琥珀
「あっ!シャ……ろ!」
「リツ、カッ……!」
ぎゅっと抱きしめる。人間だったころの名残か、サーヴァントとしては必要のない生殖行動の名残として、より深くまで自身を埋め込み、孕ませようとしてしまう。
サンソンもサンソンであったら、立香も立香である。奥深くまで穿たれたそれを、さらに受け入れようと、サンソンの腰に足をしっかりと絡ませて、深い絶頂の感覚に沈む。普段であったらぎゅっと瞑られる目を見開いて。どこを見ているのかも定かでない立香の瞳をサンソンは追う。
綺麗だ。並みの感想になるが、サンソンはそう思った。見開いた眼にはうっすらと滲む生理的な涙。ほろりと琥珀の瞳からこぼれ出たそれは透明で。どの宝石よりも美しく、尊いものだと感じてしまうものであった。
「シャル、ロ……だめ、みないで」
「リツカ、大丈夫ですよ」
「や、だ」
イっているときの表情は見られたくない。以前リツカはサンソンに恥ずかしそうに言っていた。自分でもどこを見ているかわからないし、意識がぼんやりとしてしまっていて、変な顔をしていないかわからないからだと言う。けれどそんなことは、とサンソンは思う。どんな姿でも愛おしい。それは小さな死に浸っているその姿でさえ。むしろ、そこから抜け出し、理性が戻り始めるときに琥珀色の瞳にともる光が、サンソンにとって好ましいものとなっていた。
ほの暗い感情。立香が安らぎや快楽から自分で抜け出し、自らのため、自分の信じている人類のために立ち上がる姿。それを美しい。惹かれてしまうものに感じている。それとは反対に、そんな感情をたった一人の、ただの少女に向けてしまっている自分に罪悪感を重ねて。
そんなことをサンソンが考えているとは立香は露ほども思わず。自分の言葉に反応がないサンソンに違和感を覚えて彼を見上げ、そうして手を伸ばす。
「サンソン、どうしたの?」
「……、リツカ?」
「えっと、疲れてた?」
サンソンは絆が十五となっており、最近は医療班の後方支援として、医務室での勤務を主としていた。戦闘に出させてはいないからそこまで疲れさせてはいないだろうと思っていたけれど、それでも彼のことだ。人間のスタッフより自分の方が頑丈であることを考えて、人より働いてしまったのかもしれない。だからきっと、それで疲れていて。そんな時に無理にこんなことに誘ってし
まったのではないかと、立香はそう考えたのだった。
「そんなことは」
「本当に?」
透明度のあるような金、それでいて意志のある瞳で見つめられる。嘘をつけなくする、すべてを見透かしたようで、無垢なる瞳。千里眼なんかなくても、心のうちすべてを見透かしているのではないかと思ってしまう。そうしてその瞳に弱いサンソンは口を開いた。
「ええ。ただ、僕は……リツカのどんな表情でも好きなのだ。そう思っていたのですよ」 今はこれだけ。この裏の感情には気づいてほしくない。立香の瞼にいたわりの気持ちも込めつつ口づけを落としながら、サンソンはそう思ったのであった。
うたた寝
すやり。すよすよ。そんな言葉が似合う寝姿。船をこぐ姿をほほえましそうに見ながら通り過ぎる英霊たち。藤丸立香は珍しく、カルデアの廊下にあるベンチでうたた寝をしていた。
ゆらりゆらりと体を揺らしつつ、器用に横に倒れないで眠る姿に、あるものははらはらとしながら。また、あるものはそんな立香のためにブランケットを持ってこようとして立ち去る。そんな中、サンソンは立香に近づいたのだった。
「リツカ。こんなところで寝てしまっては風邪をひきますよ?」
「……」
よっぽど疲れているのだろう。いつもなら声をかければすぐ起きる立香は目を覚まさずに、こくりこくりと肩
を揺らす。場所と服が違えば、満員電車の中で眠る、疲れ切った会社員のような姿にサンソンはため息をついた。このままにしておいてもいいけれど、それでも先ほど言ったように風邪をひいてしまっては問題である。自分の着ていた外套を脱ぐと、立香の膝に掛ける。そうして立香の背に自分の背を預け、図書館から借りた本を読み始めた。
