【ひぐらし】いつもと違う選択

サアァと肌に少しだけ生暖かい風を感じる。ここは何処だろう。今は一体いつ? 別の世界へ移動した瞬間に訪れる頭のぼやけに頭を振るうと、その勢いのまま振り返る。目の前には見慣れた青。百年以上を生きた猫。本当に猫を被るのが上手な、愛おしく、憎い梨花。
「沙都子。早くしないと、ボクたちの分がなくなってしまうのですよ」
繰り返し、繰り返す。その中でも諦めず、ただただ奇跡を求めて精神を削った梨花。彼女も繰り返しているはずなのに、それでも変わらない。もう何度も繰り返したせいで何度も見た幼い姿の彼女を抱きしめる。北条沙都子であったならこのときにこうするだろう。泣いて、泣いて、そうして梨花に慰められる。
「……かわいそかわいそなのですよ」
今度はどの選択をすれば良いのだろう。もう疲れてしまった。梨花だったら、奇跡を求めて繰り返すだろうけれど、私は、もう……。
「梨花、例えばの話ですのよ?」
私は口を開いた。漫画を書いているけれど、展開に困ってしまっている。何度繰り返す力を持つ女の子のお話。親友や大切な人を救いたいと思っているけれど、繰り返しても、繰り返しても……奇跡を願っても叶わない。百年以上を過ごした女の子はどうしたら救われるのか。
私は梨花に救われたいと思ってそれを口にした。
「もし、その女の子がボクだったのなら、という事でいいですか?」
「ええ」
「私だったら、一度その後の世界を生きてみたいと思う」
「なんですの、それ?」
「親友を失って、大切な人を失う。それは本当に女の子にとって悲しいという言葉では表せないこと。でも、だからこそ、生きて、最後まで生きる。そうして記憶を保持したまま、もう一度最初から」
「でも、それは」
親友と大切な人がいなくなった世界を生きて、どうなるのだ。そんな世界を生きても、梨花を失った世界を、にーにーを失った世界を生きて、何が楽しいのか。生きる意味を失った世界を生きて、それに何の意味があるのかが分からない。
「生きて、知識をつけて……それを次の世界で親友と大切な人を救うための力にする。そのために生きるの」
「知識を、力に」
梨花だったらきっとそれをすることが出来るだろう。聖ルチーア学園で上手く生きていったように、たとえ私が梨花と逆の立場であったとしても私を救うために出来ることを何でもする。そんな事が容易に想像が出来た。けれど、それでも……。梨花の決意を込めた瞳を見て、これからの世界を思って輝いた色を間近で感じて、その言葉が心に残るのだった。