47、最後のとき
「全部終わったんだ」
「そうだね。きみは、全てを終わらせて、これから元の世界に戻るんだよ」
そんなことは決して無いけど。オベロンは密かにそう思う。なんの間違いなのか、空想樹が根付く前の地球に、人理修復の旅に出ている藤丸立香に召喚されたオベロンは、隣で無邪気にも笑う立香を見ていらだたしく感じていた。
昔はそんな笑顔もできたんじゃないか。心を透明に、だなんて考えなくても良かった頃の立香に会うことになるだなんて。
奈落の底に向かって落ち続け、ついうっかり光に手を伸ばして引っ張られてこちらまで来てしまったオベロン。
これから立香は笑わなくなる。いや、自身の心を無にして、笑う演技をするようになる。そして、藤丸立香の隣に立っている少女は、それとは真逆に心に色を得ていくのだろう。
六つ目の異聞帯に到達した藤丸立香と、今の藤丸立香。あまりにもその様子が異なっており、いっそ哀れみをもってしまうほどであるが、同時に楽しみでもあった。
「私が元の世界に帰ることになったら、マシュとかオベロンはどうなるの?」
「僕たちのこと? なんだい、心配してくれているのかな?」
「まあ、それは、ね?」
「……」
召喚は冬木。それからオルレアンから終局特異点までを進んだ。藤丸立香の身体には傷がある。それでも心にはまだそんなものはなかった。きっとダヴィンチやロマニが些細なところまで手を回していたからであろう。でも、それだって。
ロマニは終局特異点から未帰還。ダヴィンチはこの後ラスプーチンに霊核を砕かれ、小さな個体として生きることになる。それは第六特異点で共に旅をしたときに彼女の心からこぼれた情報であった。
ふたりがいなくなった後に彼女の心を慮るものはなく、いたとしても彼女自身に拒絶されて。そうして”あの彼女”へと成って行くのである。
「ああ、楽しみだな」
「何が? もしかして、やっと休めるってこと?」
「そうだね。周回地獄はもうまっぴらだからね」
「そっか……でも、残念だな」
せっかく仲良くなれたのに。
これからどのように進んでいくかも分からないのに、よくそんなことが言えるものだ。
主にはばれないように。そっとオベロンは口の端を歪めるのだった。