1、緩む頬
例えば手をつなぎたいと思ったとき。例えば疲れて机に突っ伏して眠ってしまったとき。例えば好きだなって思ったとき。そんなときにどうしても彼から優しさを感じてしまうのだ。それは、鋭い左手ではなく温かくて人と同じ柔らかさを持つ手で握ってくれたり、起きたときにかけられている彼の外套であったり、むにっと頬を両手で引っ張られて苦笑されたり。最後のは少し痛いけれど、それでも言葉で素直に言ってくれない、行動だって歪んでしまうことがある彼からしたら精一杯の愛情表現。
「なんだよ、そんな顔して」
「そんな顔って、ねえ!」
「ははっ、悪いな。きみにはそっちの方が似合っている気がするんだけど?」
むにむにと引っ張られる頬はいつか伸びきってしまうのではないかと思う。勿論そんなことはないだろうけれど、それでもやめてくれない彼を薄く睨んだ。
濃い灰色にも見える少し長めの髪の毛、それから灰色と濃い青色が混じったような独特の瞳。顔はイケメンの部類に入るのかな、なんてぼんやり考える。美男美女が集まるカルデアではもはや平均かもしれないオベロン。それでも、顔の造形だけじゃなく、目の前で何が面白いのかニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて何かを考えている彼に、かっこいいなと、大好きなんだと改めて思ってしまった。
「……、きみさ、俺が伸ばした以上に顔が緩んでるけど、なんとかなんないわけ?」
「なんとかって? と言うより、伸ばした以上に伸びてるって何さ」
「はぁ。自覚がないのは今に始まったわけじゃないってことだろうけど、君の顔が見てられないほどだって言ってるんだよ」
ほら、マスター。鏡でも見ておけばいい。洗面所で顔を洗ったところに入ってきた不審者もといオベロン。彼に伸ばされた両頬をさすりながらシュシュを探していると、ほら、と鏡を渡されたのでありがたく手を伸ばした。顔をよく見ろ、姿を整えろということらしいけど、そこまでだらしない顔をしていたかなと鏡を覗く。うん、いつも通りの顔、ということはなかった。寝起きだと言うことを除いてもどこかにやついたような顔。それはさっきまでオベロンのことを考えていたからであって。
「オベロン、その」
「なに?」
「ありがとう、……ございます」
両頬をぺちんと軽く叩く。好きなひとのことを考えて、それでにやついていた自分。悪いことではないのだろうけれど、今は自分はマスターだ。
気持ちを切り替えて、それと一緒に服を着替えようとする。急に目の前で着替え始めようとしたからだろう、ぎょっとこちらを見たオベロンはため息をついて洗面所から出て行った。そんなところも好きになってしまったところ。他のサーヴァント達も着替えの時には出てくれるけれど、それでも私のことを特別女の子扱いしてくれるオベロン。大好きなオベロン。
彼のことを考えて再び緩む頬に喝を入れつつ、身を整えるために櫛に手を伸ばすのだった。