55、口づけと魔力供給
「っ……」
「ははっ、なんだよその顔は?」
「何っ、で」
「そのためにあるんだろ、魔力供給って」
突然に口づけを受ける。全くそんな関係ではないのに、とか、急に、とか。勿論それだけではなく、歓喜の感情も浮かびあがるけれど、それはダメ。
藤丸立香は背にある木に体重を預け、困惑の表情を浮かべる。確かに目の前のオベロンに好意を持っているけれど、彼は好意など持たない存在として生きている。少なくても彼の言葉を信じるならそんな生き物なのである。
種火集めの簡単なクエストのはずだった。それが様子を変えたのはほんの一瞬。出てくるはずのないエネミーに前衛は簡単に呑まれ、後衛としてマスターのすぐ近くにいたオベロンが、立香を俵担ぎにして森の中を走ったのだった。
好きだよ。好きだけど。そう考えてしまう。決して好意から口づけをしているわけではない。それを頭では分かっていたけれど、口づけを受けた瞬間に、嬉しくて、嬉しくて仕方がなくなったのだった。
「サーヴァントは俺以外にはみんな帰ったわけだ。最後には呼べと言ったけど、呼ぶ前に二人きりになるだなんて、うれしいなあ」
「今は、そういうの、やめて」
立香もオベロンもボロボロな姿でかろうじで立ち上がっている状態。立香自身で走らなかっただけまだ体力はあるけれど、それでも担がれるまでに負った傷。オベロンは敵に背を向けて走っていたため、後ろから大きく抉られたような傷。満身創痍とも言える状態で口づけを受けたのだった。
「……、魔力供給はできた?」
「こんな薄い魔力を持ってるだけの状態でよくそこまでイキれるよね。足りるわけ無いだろ?」
「やっぱり。……でも、宝具はいけるでしょ?」
「まあね。体力回復よりそっちを優先した方が建設的だ。流石マスター」
「それだけ口が回るんだったらオッケーってことで」
じゃあ行こうか。
本当は令呪で全快させることもできるし、なんだったら医療班から簡単な治療の道具はもらっているけれど、それでもこれで良かったのだったら。
藤丸立香は切れた口の端を舐めながら、先ほどのことを一瞬思い出す。それから頭を切り替えて、残った敵を倒すことだけに注力するのであった。