53、被りもの
夏と言えばイベント。イベントと言えば、それを盛り上げるための者たち。今、藤丸立香はそんな者たちの中にいるのだった。
「あっっっつい」
「マーちゃん、『っ』がいっぱいになってるように見えるよ」
「あっ、ばれた?」
そんな会話をしているのは控え室。着ぐるみを着て練り歩きながら腕を動かす。それを一時間ほど続けていたのだった。
じりじりと照りつける太陽に、背中から涼しい空気を送ってくれるものを背負っていたとしても意識がぼんやりとしてきた頃、やっと休憩ということになり、スタッフに案内されながら控え室へと戻ってきたのだった。
「きみ、やっとようやく戻ってきたのか」
「あれ、オベロンもいたんだ」
「いたんだ、ってマーちゃん。マーちゃんが戻ってくるまで姫、この†闇の精霊王†と二人きりだったんだけど」
「その名前はやめてくれないかな?」
「ひぃぃ、すいませんでした!」
刑部姫と†闇の精霊王†ことオベロンとのやりとりに噴き出しそうになる。オベロンが脅すように刑部姫を睨み付け、刑部姫はそれに萎縮しているけれど、二人とも本気で私闘を始めそうな雰囲気はない。
物語を作り出すものと、物語の中の人物。シェイクスピアと彼と言ったように、一見仲が悪そうな組み合わせだけれど、以外や以外。二人の仲はそこまで悪くなかったのである。
「はいはい、オベロンが怒るのも分かるけど、やめようね?」
「なんだよ、別に良いだろ。こいつが俺のこと馬鹿にしてきたの見ただろう?」
俺が悪いのか? そんなことを言いたげに、拗ねたように口をへの字に曲げるオベロン。そんな姿も可愛いと思ってしまう立香は自分が重傷であると思っていたのだった。
「まあいいか。……なあ、藤丸立香?」
「えっと、改まってどうしたの、オベロン?」
「きみの熱烈なファンからこれを渡すようにって言われたんだ」
「えっと、これって?」
こっちに来い。そう言うように視線を向けられ、おとなしく近づく。別に今オベロンに近づいたところでライライクヴォーティガーンをされるわけでもないので、警戒心もなく。先ほどまで言い合いをしていた刑部姫も、持ち込んだノートパソコンを打ちながら横目でオベロンと立香を眺めていたのだが。
「?!……っ、!!」
「……」
何が起きたのか分からない。
この場にいた女子二人は少なくてもそう思っただろう。こっちに来いと言うように視線を向けたオベロン。それになんの警戒心もなく近づいた。向かい合って、そして。オベロンが笑顔のまま両頬を掴んできて、急に口づけを落としてきたのだった。
「……っ!」
「ははっ、なんだいその顔は?」
「「なんだい、じゃない!」」
「確かにマーちゃんとオベオベが付き合ってるのは知ってるけど、空気読め! 姫だっているんだからね!」
「そうだよ!刑部姫ちゃんだっているんだからね!」
「は? 別に良いだろ?」
「「よくない!」」
別に良いだろ。口にしながら下を出して馬鹿にしてくるオベロン。それに対してムキーと怒る立香を刑部姫は眺めながら『あ、これは姫ちゃんに嫉妬したのかな?』と暢気に構えつつ、新たなネタをノートパソコンに書き込むのだった。