43、やめてほしいって言ったのに
「ああ、もう!なんてことするの」
カルデア中に響くかという声。ある者は驚き、ある者はまたかと言った表情をする。怒鳴り声はマスターである藤丸立香。怒鳴られているのはオベロン・ヴォーティガーン。マスターが怒鳴った衝撃で開いてしまった立香の部屋の扉を眺めて、周りはいつものことかとため息をついた。
「もう! どうして! オベロンは! いつも!」
「なんだよ、別に俺がわざとやったわけじゃないだろ?」
「わざとじゃないのは分かってるけど、それでもここに呼ばないで欲しいのよ」
呼ばないで欲しい。そういった立香の首には無数の赤い跡。人によっては「まさか」と思うこともあるだろうけれど、オベロンが立香につけたわけではない。それだけはこの場で断言しておこう。
「呼ばないでっていってもなあ。 僕は人気者みたいでね。 勝手に集まってきてしまうんだよ」
「嘘でしょ?」
「いいや、これだけは誓って本当さ」
「誰に誓うの? アルトリア?」
「……」
オベロンが寝転がっている、虫が集まっているベッドを指さし立香は首をかしげる。
本当に分かっていない。サーヴァントが誓う相手としたらたった一人だろう。オベロンはそう思う。生前や伝承中に誓う相手、王などがいたものは別だろうが、あいにくオベロンは自身が王であるし、そんなものを誓う相手は存在しないものである。そこは立香も理解できていたのだろうからアルトリアの名前を出してきたのだろうけれど、そんな考えもナンセンスだ。
『ティターニアってアルトリアじゃないの?』そう聞いてきたのと同じ瞳で聞いてきた立香にオベロンはいらだちを覚える。勿論それだけではなく、眠っている立香の首に刺し傷を大量に残した虫にもいらだちを、世界全てにいらだちを向けているようなものであるが、それでも立香には特別な感情を向けてしまうのだ。人はそれを恋だとか間とか呼ぶのかもしれない。それでもオベロンにはそれが分からない。オベロン・ヴォーティガーンである限りは分からないだろう。ただ、それでも。
どこかモヤモヤとしたようなどうしようもないいらだちに、オベロンは立香を引き寄せて、首に噛みつくことで満足感を得たのだった。