それからしばらくして、背中の温かさに立香は目を覚ます。ここはどこだったっけ。何をしていたっけ。たしか運動をした後に着替えて、少し休憩とベンチに座ったところまでは覚えている。けれど、それからの記憶がない。目を開くと、目の前には見慣れた外套。サンソンのものであるのは、この特徴的なデザインからすぐわかったけれど、どうしてこれが膝にかかっているのだろうと、わずかな予感から背中の温もりを頼りに振り返る。
「おはよう、サンソン?」
「……」
英霊に睡眠は必要ないとは誰が言ったものだったか。立香の背に背を預け、サンソンは本を開いたまま眠っていた。そして立香は気が付く。サンソンの膝にもブランケットがかかっていることと、辺りを通っている英霊やスタッフが微笑ましそうにこちらを見ていることに。 立香は恥ずかしさから赤くなりながらも、サンソンが起きなければ動けないことに気づき、どうしようもなく小さくなるのであった。
小さくなって
「リツカ、本棚の五段目。右から四つ目の本を取ってもらってもいいですか?」
「ええと、……そうだ、これでいいかな?」
普段であれば立香より背の高いサンソンが簡単に取ることのできる本棚のその場所に、サンソンは手を伸ばしても届かず、しかたなしに立香を呼ぶ。立香は微笑みながら背を伸ばして本を取ろうとして、ふと考えてから、サンソンを持ち上げた。
そう。今のサンソンのサイズは立香の膝に肩が当たるほど小さく、そうなった原因は立香に向かっていた敵の攻撃を自分が代わりに受けたせいであった。受けてすぐには特に問題はなかったのだが、精神構造はそのままに、だんだんと小さくなっていき、ようやく収まったと思ったら、そのサイズに一週間は固定されるという見立てがたてられたのだった。
「リ、リツカ?」
「ええと、どれを取ったらいいかわからなかったから、自分で取ってもらった方がいいかなって思って?」
「ですが」
じたばたと暴れたい気持ちをサンソンは抑えつつ、なるべく素早く本を手に取る。そうして自分の小さくなってしまった手から落ちないようにしっかり掴んだことを確認され、下ろされる。その際に立香から見せられた顔は、決して恋人に向けられるものではなく、幼子に対しての慈愛の表情であったことにサンソンはショックを受けていた。
「はい、これでいい?」
「……ええ、大丈夫です。ですが、少しいいでしょうか?」
「ん?どうしたの?」
小さな手で立香に手招きをする。きっとこうすれば今の立香のことだ。子供が内緒話をしてくるものだと思って、顔を近づけてくるだろう。サンソンは近づいてくる立香の耳、正しくは頬にそのまま口づける。そうして「ちゅっ」とリップ音をさせて素早く離れた。
「きゃっ?!サンソン?」
「ええ、どうされました?」
「どうって」
「リツカは僕の恋人なのでしょう?それでしたらそこまでおかしくないことかと思いますが」
「た、たしかに、そう、だけど……だって、今は」
そんなにかわいい姿でそんなことをするなんて。立香は小さく悲鳴のように声をあげる。やっぱり。幼子に対する目を向けてくる立香だけれど、向けられるサンソンの、少なくとも中身は立香よりずっと年上で。さらに言ってしまえば、その立香と彼は恋人同士という関係で。
決して子供に向けられる目線を送られたいわけではなかったのだ。
「今は、子供の姿だから。でしょうか?ですが、僕は変わらず僕のままなのですが」
「それは……今分かったから」
「わかっていただければいいのですよ」 ただ、これ以上子ども扱いするのでしたら、見た目は子供だとしてもそうでないところを見せますからね?サンソンのその言葉に、立香はただ「はい」ということしかできなかったのであった。
幸せの形(現パロ)
「んっ……」
