56、騎乗A
「ちょっと、ちょっと待って?!」
「なに? 別に良いだろ?」
「良いわけあるか!」
良いわけあるかと叫んだのは自身の部屋の中。ご丁寧にいつから張られたのか分からない結界まで準備されていることに恐怖しつつ、自身に馬乗りになったオベロンを見つめる。
何を思ったのか、村正みたいに割った腹筋は目に毒だし、そのまま視線を上に向けると見える顔は高揚していて、まるで情をかわした後のよう。そんなことを考えてしまい、思わず視線を逸らすと、ふっと笑われてしまった。
「何考えてるわけ?」
「視えるでしょ?」
「いやぁ、ほら? 俺は千里眼じゃなく妖精眼だしね」
見えるわけじゃない。嘘を理解できる瞳なんだ。
絶対に嘘だろうと思わせる笑みでのぞき込まれ、距離が近くなる。ああ、呑まれてしまいそうだ。彼の青い瞳は空を思わせるようでもあるけれど、荒々しい海を表すようにも思える。ごうごうと、あらゆる生き物に対する嫌悪の感情、それだけではない。彼の奈落を思わせる暗闇も見えるようで、本当にそこまで落ちてしまいそうで。
考えている間に距離がさらに縮まり、零になる。まるで飲み込まれるように食まれた唇の隙間から息をすることも難しい。それでも、目を閉じずにこちらを見続けるオベロンに、全てを食らいつくされてしまいたい。そう思ってしまうのだった。