40、最後の時
「オベロン……」
「なんだい、リツカ?」
「どうして」
今日は白い姿なの? リツカは僕にそう聞いてくる。それはそうだろう。サーヴァントや職員達の前だし、オベロン王としての姿を見せている方が外では自然なのだ。
みんなの頼れる妖精王。ただ、お金は返してね。そんなことを言われるオベロン王は奈落の虫ではない。みんなの求めるオベロンは”こう”なのだから、それでいい。
「なんだい、白い姿って。僕はいつだってこうだよ?」
「嘘つき。オベロンはオベロンでも、きみはオベロン・ヴォーティガーンでしょ?」
「確かに僕はそうだね。でも、たまにはっこうありたいと思ったりするんだ。きみだって分かるだろう?」
「……、それは」
みんなの求める藤丸立香。いつだってきみはそれを演じている。それを分かっているものもいるけれど、それでも彼女を止めようとはしない。信頼しているというものもいるだろう。ただ、それで彼女が傷ついていることを理解できているもの、彼女が彼女自身を失っている、透明であろうとしていることを理解しているやつはどれだけいるのだろうか。
マスターがそうであるのであれば、従者であるサーヴァントであっても同じようにすることがあるんじゃないかい? そう言いながら立香を見つめると、頬を膨らませて彼女は怒り出した。
「もう、やっぱりそういうこと言う! 今日は最後なんだから、最後ぐらい本音で、本当の姿でいてよ!」
「僕だって……俺だって本当の姿じゃないのかな? それともオベロン王は偽物だって言いたいわけ?」
「偽物じゃないよ。でも、ヴォーティガーンではないでしょ?」
「まあ、そうだね。でもそれだったら今のきみだって、藤丸立香じゃないだろ?」
「ううん、これは私だよ」
「マジか」
「マジ、おおマジ」
「被せるように言ってくんな。ったく、それもきみなのかよ、気持ち悪い」
立香はいつだって心を透明にしようと努力していた。演じようとしていた。それが気持ち悪くて仕方なくてぶつかることもあった。現在進行形でぶつかっているかもしれないけれど、演じていた立香自体を立香は立香だと言ったのだった。
そんなもの、自分と認識しなくて良い。まだ演じているだけ、別のものとしているだけマシだ。ただそんなことを思ってしまっても、それを分かった上で演じ続けるし、気持ち悪いと思っていても「ごめんね」で済ましてしまうマスター。
今日は人理修復から空想樹切除を済ませ、それから……全てが終わり、立香の一般人としての生活が保障されたお祝いの日だった。もう戻れないと思っていた。立香の正直な発言に悲しい瞳をしたものもいたけれど、それでも一般的に言われるおめでたい日だった。
「ねえ、オベロン・ヴォーティガーン」
「なんだよ」
「終わらせて」
「……、は?」
「いろいろ考えたんだ。人理修復が終わった頃はそのまま帰れるって思ってた。けど、空想樹切除をして、その他にも色々あったでしょ? それを通して、私が一般人として生きるのって無理だと思って」
「……」
「それはやだって顔してるね?」
「お前はそれでいいのかよ」
「世界を旅してきた。生きる意味も考えたことのなかった私だけど、その意味を考えて、理解して。……一般人に戻れるって話したでしょ? 記憶を全部消されて、何もかも忘れて生きることになるんだって。でも、それは」
今の私にはとても耐えられない。だから、奈落の虫に食べられたいなって思ったんだ。
笑顔で微笑む。その言葉に嘘はない。いっそのこと嘘であって欲しいと思ったけれど、妖精眼は一切の嘘がないと告げている。
人類史なんてとんでもなくくそったれだ。それでも俺のマスターはそんな人類史を■している。消して欲しくない、亡くなって欲しくない。そう思っている。だから俺は、その選択しかできない彼女をただただ抱きしめたのだった。