29、香水
「うん、良い香り」
ふわふわとした甘い香り。立香ちゃんだって女の子なんだからと渡された香水は好みの香りで、ベッドに一かけするだけでとても幸せな気分になれた。だけど、それも夜まで。いつものようにやってきたオベロンにベッドに押し倒される。どうして急にと思っていると、目の前でクンクンと空気を確かめると、眉間に皺を寄せたのだった。
「何? 俺に対する嫌がらせ?」
「嫌がらせって?」
「この香りだよ。甘ったるくて胸焼けがする」
「そこまで甘い香りかな?」
「ああ、本当に胸くそ悪くなるぐらいにな」
はぁ、とため息をつかれ、距離を置かれる。寂しいな。柄にもないかもしれないけれどそう思ってしまい、思わずすがるように彼を見つめてしまった。
オベロンとの関係はどんな関係か。世間一般的に言ったら恋人関係なのかもしれない。夜を共にしたり、一緒にだらけたり、言い合いをしたり。それでも本気で相手を嫌いにはなれなくて。ただ、好きだなあと思ってしまうのだった。
「きみ、これがなんの香りだか分かってないわけ?」
「なんの香りって、確かダヴィンチちゃんが……あっ」
お花の香りなんてどうだい? そんなことを確か言っていた気がした。
オベロンは奈落の虫であり、マーリンを嫌っている。そして、マーリンは花の魔術師だ。そこまで考えが至り、はっとする。
「分かったか?」
「うん、分かった。ごめんね、オベロン」
私としては良い香り。それでもオベロンにとっては苦手なひとを連想させられるものなのだ。別に彼に合わせて変える必要は無いと思うけれど、それでも密かに別の香りをお願いしてもいいかなと思うのだった。