31、かっこいいしかわいいし
さて、可愛い言動とはどんなものだろう。例えば目を見つめてきて甘えてくるだとか、そっと身体を寄せてくるだとか。それだったら今立香の目の前で、彼女の膝に頭を乗せたり胡散臭そうに己が主を見るオベロンも可愛い言動を取っていると言えるのだろうか。否。少なくても立香にとっては突然そんなことをされてもよく分からないと思ったし、むしろ彼女が進めなければならない仕事を進めることを邪魔しているようにしか見えないのであった。
「ねえ、オベロン。急にどうしたの?」
「……」
「ねえってば」
先ほどからこんなものである。無言で胡散臭そうに、好意的に見れば何かにやきもちを焼いているように、立香の方を見ている。不機嫌なとき、いつもだったら悪態をついたり人の背中に優しくだけれど蹴りを入れてくるのにどうしたのだろうと、立香はオベロンを眺める。
まあ、こんな時があっても良いかな。目が綺麗だな。ふと思う。サーヴァントは流石英雄と言うべきか、皆見目麗しい姿をしている。それでも立香にとってはオベロンは特別顔が整っているように見えていたのだった。顔は整っているし、一見シュッとしている姿だけれど所々にきめ細やかな装飾のある衣装。それは水色を基調とした服であっても、内側から滲むような黒が所々にあるペプラムシャツであっても同じこと。纏っている外套もブリテンのお友達を想起させられるようなものであるし、実際にオベロンは彼らを大切にしているのを知っている。
閑話休題、オベロンは立香にとって見た目も中身も好みのドストライクなのであった。
「おべろーん」
「……、これ、邪魔なんだけど」
むにゅりと漫画だったら擬音が鳴りそうな触り方。左手で立香の胸を服の上から思いっきり鷲掴む。実際には大胸筋サポーターならぬ、乙女の装甲を纏っているのでそんなことはないけれど、それでも立香の羞恥心は爆発した。
「なっなっなっ……何すんのよ!」
「っ、いってぇ!」
「あったりまえでしょ、バカ!」
「なんだよ。バカって言った方がバカって言葉知ってる?」
思わず立香が立ち上がると、立香の膝を枕にしていたオベロンは床とキスをすることになる。唇を切って血が流れ、思わずうめき声を上げながらつかみかかろうとすると、流石に流れる血に迫力を感じたのだろう怯えた立香が、それでも怒りながら暴言を吐いたのだった。
喧嘩自体は最近よくあること。お互いに遠慮し合って距離を置くことのあるサーヴァントとマスターという関係を築いていることもあったのだけれど、一部の千里眼や妖精眼を持っているサーヴァントは別で。一方的に心の中まであけすけに見えてしまうからこそぶつかり合って、お互いを理解する。そんなことが多くあり、オベロンはその中でも、彼の持つ嘘をつくとも言い換えられる性質のため、立香とぶつかることが特に多いのであった。
「……っ、ほんっと、オベロンってば最低! 変態借金王! 乙女の純情もてあそぶな!」
「純情? 何処にそんなものがあるんだい? きみが浮かべていたのは下心だろ?」
「!」
下心。その言葉に立香は動きを止める。確かにオベロンのことを考えていた。それでもそれが下心……だなんて。本人から言われてしまってはそうなのかもしれない。立香はそう思う。それを申し訳なく思いつつ、改めて見たオベロンにやっぱり同じ感想を浮かべてしまうのであった。