45、苦手なもの
誰にだって苦手なものはある。きっとそうだ。私のこれだってそんな一つだろうし、許されるだろう。
「欲しい? ならあげるよ!」
蹴られて転がっていくそれに悲鳴を上げないように噛みしめる。それがぶつかって、身体を開く。ぞわぞわと。何足もの足が隙間から見える。ごめんなさいと思いつつ、目を背けた。
「馬鹿マスター! 避けろ!」
「……!!」
首元で風が空を切る。私が避けた数センチを敵の刃がかすめたのだった。
「まったく、私が一緒にいたから良かったものの、首が飛んでいてもおかしくなかったのよ?」
「ごめんなさい」
「それにしても、どうしたの?」
気分が悪そうだったけど。
ほらできた。そう言って首に当てていた手をマルタさんは避ける。少しだけ血が滲んでいたそこはすっかり傷があったようには見えなくなっている。それでも少し傷が残っているように感じて、さすりながらもチラリと遠くにいるオベロンを見た。
「苦手なんだ」
「苦手?」
「うん。虫が……特にダンゴムシが苦手で……」
「ああ、そういうことなのね」
私とオベロンがいわゆるお付き合いをしている関係であることはすでに周知の事実であったけれど、虫が苦手という事実はなるべく隠し通していたのだった。
奈落の虫。ウェールズの虫妖精達の王子様。そんな彼を好いているのに、彼の大切な子達が苦手であるなんてどうして言えるのか。そう思ってため息をつく。
「マスターはもしかしたらだけど、虫が苦手だってことを隠しているのかもしれないわね」
「うん。なるべく聞かれなきゃ答えないようにはしてるよ」
「苦手なことは分かっていたし、それにあなたの大切なひとだったら猶更分かっちゃうんじゃないかしら?」
だって、彼は妖精眼を持っているじゃない。
妖精眼。嘘を見抜く瞳。本心を視る瞳ではないものの、それであっても言葉から本心を読み取ることができるのだろう。
さっと血の気が引いた私の顔を見て、マルタさんがクスクスと笑い始めた。
「そんなに心配しなくて良いわよ。だってマスターのそれを知っていて戦闘にダンゴムシを連れてきたり、蝶を辺りに飛ばしているんでしょ? それにもし、嫌がらせが酷かったらね」
私が一発殴ってやるから。ウインクを飛ばしながらそう言うマルタさんに緊張が解ける。確かに。オベロンは意地悪なところがある。むしろ捻くれきっている彼を思い出す。
虫が苦手だとしても、それでも彼は私と一緒にいてくれるのだろう。その様子を容易に思い描いてしまった自分に思わず苦笑してしまうのだった。