もぞもぞと動いてあたたかな場所へ移動する。そのまま眠ろうとすると、ぎゅっと抱きしめられて、立香は目を開ける。あと少しでも動けばゼロセンチとなる距離にいる彼が、柔らかな雰囲気で見ていたのだった。
「お、はよう……シャルロ」
「おはようございます、リツカ」
カーテンの隙間から入ってくる光の眩しさに、再び目
を細めながら立香は目の前の彼を見る。いつものことだけれど、いつまでたっても私の名前を呼ぶときは片言なんだねと笑顔になると、ふいと目を一瞬そらされ、それから何を思ったのか逆に覗き込むように見られた。
「それは、立香が片言で呼ばれた方が喜んでいるように見えるからですよ?」
「もうこっちに来て何年も経つから、どうして私だけって思ってたけど、そういうことだったの?」
「ええ、リツカと呼んだ方が、ほら。かわいらしい反応をしてくださるでしょう?」
「そ、それは昔のことを思い出すからであって」
昔。もう十年以上前。ちょうど立香が高校生でサンソンが社会人だった、雨の日。ずぶ濡れの状態で駅までの道を走って、カバンで庇おうとしているも、高そうなスーツを濡らしているサンソンと出会った。
立香ってお人よしだよね。友人知人、出会ってすぐの人にすらそんなことを言われてしまうし、こんな態度を取っているからなのだろうか、よくストーカーや危ない人に狙われることもあった人生。ただ、それでも立香は困っている人を見つけるとどうしても見捨てること、無視することはできない性格だったから、その日もいつもどおりに、傘を見知らぬその人にあげたのだった。
そんなことがあった次の日、同じぐらいの時刻に見知らぬ人は同じ場所に立っていた。そうして通り過ぎようとした立香に声をかけたのだった。
「すいません。もし勘違いでしたら申し訳ないのですが、昨日傘を貸していただいた……フジマルリツカさんですか?」
「あ、はい」
これが日本に来たばかりのサンソンと立香がまともに会話をした初めての瞬間だった。それからは家が近かったことや、偶然仕事帰りと下校が重なったり、趣味の読書で、読む本の系統が似ていたりと。よく話すようになって、一緒にいることが多くなり、それから今に至る。
「あの時のこと、思い出すから」
「こんなところに、こんなにやさしい人がいるだなんて思いもしなかった。あの時はそう思いましたし、少し心
配にもなりました」
「それ、今もだけど、当時のことを知っている人にも言われるんだ。なんでだろう?」
「知らない人に親切にするのも悪くはないですけれど、世の中いい人ばかりではないですからね」
それに今は、貴女一人だけの身体ではないのですから余計に気を付けてくださいよ。背中に回されていた腕の片方を立香の膨らんだお腹へ。もう片方を、背中を撫でるように何度も往復させる。立香は照れながらも「当然 だよ」と気を付けながらもサンソンにさらに抱きついたのだった。
所有
唇を合わせるだけのキスをして、頬、首、シャツのボタンをはずしながら鎖骨へとさらにキスを落とす。シャツの片腕を脱がせる手を追うように腕にもキスを落としつつ、サンソンは一瞬眉を寄せた。
「サンソン、どうしたの?」
「いえ、リツカの肌はきれいだと思いまして」
「え、えっと、やけどの跡とか切り傷とかあって綺麗じゃないと思うけどな?」
「そんなことはありませんよ。少なくとも僕にとっては美しく……と、違いますね。そうではなくて、ですね」
どう答えようかとサンソンは考える。立香の綺麗で柔い肌に触れるのは心地よいけれど、それだけではなく。医者としておかしなことかもしれないけれど、立香に喰らいつきたい、自分だけが見れる位置に自分が残した跡をつけたい。そう思ってしまうのだった。
「シャルロ?」
「ああ、いえ。そう、ですね……恥ずかしいことかもしれないですが、聞いてくれますか?」
「うん、いいよ?」
「その、ですね」
サンソンはそのままを立香に話す。噛みついたり、肌を吸って跡をつけたい、と。簡潔に話したつもりであったが、生前も含めて女性に対しては始めて抱いてしまった感情ということもあり、さらに秘め事のことであるから言葉を選び、しどろもどろになった。
