25、口づけ
「じゃあ、オベロンからキスして?」
「ええっと、それは……僕たちの間柄だとしてもダメだと思うな」
「えぇ? 私はおでことかならいいと思ったんだけど、ダメだった?」
「……」
少しだけあきれた顔で王子様はマスターのことを見る。だって、これは駄目なこと。これ以上は望んじゃいけないこと。だから内心慌ててキスの一を変えたというのに。
「ねえ、リツカ。本当におでこで良いの? 僕はてっきり」
王子様は手を私の頬へと持って行き、なで上げる。思わず目を瞑ると、そのままその手は唇を撫でた。
「わーん!ひめちゃん!」
「ひえぇ! ちょっと待ってね!」
慌てて書きかけの原稿を保存する。見られてしまったとしてもマーちゃんだったら気にはしないと思うけど、それでもナマモノの扱いは慎重に。
保存が完了したのを確認し、すぐにパソコンを閉じる。全く、購入してからそんなに経っていないように感じるけれど、それでも処理速度に不安を感じてしまうのは何でなのだろうか。新しいパソコンの購入を検討しつつ、なんとかできないかなんて考えていると、こたつに入ってきたマーちゃんが、べしゃりと机に突っ伏す。その頬は擦られたような跡で赤くなっていることから、何かあったのかなと思わずそこを突っついたのだった。
「っ、……ぃったい!」
「あ、ごめん、マーちゃん」
「ううん、大丈夫。だけど流石姫ちゃんは目聡いね。文字通り確信をついてくるとは」
「うん?」
赤い頬を突いて確信を突く、とは? 一体何のことだろうと思うけれど、勝手にマーちゃんは説明し始めた。
「オベロンときよひーちゃんがね」
「あの王子様とひーちゃんね?」
「王子様ってそんなキャラじゃ……じゃなくて、これ自体はきよひーちゃんにされたんだけどね」
それはちょっとしたゲームの一幕。王様だーれだ。そんなかけ声と一組の番号が選ばれて、キスを迫るような命令が下される。それまでお酒を飲んで野球拳を始めようとしていたサーヴァントですら混じっていた混沌とした空間で選ばれたのは、ひねくれ者の王子様とマスター。オベロンが機転を利かせて頬に口づけをしたけれど、それを見ていた女性サーヴァント達が嫉妬やらご禁制やらと盛り上がってしまい、キスをされた頬を無理矢理に濡れタオルで拭き取られたのが先ほどまでに起きたことだった。
「それで、マーちゃんは」
「オベロン置いて逃げてきちゃった」
「それはまずいんじゃないかな?」
「だよね。でも、どんな顔して連れ出せば良いか分からなくて」
お酒を飲んではやし立てるもの。嫉妬に狂うもの。何故か脱ぎ出そうとするもの。それに対してご禁制ですよ、と上がる声。幸運がいくら高かったとしてもあんな空間から逃げ出すのは一人でないと無理。そもそもキスをされた瞬間に頭が真っ白になってしまったのだから。
そう答えるマーちゃんの顔は、先ほどとは別の意味で真っ赤になってしまっていて。萌え。控えめに言って萌え、と言う単語でも言葉にできないほどかわいらしい。
きっと暴走しだした混沌とした空間だって、彼女のこんな姿を見たからそうなってしまったんだ。そう思いつつ、もだえて彼女を怯えさせないようにただただ耐えるのであった。