69、傷を隠す
「はあ、わかったよ。諦めた」
「っ、はぁ……、やっと……諦めてくれたんだ」
抱く、抱かないの攻防戦。絶対に抱かれたくないと服をずり下げ、オベロンの整った顔を押しのけて断る。オベロンもオベロンで、絶対に服を脱がせてやると引っ張ったので、服が伸びてしまっていた。
「どうして、そこまで抱きたいの? 抱くっていう行為自体には嫌悪感が湧くんでしょ?」
「それはきみが嫌がるからだけど? 抱くたびに嫌だ嫌だと言うじゃあないか」
「何それ」
「……まあ、それ以外にも意味はあるけどな」
ふう、と息をついて服から手を離すオベロン。本当にする気が無くなったことに安心したけれど、それでも、それ以外という言葉が気になった。抱く以外にこうやって服を剥こうとする理由なんか思い浮かばない。
「なんだよ。理由は話さないからな?」
「え、なんで分かったの?」
「それはそんな顔で来れば分かるだろ。興味津々って顔しておいて、よくとぼけられるよね。まあ、理由なんて簡単さ。きみの肌の様子を観察してるだけだよ」
「話さないなんて嘘じゃん。って、肌を観察してるって?」
別に観察されるような奇妙な肌をしている自覚はなかったけれど、どうしてだろう。レイシフト毎に受けている傷は、救護班による適切なケアによって全く何もなかったと言えるほどになっているし、そちらの面も薄いように感じていた。
「……、本当に聞きたいわけ? 俺は話したくないんだけどな」
「途中まで話したんだから良いでしょ。で?」
「きみも本当に物好きだな。肌に傷が残っていないか、魔術的痕跡が残ってないか見ていたんだよ」
オベロンが手を伸ばし、腕や足に服越しに触れる。たしかそこは殴られて痣ができていたところ。そして別に触られたところは派手にやけどしたところだったかな。そんなことを考えていたら、目の前の彼は眉を寄せていた。
「多すぎるんだよ」
「何が?」
「言わなくても分かると思うけど、傷が多すぎる」
「そう、かな? 私としてはこれぐらいでまだ良かったって思うけど」
致命傷は避けているし。
そう話すと、目の前でますます眉を寄せられた。
「傷は確かに治っている。それを確認しているところもあるけど、本当に傷は治っているのかな? って思っただけだから」
「……?」
「分からないならそれでいいよ。ただ、そうやって無意味に近づいたり、のぞき込んだりしたらどうなるか分かってるよな?」
触られていた腕や足。そこからするりとなぞられて、服の中に手を入れられる。まずい。これは……。
「し、しないからね?」
「はは。嫌がるマスターはかわいいなぁ?」
服の端に手をかけられ、再び捲られそうになる。それから逃れるために同じように端を持ち、引き下げる。そうして再び攻防戦が始まるのだった。
眠っているマスターをのぞき込む。
本当に何も知らないで、と呆れを通り越した感情が湧きそうになるが、それを押し込めた。そうして今夜もと、シーツを捲る。
肌は流石医療系サーヴァント達と言いたいほど傷はない。ただ、だ。眠っている彼女は毎日のように汗を浮かべ、うなされている。それに気がついているものは少ない。
片方の腕が腹に伸びる。そうしてもう片方の手がその腕を庇うように抱きしめる。それは両者共に、先日負った傷の位置であった。
ため息をつき、彼女の手に触れる。これには意味が無い。全く以て無意味な行為なのだと考えつつも、つい、彼女の手をとって、口づけを落とすのであった。