「つまりは、私に噛み跡とかキスマークを付けたいの?」
「……ええ、そう、ですね」
「私は、嬉しいかな」
「え?」
「だって、シャルロってそういうのには興味がないんじゃないかって思ってたんだもん」
「おかしなことではない、のでしょうか?」
「世間一般的にはどうかは分からないけど、私個人としてはシャルロに跡をつけたいし、つけてほしいなって思ってるけど」
ダメかな、と立香は片腕を脱いだままのシャツ姿でサンソンを真剣に見る。まったく情事に入ろうとしていた二人には見えないけれど、それでもサンソンには立香の思いは伝わった。
「いえ、ダメでは、ないです。が」
「が、はいらないかな。それで、シャルロはどこに跡をつけたい?」
「え、ええ、と?」
「最初に見ていたのが腕だから、そこかな?」
「……ええ、まあ」
最初に惹かれたのはそこではあるけれども、立香の迷惑にならないところであれば。サンソンがそう続けようとすると、ずいと立香が腕を差し出す。ただ、先ほどまでサンソンを見ていた瞳はそらされ、目元を赤く染めていて。サンソンはこれ以上野暮なことを言わなくてもと思い、立香の腕を取るのであった。
好きな色
「マスターの好きなものってどんなものかしら?」
「えっと、そうだね……ラムネ瓶とかかな?あとは晴れた冬の空とか。澄んでいてきれいなんだよ」
「まあ!とてもいいわね」
もっとマスターの好きなものを教えてほしいのだけれど。開かれたお茶会に参加させてもらったマスターが、主催のマリーにそう声をかけられる。好きなものは、と昔から聞かれることはあったのだが、そう聞かれるのがとても苦手で、何が好きなのだろうとうんうんと唸る。すると、マスターの右に座っていたバーゲストが口を開いた。
「私の気のせいかもしれませんが、マスターは海や水、夏も好きだったりするのでは?」
「うーん、そう、かもしれないね。っていうかよくわかったね」
「いえ。マスターは水色が好きなのではないかと思いまして」
「え?そんなことは。オレンジは好きだけど、水色は」
目の前に座っているマリーと、それからすぐ横にいるバーゲスト。二人の水色の瞳が立香に向く。立香は少し考えるが、その途中であることを思い出して、ふるふると首を振った。
水色と言えば、今目の前にいる二人のように、古今東西のサーヴァント達の中にも同じような瞳を持っているものがいる。それは立香の身近なサーヴァントも例外ではなく。恋人であるサンソンも同じような瞳を持っていた。それをこの二人は理解して、水色のものから連想したのだろう。立香は恥ずかしさに頬に熱を集めつつ、ぷくりと頬を膨らませて、その言い方はずるいと口に出す。
「いいのではないでしょうか。好いている人を連想できる色。それを好きなものに出来るということは」
「そうね。それに、とてもかわいらしいと思うわ」
「や、やめてよ」 自分が好きなものをどうして好きなのか理解して。そうして気づく前に他の人には気づかれていて。立香は穴があったら入りたいと思うのであった。
その理由は
「おいしかった。って、これ」
食堂の冷蔵庫を開けると鎮座していたビックカップのプリン。それに目を輝かせて手に取ったのは立香であった。シミュレーターの訓練のあとの疲れた体に甘いもの。それを求めるのは自然なことで。時々気を利かせてデザートを準備してくれている台所の守護者に、心の中で手を合わせつつスプーンを取り出す。そんなことをしていたのは数分前であった。
「これって、もしかして」
食べ終わったカップを洗ってしまおうと洗面台に持っていこうとしたところで落ちた紙に気がつく。そこにはサンソンと書かれていた。
「マスター?こんなところでどうされました?」
「あ、さ、サンソン。お疲れ様」
「お疲れ様です」
