36、髪飾り
アルトリア・キャスターが求めたものはドラケイの河で明かされた。それを元に村正はアルトリアに服を贈ったけれど、髪飾りは準備できず。それを悔いていたのか、カルデアで召喚された後に彼女ではない彼女に髪飾りを贈っていたのだった。
「はあ……」
ベッドに寝転がると片腕で目を覆う。
全く以て贈られた髪飾りがうらやましいとか思ったわけではない。その髪飾りはアルトリアにとても似合うものだったし、心の底から嬉しそうにしていている反面、必死に隠そうとしている彼女を見て自分も嬉しくなったのだ。だから、これは。この感情は。
「余計なものなんだよな」
別に髪飾りなんてうらやましくはない。それは本当のこと。ただただ一人の女の子として髪飾りを受け取ったアルトリア自身にうらやましいという感情を向けてしまったのであった。
「やあ、マスター。今日も元気そうだね。」
「オベロン、ちょっと今は来ないで欲しい」
瞼を閉じ、その上に両手を交差させる。泣いているわけではないけれど、それでもひとに見せられる顔じゃない。特にオベロンには見られたくない。そう思ってしまった。
「よっと。失礼。そんなに酷い感情を持っている女の子を放っておくなんて僕にはできないな」
「……嘘つき。何考えてるわけ?」
「嘘つきだなんて酷いなあ。確かに僕は嘘つきだけど、この気持ちは本物だとも」
嘘つき。嘘つき。それでもベッドの端に寄せられた体重に嬉しくなってしまう。女の子と言われたことに歓喜してしまう自分を押さえつける。
「なあ、リツカ」
「なに?」
「きみは女の子なんだよ。それは忘れちゃいけないと僕は思うな?」
「私は、忘れてはいないよ?」
「いいや、忘れてるね。それとも意図的に忘れようとしてるのかな?」
人理修復の時からのきみの記録を見てきた。あのときはまだ、きみはちゃんと女の子だったじゃないか。
悲しそうな声をオベロンは私にかけ、そのまま私の身体を押さえつけるようにのしかかる。腕を取られ、顔を見られそうになる。男女だからとかそういうことで恥ずかしさを感じることはない。それでも今の顔を見てほしくはなくて、見られたとしてもサーヴァントを従えるマスターとしての顔を崩したくなくて、思わず睨み付けた。
「うん。酷い顔だ」
「……っ、そう思うんだったら、隠させてよ」
「それは無理な相談だね。だってきみにこれを渡したかったんだから」
腕は捕まれたまま、もう片方の手で耳の縁をくすぐられる。こそばかゆい気持ちを感じつつも、彼が撫でたすぐ横に重さを感じて首をすくめた。
「うん、似合っているね。僕の見立て通りだ」
「オベロンに言われるとなんだか嫌な予感がするんだけど」
「きみの想像通り、ダンゴムシの飾り物でも作ってきた方が良かったかな?」
「イイエ、ソンナコトシナクテイイデス」
どうやらダンゴムシの髪飾りではないみたい。それだったらどんなものだろうかと気になっていたら、サイドボードに置かれた鏡を彼が私に見せてきた。
それはいくつかに分かれた蝶の飾りであった。一対の黄色からオレンジ色にグラデーションが入っている蝶々。かわいらしく、美しい。
飾りに見惚れていると、目の前のオベロンがため息をつく。
「まったく、きみも欲しいんだったら欲しいって言えば良かっただろ?」
「私は」
「欲しくないとは言わせないよ?だって現にきみ、僕からの贈り物を喜んでくれているじゃないか」
「それは」
アルトリアに贈られた髪飾りに確かにうらやましいと思っていたところはあるかもしれない。ただそれよりも私は、たった一人私のことを女の子として見てくれたひとに髪飾りをもらえたことが嬉しかったのだった。