28、左手の熱
例えばふざけて軽く抓られたり、意地悪をされたり、少しばかり貶されたり。彼の持つ性質がそうさせているのは分かっているけれど、それでもイライラとするときはあるもの。
座学もトレーニングも終わり、一日の日報も書き終わった頃。いつものようにベッドの上で意地悪を言う彼の口を、偶然にも悪いことがあった後だったこともあり、イライラをぶつけるように手で塞いでしまったのだった。
「……」
「あっ、ご、ごめん」
慌てて手を離す。口を塞がれた彼は一瞬目を丸くし、それからなんとも言いがたい、胡散臭そうな顔でことらを見てくる。
「なんだよ、そこまでのことじゃないだろ?」
「まあ、そうだけど」
少しだけ間が悪かった。積み重なったものがあったけれど、それを全てオベロンにぶつけてしまうのは筋違いだ。ごめんね。そう謝ろうとしたとき、口をへの字にしたオベロンに無理矢理ベッドに引き込まれた。
「……?! な、何?」
「うわー、色気も何もない声。もう少しまともな反応できないわけ?」
「まともな反応って……だって、オベロンは理由がなければ無理矢理なことなんてしないでしょ?」
「へぇ、きみの中の俺はそうなんだ?」
ベッドに引き込まれて、寝かされて。
オベロン自身はベッドの端に腰掛けるようにし、私は膝枕されているような状態で寝転がる。顔をのぞき込まれて、不機嫌そうなオベロンと向かい合うけれど、それでもどうして不機嫌なのかは分からない。
「ねえ、オベロン」
「なに?」
「どうして」
「どうしてはこっちの台詞だよ、マスター。きみは自分の体調管理もできないわけ?」
「体調?」
体調管理と言われても思い当たる節がない。オベロンの言葉を反芻するように呟いていると、虫竜の左手がおでこにかかった髪を払いのける。ああ、つめたくてきもちいいなあ。
「……はあ。きみってば本当にどうしようもないやつだな?」
「オベロン?」
気持ちよくてつい彼の手を掴んで頬刷りしてしまう。一瞬びくりと動いたように感じたけれど、それでもそのままにしてくれる優しさに甘えると、のぞき込んできた彼は眉間に皺を寄せてため息をついた。
「熱、出てるって気づいてる?」
「ねつ?」
「そう。体調が悪いことぐらい自覚して欲しいね。それで八つ当たりされたらたまったもんじゃない」
「やつあたり」
どこかぼんやりすることも、悪いことが起きたことも、イライラしてしまうことも。全てが全て体調が悪かったからなのだろうと気がつく。熱が出ていることに気がついた瞬間に、身体が重いと感じ、眠気が一気に襲いかかる。ああ、本当に調子が悪かったんだ。そう思っていると、されるがままになっていた左手が目を覆ってきたのだった。