午後の診察時間も終わり、シフトの交代時間になったのだろうサンソンが現れる。立香は慌ててプリンカップと落ちた紙を拾い上げて隠した。
まずい、と立香は思う。この時間にサンソンはあまり食堂に来ないことは知っていた。ということは、恐らくこれを食べに来たのだろうと、後ろに隠したカップをぎゅっと握る。
「マスター?先ほどから顔色があまりよくないように見えますが」
「そ、そそ、そう、かな?」
「ええ、僕の気のせいかもしれませんが。……何か後ろめたいことでも?」
「それはないと思うな」
声が裏返る。そうして訪れる沈黙。我ながら隠すの下手すぎでしょうと観念して、手を前に出す。食べてしまったカップと、サンソンの文字。それを見たサンソンは、きょとんとしたあと、苦笑する。
「ふふ、マスター。それを食べてしまったんですね」
「うぅ、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ」
「でも」
「それは元々マスター……いえ、リツカに渡すつもりの物でしたから」
「えっと?」
「今日はシミュレーターの訓練がいつもより大変だったでしょう?それで、エミヤに作ってもらっていたので
す」
元々マスターの物でしたから、マスターの名前を書いておいた方がよかったでしょうか。サンソンは立香に尋ねる。立香はその問いかけを聞いてはいた。けれど、それ
よりもサンソンの優しさに胸があたたかくなる。
「サンソン、その、ありがとう」
「いえ」
「それからね、名前だけど、サンソンがいいな」
「僕の名前でいいのですか?」
「うん。だって……」
誰もいないけど恥ずかしいからと、耳を寄せてもらう。小声で理由を告げると、サンソンは照れたように笑顔を浮かべるのだった。
熊のぬいぐるみ
「あ、あのね、これを抱いて寝てもいいかな?」
立香がぎゅっと握りながら差し出してきたのは熊のぬいぐるみ。一緒に眠って目を覚ますと、いつも彼女の胸に頭を埋めるようにぎゅっと抱きしめられているので、やわらかさから気をそらすことをしつつ、どうしてこんな体勢になっているのかとサンソンは考えていた。けれど、それも彼女が真っ赤になりながらもそれを取り出したことで理解する。
「ええ、いいですが、どうして今さらになってそれを?」
「うう、それを聞く?」
サンソンの意地悪。ぷくっと頬を膨らませながら説明を始める。昔から熊のぬいぐるみを抱きしめて眠っていたこと。寝ている間になにかを抱きしめる癖がついてしまったこと。そのせいで、いつも胸を顔に押し付けるようにしてしまっていたこと。
「わ、私だってわざとやっているわけじゃないし、恥ずかしいんだから」
「ええ、分かっていますよ」
「だったら」
「ですが、それでしたら、今まで通りでよいのではないでしょうか?」
「え?」
「僕としては、あまりリツカから抱きしめてきたりしないので、嬉しいと言いますか……」
「……」
「目が覚めたときに、愛おしい人の腕の中にいられることが、本当に喜ばしい。そう思うのです」
それでもダメですか?サンソンは立香の瞳を覗き込みながら問う。立香は視線を右往左往させて迷った表情を浮かべつつも口を開いた。
「サンソンは、シャルロは、それがいいの?」
「ええ」
「ぎゅって、抱きしめすぎちゃうかもだよ?」
「それも、リツカからであるのなら、幸せかと」
「うぅ……」 恥ずかしいけど分かったよ。そう言いつつ、熊のぬいぐるみで顔を隠すので、サンソンはそれを取り上げて、身体の隙間を埋めるように抱きしめるのであった。
外れたレールのその先には
「これ、もう似合わないかな?」
左サイドに結んだいつもの黄色を立香は眺める。カルデアに来たばかりのころはまだ新しかったそれも、もうボロボロで、それだけ月日がたったことを思い知らされると同時に、自分の成長に否が応でも目を向けることとなる。幼かった顔つきは鋭利なものとなり、体つきも成長期真っ只中の少しぽっちゃりとしたものから、傷だらけであるが変わっていった。いや、変わらざるを得なかった。
