろうと思いながら、ビーチチェアの後ろに置いておいたクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出す。それを差し出そうと振り向こうとしたところに後ろから衝撃を感じて、つんのめりそうになった。

「わわっ、ごめん、サンソン」

「だから、……待って、って」

「アストルフォ、すまないけれど、どいてくれないかい?」

 同じ筋力のサーヴァントで、こちらの方が相性が有利だからといっても。ぶつかってきた衝撃にくらくらとしながらも、一歩ひいたところに背中で押し返すようにアストルフォをはがしつつ、熱中症対策と書かれたそれを手渡す。

「ちぇっ、男つきかよ」

「ってか、桃色ちゃん、男かよ!うっそだろ、おい!」

という声が立香たちの背後から聞こえるけれど、本人たちは全く気が付いていない様子で、受け取ったそれを飲

みほしていた。

「ん、ありがとう、サンソン」

「じゃあボクはもう一人のボクとビーチバレーの続きしてくるから!」

「あ、うん。気を付けてね!」

 飲み干したボトルを近くのごみ箱に捨てつつ嵐のように去っていくアストルフォ。彼を二人で見送ると、ビーチチェアの予備を取り出しつつ、立香に元居たチェアを勧めた。

「リツカ、休憩は大丈夫ですか?」

「ありがとう。正直言うと、ちょっとだけ疲れちゃったから休みたかったんだよね」

「やはりそうでしたか」

 組み立て終わる。それを立香が座ったチェアの横に置いて、それから自分が羽織っていた黒のラッシュパーカーを立香に羽織らせる。リツカはきょとんとした表情を見せてきた。

「サンソン、これは?」

 ここはあったかいし、少し日に焼けた方が健康かなって思うから大丈夫だよ。そう言って返そうとしてくるそれを受け取らずに、水着姿が見えないようにジッパーをあげる。自分のサイズなので少し大きすぎるそれのせいで、黒いワンピースのような姿に彼女はなった。

「えっと、えっと?」

「リツカ、これを羽織っていてくれませんか?」

「いいけど、どうしたの?」

「先ほど僕がここで休んでいる間に、リツカたちはビーチバレーをしていたでしょう?」

「うん」

「そこであなたたちをナンパしようとしていた人がいたのです」

 結局は未遂で済みましたけど。僕がそう付けくわえる。立香はまさか自分がそんな対象となっているだなんて思いもよらなかったようで。

「そうだったんだ。でも、私こんなに汚いんだけどな」

「僕にはそう見えませんし、貴女のそういったところを好ましく思う人間もいるのですよ」

 自分を卑下してほしいわけではないけれど、それでも今はそれでいいと思ってしまった。そんな浮かんでしまった考えを振り祓う。

「それはそれとして、リツカには自分のことを大切に」

「サンソン、もしかして、嫉妬してる?」

「……、そう、かもしれません」

 今はそれでもいい。だから肌を晒したりしないでほしい。振り払った考えがまとわりつくように、肯定をしてしまう。その僕の姿を見て、リツカは嬉しそうに声をあげた。

「それだったらいいよ!シャルロの服、しばらく借りるね」

「いえ、決して!それだけでは」  立香を狙って何か良からぬことが起こったらと心配していたのだけれど、そんな思いは伝わらず。嬉しそうに微笑んだ立香は、そのままクーラーボックスに手を入れたのだった。

甘えたい時

「シャルロ、ねえ、シャルロ?」

「どうしましたか、リツカ?」

 夜も更けたころ。立香は自分の机で資料とにらめっこをしながら報告書を作り、サンソンは立香のベッドに座ってカルテを眺めた後。もうそろそろ眠りましょうかというサンソンの声に欠伸をしながら自分のベッドへ向かって、サンソンの隣に座った立香がサンソンに声をかける。その瞳は眠さのせいなのか、それとも別の要因なのか、とろけたように潤んでいた。

