16、偽りと涙
わしゃわしゃ、わさわさ。一見がさつだなと思えるように頭を撫でられる。時刻は真夜中。レイシフト先の野営地での一時。もう終わって良いんだよ、きみは十分に頑張った。私の頭を撫でている目の前の男は、そんな生ぬるい言葉を先ほど口にしていたけれど、瞳はどこか虚ろのような、虚を見ている気分にさせられるものであった。
「オベロンさ」
「何?」
「嘘をつくんだったらもう少し嘘なんかついてませんよって態度をした方が良いんじゃない?」
「そう? きみの前では何を言っても意味が無いと思ったから、わざとらしい態度を取っていただけだけど」
冬木から始まった旅は異聞帯のブリテンを超えてその先へ。先日召喚をし、最終再臨まで完了したばかりの、王様の姿をした奈落の虫。もう最後の姿まで理解しているのに、それでも王様スタイルを崩さないのは何でなんだろうと思いつつも、ああ、多分自分がこうやって偽っている限りは彼もそのままなんだろうなと思うところもある。
人理修復の旅をしていたときにはまだ良かった。あともう少し。全ての聖杯を手にした頃には元の生活に戻れる。そう思っていた。勿論ロマニや他の職員さん、サーヴァント達の助力もあってだけれど、私は私のままで進んでいた。それが変わっていったのはそのあとだったと思う。
心を透明に。自分たちのせいで崩落する全てを見つつ、それでも逃げないために。進むために。自分を偽って、平気な振りをして、それに慣れきって。オベロンはきっとそんな自分を映す鏡のような存在として今ここにいるんだ。ぎゅっと歯を噛みしめる。まだ幼かった頃の自分を思い出す。もし、あの状態の自分がここにいたらどうするのか。きっと鳴いてしまったりしたのかな、だなんて思った。でも、もう私にはその感覚も分からなくて、困った顔をするしか無かった。
「ごめん。でも」
「でも?」
「でも、どうすればいいかわからなくて」
「重傷だな」
わしゃわしゃ。頭を再度撫でられる。
「もう一度言う。もう終わっていい、きみは十分にやっている」
「ダメ、まだ、頑張らないと」
「はぁ。マジかよ。……まあ、現状に気づけただけまし、だと思うことにするよ」
いつの間にか撫でられていた手は硬質で人外のものとなっている。それと同時にスカートにポタポタと涙がこぼれ落ちた。
「……っ、」
「たまにはそうやって泣いても良いんじゃないか? 別にきみがここで泣いていたって、何が変わるわけじゃ無い」
「でも」
「あー! もう、おとなしくしてろ」
頭を撫でていた手の力が強くなる。痛い、それは痛い! ぐちゃぐちゃになった髪の毛も直さなきゃいけないし、大変なんだから! そう言いながらオベロンから離れて気がついた。先ほどこぼれてしまった涙の跡も痛いけれど、それよりも目の前にいたオベロンがどこか爽やかに憂いが少し晴れたように笑っていたのだった。