18、本当の事なんて言うわけ無いだろ、バーカ
「おい、バカ! 何食べてやがる!」
「え? 何って……あっ」
オベロンとご丁寧に書かれた付箋が一つ蓋の裏側についている。それを見つけたのは幸か不幸かベッドの上で最後の一口を食べ終わった後。風呂上がりにいつものペプラムシャツを着た奈落の虫がどこか楽しげに冷凍庫を開けたところまで見ていたので、何が起こったのか予想がついて、慌ててそれを隠そうとした。
「おい、何を隠そうとしているんだい、マスター?」
「あの、ですね。と言うか、地を這うような声でマスターって言われると怖いって」
「そうかい? 俺はそんな口調で話したつもりは無かったんだけどな?」
慌てて枕の下に差し込んだ両手を取られる。そのまま引き抜かれたと同時に、もう片方の手で件の物体を取り上げられては手も足も出ない。珍しく怒りに顔を歪ませたオベロンに対面しつつ、いつか甲板で対峙した以上に冷や汗をかいていた。
「で、これは?」
「ええと、ですね」
「ここに俺の名前書いてあるよな?」
「はい、でも」
子供向けのメロンの容器に入ったアイスクリーム。ちょうど上の部分をまあるく切り取るように線が入っていて、そこを取り除くと見ることができるアイスにそそられた私は、オベロンの文字に気がつかないまま、メロン味のそれに手を出してしまっていたのだった。
キャスターのアルトリアはオベロンに関して、別にメロンが好きでメロンを食べたいと言っているわけでは無いと言っていたけれど、少なくても私が召喚したオベロンは無類のメロン好きだと思う。三食メロンを欲しがるし、それだけではなくおやつにも、そうして何故かそのまま使われる私の部屋のシャワーの後に食べるのだってメロンなのだ。そこまで減っていなかったメロンの在庫が召喚してから一気に減ったり、大変な周回にメロン一個でついてきてくれたりしたのだって、メロンが好きな証拠だろう。
そんなメロン好きからメロンを奪ったらどうなるか。そんなことは分かるだろう。今だって目の前で怒っているだろうオベロンは私の腕を折るぐらいにギリギリと締め付けてきている。
「い、いだいって、オベロン」
「でも、じゃなくて? ほら、言うべき言葉があるだろう?」
「ご、ごめんなさい」
「そうだよ、分かってるじゃあないか」
ニコニコと怖さを感じる笑顔でオベロンは私を見つめる。ああ、もしかして今日が命日なのかもしれない。そう思っていると、そのままオベロンが近づいてきて……口を口にくっつけてきた。
最初は唇を合わせるだけのそれ。それが唇を舌で舐め取るように動かし始め、そのまま口の中に。ちょっと、何をしているの?! そう思った頃には遅く、全てを食らいつくされるように、飲み込まれるように深い口づけを受けていた。
「っ……!っ、っ……!!」
「はっ、なんだよ、その顔は。まるで発情してるみたいじゃないか」
「はつじょ、って。しかた、ないでしょ。あんなこと、するんだから」
口を離された瞬間に胸を押して距離を取ろうとするも、ここはベッドの上だし、さらに言ったら押し倒されているような状況で距離を取るというのも不可能。目の前には天井とオベロン。何を考えているのか分からない薄笑いを浮かべているだけで大変に不気味な様子であった。
「きみ、本当に失礼だな」
「失礼って?」
「別に俺はきみにキスをしたつもりはこれっぽっちも無いが?」
「えっと……?」
キスしたつもりは無い、とは? 実際にはキスをしているし、それでもしていないと言う彼を見て、考える。どういうことだろう。直前までの行動を振り返って、そうして理解した。
メロンだ。こいつ、メロンの成分を吸い尽くすために口づけしてきたのだ。
恥ずかしさから怒りへ。そんなことってある? と言う思いもあり、それが大きくなる。オベロンと私は世間一般的に言われる恋人という関係だ。だけど、愛を囁き合ったことだってないし、なんだったら罵り合ってさえいる。それでも、これは、ない。
怒りで赤くなった頬をそのままに、ぽこぽこと彼の胸を叩く。それを受けながらオベロンはどこか面白そうに目の前で笑っているのだった。