「あのね、えっと……」

「どうぞ?」

 サンソンは立香の方へ体を向けて、両腕を広げる。どうぞという言葉に、立香は一瞬いぶかしげな顔をした後、嬉しそうにサンソンへと抱き着いた。

「どうしてわかったの?」

「それは、いつもこうするときに、そういった表情をしているからですよ」

「そういった?」

「物欲しそうな、どこか寂しそうな表情ですね」

 そんな表情しているかな、と首をかしげながら眉を寄せる。そこへサンソンはキスを落としてから微笑む。立香はいつまでたっても慣れないのか、頬を赤らめながら、キスを落とされた場所を撫でつつ脳内で繰り返す。物欲しそうな、どこか寂しそうな表情。そんな表情をしていたのかな。

「おや、今度は驚いた表情とは。あまり意識はしていなかったようですね」

「そ、そんなの分からないって」

 ただ自分が恥ずかしいだけじゃ不公平だと、眠気が出てきた頭で考える。今日は自分が甘えたい気分だったからサンソンに甘えてしまったけれど、どうだっただろう。普段サンソンが私に甘えたいと思ったことはなかったか。そう考えて言葉が口から出た。

「でも、シャルロだって」

「僕だって、どうしましたか?」

「私と変わらないんじゃないかなって。シャルロも甘えたい時あるでしょ?」

 珍しく驚いた表情を見せる。けれど立香はこれで確信した。サンソンにも甘えたいときがあって、それは少なくても一度は立香の前で表情として見せていたのだと。それを理解して、思い出した。

「僕は」

「あるでしょ?」

「……ええ、ありますね」

「そういう時、捨てられた子犬みたいな表情をしている

気がするからすぐわかるもん」

「そう、だったんですね」

「うん」

 視線をそらして自分と同じような表情をしたサンソンに、これでおあいこ様と微笑む。サンソンだって、十分物欲しそうだったり寂しかったりする表情をするんじゃないと思い出し、うんうんと一人頷いていると、サンソンが柔らかな表情で口を開いた。

「では、僕たちは似た者同士、というわけですね」

「うぅ、改めて言われると恥ずかしいけど、そうだね」

「恥ずかしいですか?僕は嬉しいですよ?」

「まったく、そういうところなんだから!」  全くそういうところだ。恥ずかしいと思っていたことを、少なくても同じぐらいに恥ずかしい状況にもっていっても、いつもひっくり返されてしまうのだった。再びこみあげてきた恥ずかしさと嬉しさ。それから少しの悔しさに、抱きしめたままのサンソンの身体に回した腕を。その力をさらに強めたのだった。

はんぶんこの幸せ(現パロ)「あ、シャルロ、見て!雪だよ!」

「今日はずいぶん冷えますからね」

 コンビニから出た二人を迎えたのはちらつく雪。黒と白のコートをそれぞれ羽織ったサンソンと立香は、寒いねと言いながらカバンからマフラーと手ぶくろをとりだした。

「冷えるって言ったら、はい、これ。シャルロにしては珍しいね?」

 立香は、ホカホカと湯気の立つ、しわの寄せられた肉まんの入っている袋を取り出す。サンソンはそれを受け取って、一瞬路上で食べるのを憚らったものの、立ち止まると見に寒さが染みることもあり、歩きながら封を開ける。そうしながらも立香の方を向き、口を開いた。

「そうでしょうか?リツカも何か買っていたようです

が?」

「うん、シャルロのを見ていたら私も食べたくなっちゃって」

「あんまんですか」

 立香もサンソンと同じように封を切って、しわ一つないそれを取り出す。歩き続けている二人だったが、人一人いない歩道に見えた赤信号に立ち止まった。

「うん。シャルロは肉まんだったよね?」

「ええ。寒い時期にはこれを食べたくなってしまいまして」

「なんとなくわかるな。寒いとつい、中華まん食べたくなるよね」

 最寄りの駅に着く前に食べてしまわないと、とサンソンは口を開ける。しかし、口に入れることなく立香の方を見た。立香はサンソンが食べようとしていた肉まんを凝視していたからであった。