いわゆる普通の生活、高校を卒業して大学へ行って、それから就職。そんなことをしていればつかなかっただろうところに筋肉はついていたし、判断力だって、なぜを考えるより先に生きるための行動を。そう生きることしかできなくなっていた。
立香はそんな自分にため息をつきながら、それを悟らせないようにベッドへと向かう。今シャワールームにはサンソンが入っている。彼に今の自分の心情を悟らせてしまったら不快な気分にはならないものの、気にしてしまうことは目に見えていたのだったけれど。
「リツカ、僕があちらにいるとき、何か考えていましたよね?」
「え?何のこと?」
シャワーからあがり、霊衣をまとったサンソンにそう問われ、彼が改めてサーヴァントだったことを思い出す。きっと鋭い聴覚でため息でも聞いていたのだろう。
「ごまかしてもだめだよね。少しだけね、考えてたの」
私のことを。私がもしカルデアに来なくて、汎人類史が焼却されることなく、空想樹も根を降ろさなかったときのことを。
「それでね、思っちゃって。私は絶対に普通の人間と同じように生きられないんだって」
「マスター……」
「憐れまないで?私、それでもいいって思ってるから」
立香は微笑む。普通の人間であれば、そんな状況に陥
ったらそんな表情はできないだろう。そう思ったサンソンは立香の言葉を待った。
「私はね、サンソン、貴方だけじゃないけれど、出会えてよかったと思ってるし、貴方のことを知れてよかった。そう思ってるんだ。だから後悔はしていないし、後悔させないで?」 サンソンと出会えたことを無駄にしたくないし、みんなと出会えたこともそう。今も昔も楽しい思い出ばかりだとリツカは振り返りながら笑顔を浮かべる。そんな立香に何も言えなくなったサンソンは、ただただ、彼女の背に手を伸ばしてだきしめるのであった。
コーヒー(現パロ)
「シャルロ、い、今はだめ!」
「ダメ、なのですね?」
「うぅ、ごめんね?」
一緒に恋愛映画を見ている時。エンドロールにて。そっと口づけをしてこようとしたサンソンを立香は止める。いつもだったら受け入れていたかもしれないキスだけれど、それでも止めなければならない理由があったのだった。
「あ、あのね。シャルロとのキスが嫌なわけじゃなくてね、その、コーヒー飲まなかった?」
「ええ、飲みましたね」
「そのね、コーヒーなんだけど」
サンソンに隠していたこと。こんな時にバレて雰囲気が悪くなるのだったら先に言っておけばよかったと思いつつ、口を開く。
「私、コーヒーが苦手で」
「ええ、知っていましたよ?」
「え?」
「リツカがいつも飲んでいるのは紅茶でしょう。それに、どうしてもコーヒーを飲まなければならない場面になったときにはスティックシュガーを四、五本入れているのを見たことがあります」
「うそっ!」
自分がコーヒーをこの年になっても飲めないという恥ずかしさに、見られていた恥ずかしさも重なる。でも、それではどうして?ふと浮かんだ疑問に立香はサンソンを見つめた。
「今日入れたコーヒーには砂糖を立香が入れるのと同じだけ入れています。それに、リツカだってそろそろ慣れたい、そう思っているのではないですか?」
「う、うん。確かになれたいとは思ってるけど」
「それでしたら今がちょうどいいのではないかと」
甘い映画を見た後に、甘い雰囲気で。苦みが少しだけ
感じられる甘い口づけを。それだったらリツカも慣れることができるのではと、そう思ったのですが。そう続けるサンソン。立香はそれを想像しつつ、サンソンに気を使わせてしまって悪いとも考えながら、口づけをねだる。
「シャルロ」
「なんでしょう?」
「少しだけだったら苦くてもいいから」
「ええ」
「その、キス、してほしいな」 降ってきた口づけ。最初は口に触れるだけ。次は舌を差し込まれ。強く感じたのはやはり苦みであったけれど。サンソンとの甘い口づけに酔いしれたのだった。
