3、コーヒーキスで嫌がらせ
「……!」
独特の苦みが口の中に広がる。その苦みは一応慣れているものだけれども、それでも突然感じたそれに眉間に皺が寄った。
「ははっ、なんだよ。きみってばそんな顔もできたんだな?」
「~~っ、オベロン!もう、キスするときにコーヒー飲まないでって言ったじゃん」
「確かにそれは聞いたけど、飲まないとはいってないからな」
「むむ。確かに」
約束していないものを破られてもそれに対して何か言うことはできない。そもそも一方的なものは約束なんかじゃない。それでも、苦手なことをしてくる恋人に不満は浮かぶのだ。
「なんだい? ファーストキスはレモンの味、だなんてものを信じる歳でもないだろ?」
「まあ、それはそうだけど」
そもそもオベロンとの初めてのキスは、彼の全身から流れていた血の混じった唾液を貪った鉄錆の味であった。そんなキスをしたこともあり、それ以降も別にキスに対してそこまで乙女心は持っていないと思う。それでも眉間寄った皺はそのままだけれど。
「大体、きみは俺に対して何を期待しているんだい? 甘ったるい関係を望むんだったらそれは別のものに頼めば良いじゃないか。それとも何? 未来を望んでいたり……」
オベロンは口を閉じ、そうしてキスをする直前まで飲んでいたカップに口をつける。それからぐいっとそれを傾けて飲み干し、口をへの字にしたままこちらに向き直り、ため息をつきながらも肩口に顎を乗せられ……いわゆる抱きしめられる形となる。きっと本人に言わせれば頭が重いから預けているだけだなんて言われるのだろうけれど。
未来を望んでるわけ? それこそ不毛なことだな。英霊である俺たちに未来なんてない。成長なんてものはない。たとえあったとしても座にある本体には関係ない。
きっと口にしそうになったことはこんなところだろう。本心は違うだろうけれど、口から出るとしたらこんなこと。
甘ったるいぐらいに甘やかすこともできない。そんな俺と関係を続けてきみは満足なのか。英霊は最終的には座に還るものだから、未来を共に過ごすことはできないんだから、いっそのこと自分なんかではなく、未来を一緒に生きることのできるものと一緒にいるべきだ。
フィルターがかかってしまっているかもしれないけれど、こんなことが言いたいのかな、だなんて考える。うぬぼれでなければだけれど、きっと全部が全部自分の都合の良い妄想ではないだろう。そう思いながら息を吐き出すと、抱きしめられる力が強まった。
「きみはどれだけ自意識過剰なんだ?」
「過剰だったかな?」
「ああ、そうだよ。なんで俺が自分を卑下する言い回しなんかしなきゃいけないんだよ」
「でも、言いたいことってこういうことじゃないの?」
「……、さあね」
表情は見えない。それでも口にしない言葉だけで何を思っているかはなんとなく分かった。
口にする言葉はねじ曲がる。行動だってどれだけ彼の本心を表しているか分からない。それでも、どれだけ自分が大切にされているか分かった。多分だけれど思ったことは合っていたのだろう。口にできない彼の精一杯の行動に彼を可愛いなと思い、そうしてオベロンに身体を預けるように力を抜いたのだった。