37、お酒は二十歳になってから
「……」
普段悪態ばかりつく、不機嫌じゃないんだろうけれど不機嫌そうにも見えるひと。そんなひとが顔を赤らめていたらどう思うのか。一切そんなことを考えたことはなかったけれど、実際にそれを見てしまうと言葉が出なくなってしまった。
可愛い。そんな言葉よりかっこいいとかの方が似合うはずなのに、それなのに、酔って顔を赤くしながらこちらを見てくるオベロンに、不意にドキッとしてしまう。それすらも計算のうちなのか、それとも天然なのか。きっと前者だろう彼はニイと口角を上げて、それで私を抱きしめるようにしてきた。
「お、オベロン?!」
「なんだよ、ますたー?」
酔っている。これは確実に酔っている。マスターという言葉だってどこか舌っ足らずのように感じてしまうほどに柔らかく呼ばれれば、そんなことは情事の最中にもないこと。それでもなぜかそれを思い出してしまって、顔に勝手に熱が集まってしまった。
こんな状況を作り上げただろう鬼達は「おや」とでも言うようにニヤニヤと私たちを眺めている。その中には申し訳ないと思っているひともいるみたいだけれど、それも後の祭り。全く見世物でもないのに、それを一番嫌っているのは彼だろうに、彼は私に張り付くように腕を腰に回してくる。どうしてそこまで酔ってしまったのかと言えば、酒呑童子のお酒をうっかり彼が飲み干してしまったから。うっすら虹色にも見える毒酒は、普段全く酔うことがないサーヴァント達を他にも酔わせ、だんだんと食堂内が混沌としてきていた。
「マスター今宵は一晩語り尽くさないか?」
「ごめん、今夜もレポートがあって」
「ますたぁ? その腰にくっついている虫は邪魔ではなくて?」
「んー、確かに離して欲しいけど、言えばちゃんと分かってくれるから清姫ちゃんの力は借りなくても大丈夫かな」
ますたー、ますたー。だんだんとその声が増えていく。
別にお酒を呑んだわけではないけれど、それでもだんだんと増える声や、香るお酒の香りに頭がぼんやりとしてきた。ああ、このままではいけない。そう思ったところで、地面が大きく揺れるようにぐらりと動いた。
「?! オベロン?」
「だからなんだよ?」
「ちょ、ちょっと。何するわけ?」
「少し黙ってろ」
膝裏と背中に腕を回され、そのまま持ち上げられる。思わず彼の首に腕を回すと、いわゆるお姫様抱っこの状態になってしまった。
先ほどまで酔っているようにふにゃりとしていた身体は全く酔っていないというように立ち上がり、ずかずかと大股で食堂を後にする。それを暫く呆然とみていたサーヴァント達だったけれど、私がいなくなったと気がついた瞬間に追いかけっこが始まったのだった。
「おい待て、オベロン!」
「マスターをひとりじめなんて許さないぞ!」
「うわっ、きみって本当に誰からも好かれてるんだね」
「お、べろん。待って。どうして逃げてるの?」
「そんなの決まってるだろ? いやあ、皆マスターのことを好いているのは良いけれど、マスターのことを見ているやつはいないのかな?」
「……」
くらり。今更ながらに完全に酔いが回ってくる。どうも食堂で飲んだと思ったお水もお酒だったみたいで、酒呑がにやりとしていた意味を理解する。オベロンだけではなく、私にもお酒を盛っていたのか。
「お酒は二十歳になってからってきみの国の法律にはあるんだろ? それを理解していないことは無いだろう?」
「それは分かってるし、私自身」
「人理修復は終わっても、今はまだ、西暦が何年だかも分からない状態だからな。分かるようになるまでは年齢不詳の二十歳より下だろ」
「……」
二十歳より下。確かに人理修復を果たしたときには二十歳を超えていなかったし、その後は、月日は経っているけれど、厳密には誕生日をしっかりと迎えてはいない。二十歳未満でいいのかは分からないけれど、オベロンが言うならそうかもしれない。そんなことを考える。
「子供はおとなしくジュースでも飲んでれば良いんだよ」
「オベロンだって、一応十八歳じゃなかったっけ?」
「俺はサーヴァントだからな。年齢なんて関係ない」
「関係ないんだ」
「そもそも酔わない体質だからな」
だったらどうしてさっきは酔ったフリなんかしたの。
私たちを追いかける足音を聞きながらも、何故かおかしくなってきて。笑いながら一緒に逃げ続けるのだった。