68、理由
きれい。そんな言葉では言い表せないこの感情。どうしたらこんなに綺麗な髪の毛になるんだろうか。いくらお手入れしてもトレンドマークのように跳ねてしまう一房の毛を触りながら、眠っているオベロンを眺める。
常であったなら、起きた私をにこりと良い笑顔で見てきて嫌味に聞こえる言葉の一つでも落とすだろうオベロン。けれど偶然アラームの鳴る前に起きた私の目の前には、整った顔立ちの彼が眠っていた。顔が良いのは元からだけど、髪の毛は特別にお手入れしているのだろうか、手を伸ばしてみると、さらさらとしていた。
「本当に、どうしてこんな……」
「何がどうしたんだい?」
「わわっ、起きてたの?」
深い青。空を映したような瞳ではあるけれど、同時に奈落の闇を体現するようにも感じる瞳を目の前に、つい、のけぞる。その姿にケラケラと笑い始めたオベロン。気まずくなってしまい、キッと彼を睨み付けた。
「起きていたさ。そもそもサーヴァントに睡眠は必要ないだろ? 寝たふりをしていたら何をするかと観察していたらこれだもんな。俺のマスターはどうやらよっぽどこれが気に入ったようだ」
髪を一房、いたずらに摘み、問いかける。それは、だって……本当に。
「それは、綺麗だったから」
「ありがとう、マスター。お褒めの言葉、嬉しいよ」
「全然心こもってないんですけど!?」
「はは、きみにはそう聞こえたのか」
何がおかしいのか、再び笑い始めるオベロン。それにむっとする。いつもこうだな。オベロンにからかわれるようにして、こうしていつも時が進んでいく。そんなやりとりだった。
「……、それにしても、だ」
「ん? どうしたの?」
「俺の髪の毛をうらやましがるわりには、手入れもろくにしてないように思えるんだけど?」
「……?」
「きみのバスルームの状態を見せてもらったけど、五百円もしないようなシャンプーインリンスを使っている時点で」
「それは、いつ緊急アラートが鳴っても良いようにって思って」
「そういうところからして、少しどうかしたら? って言ってるんだけど、分からないかな? 少しは人類最後のマスターを忘れろよ」
「それは……」
忘れられるわけがない。いくら髪を綺麗にしても、肌のお手入れをしても、人類最後のマスターにそれは必要ないことだから。それを寝起きの頭で思い出し、気を引き締める。けれどそれはオベロンの気を悪くしたようだった。横で寝転んでいた彼が、一瞬睨み付けるようにこちらを見たかと思うと、馬乗りになってくる。
「えっ、ちょっと……なに?」
「えっ、てなんだよ今更。魔力供給だけど?」
「それ、今必要?」
「必要だからしようとしてるんだけど。って、相変わらず抱き心地悪そうだな。肌はボロボロだし、髪の毛はボサボサ。唇ももう少し手入れぐらいしたら? 萎えるんだけど」
「萎えてていいよ!」
女の子だからとは言わないオベロン。私自身の本当の気持ちを察してくれるオベロン。理解して、抱き心地が悪いなどと暴言を吐くことで、おしゃれやお手入れへの理由をつけようとしてくれていることにありがたさを感じる。ただ、それはそれとして。
今は抱かれたくないと、小さく抵抗をするのであった。