「どうかされました?」

「あ、え、いや。やっぱり肉まんもおいしそうだなって。ごめん」

「いえ、大丈夫ですよ。よかったら交換しましょうか?」

「大丈夫、大丈夫。好きで買ったものをそうやってもらうのは悪いし」

 いらないのであったらそう言う立香がそうは言わずに、好きで買ったものと言う。本人は気づいていないようだけれど、欲しいと言っているのと同義であるなと思いつつ、そんなところがかわいらしいとサンソンが感じるところでもあった。

「僕も甘いものを食べたいと思っていたところもあるのですが、それでしたら買ったものを半分こにしませんか?」

「半分こ?」

「ええ。そうしたら両方食べられるでしょう?」

「あ、そっか」

 結局のところどちらも食べたかったのだろう。立香はさっそくとサンソンに半分こにしたあんまんを渡して、自分も肉まんを受け取る。そうしてどちらにしようかと一瞬迷ってから、あんまんにかぶりついた。

「えへへ、ありがとう、シャルロ!」

「いえ。それよりリツカ、頬にあんこが付いていますよ?」

「え?本当?」

「ええ、こちらに」

 自然に。そっと手で頬を拭って、それを自分の口へと持っていく。そうして行儀が悪いと普段の彼なら言うだろう行動をとる。目の前で、頬についたそれを取られて、その取った手を舐めて。そんな動作を見た立香は顔を真

っ赤にする。

「ちょ、ちょっと待って。今」

「どうされました?」

「どう、じゃないってば!」  どうして急にそんなことをするのよと言った立香は、寒さのせいなのか、それともさっきのサンソンの行動のせいなのか、さらに赤くなった頬と花を無視してそっぽを向いて。そうして肉まんを食べるのであった。

二人きりで

「クリスマスリースは何にしようか?」

「こちらなんてどうでしょう」

「あ、それいいね!」

 現代日本。クリスマスマーケットに出ている小さなお店の中、立香とサンソンと二人で飾りになりそうなものを物色する。

素材集めのレイシフトのついでで、素材集めが終ったら自由行動をしてもよい。ただし、クリスマスも近いから、各自それらしいものも集めてくること。ダヴィンチちゃんがレイシフトをする条件として出した言葉に従うことにしてから数時間。必要な素材が集まり、一緒にレイシフトしたマルタさんとブーディカさんは、サーヴァントや職員の方達へのクリスマス料理と子供サーヴァントへのプレゼントを探しに。アーラシュさんは二人の荷物持ちをするために。クリスマスツリーはエミヤが探してくる。そして立香とサンソンはツリーの飾りを探しに、それぞれ分かれたのだった。

「クリスマスツリーの飾りはどんなものメインとしましょうか?」

「私の家では、赤と金の色、それから松ぼっくりの飾りをメインにしていたけど、そんな感じでいいのかな?」

「大きさや、ツリーの色によっても変わりますよね。緑色のツリーでしたらリツカの言った色が映えると思いますが、白色のツリーだと、青が似合うと思いますね」

「あ、そっか。最近は白色のツリーもあるもんね」

「ただ彼のことですから、恐らくは王道の緑色のツリーだとは思いますよ?」

「うん。そうだね」

 立香は緑色の大きなツリーの下に用意された沢山のプレゼントを想像する。うん、想像できる。そう言いながらも、一つ一つ並んでいるツリーに飾る小物や、それ以外の飾り物を見ていくのだった。

「それにしても、今回のレイシフトはあまり見ない組み合わせでしたね?」

「うん。私も気になっていたんだけど、たぶん……ううん、きっと私の気のせいだから」

 立香は少し考えてから、首を横に振る。それから何かを思いついたように決めた飾りを会計に通してから、少し重くなった袋を片手で持って、もう片方の手をサンソンの手とつないだ。

「はい、クリスマス関連のものも、これで集め終わったよね」

「ええ、そうですね?」

「それだったら、これからは呼ばれるまで自由時間だよね?」

「……!ええ、そうですね」

 今回のレイシフトは、戦闘時以外は通信も遮断され、余程バイタルに異常が出なければ、映像や音声を監視されることもない。つまり、そういうことで。  気を利かせてくれたであろうみんなに何かお礼ができればいいねと言いつつ、二人でイルミネーションが綺麗な夜の街へと歩き出したのだった。