75、船の上で
「「うっわ」」
こんな台詞でハモるとは誰も思わない。両者共にドン引きしたという顔。どうしてこうなったと思っていると手を取られる。ああ、悔しいけどかっこいいな。目の前で口の端を歪めて笑っているオベロンはよそ行きの格好……タキシードを羽織っていた。
いつものような聖杯探しのためのレイシフト。けれど指定された格好はドレスでとのことで、気が付けば、船上パーティーに参加することになったのだった。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「すっごい顔が歪んでるよ、オベロン。もう少し嫌悪感を隠したら?」
「さっきから女性に声をかけられてね。踊ってくれませんか、お話しませんかって沢山声をかけられたんだ。好きでもないのにこんなところに来させられた上に、これだからね。そんな顔にもなるだろ」
「抗議は私じゃなくて、レイシフト制限に組み込まれていた自分の運にしてよね」
今回のレイシフトが可能だったサーヴァントは二騎。一騎は遠くで婦人のお話を聞いているホームズ。そしてもう一騎が目の前のオベロン。聖杯はこの船上パーティーの主催者が持っていると分かっていた。後は聖杯の周辺の情報を集めつつ隙をうかがい、奪取するだけであった。
「でも、今回の特異点は小さいし、そこまで異変が広がってなくて良かったよ」
「そうだな……って言いたいけど、きみってば本当に暢気だよな」
「そこまで暢気じゃないよ。今だって緊張はしてるし」
「本当か?」
「本当だよ」
ターン、ステップ。腰に回された腕に力が入ったけど。あっ。間違えて足踏んじゃった。そんなことを考えながら、彼とダンスを踊る。
「へえ。前に男装してパーティーに潜り込んだだけはあるね」
「それは言わないでよ」
「さっきの男性パートだったけど?」
「え、うそ?」
「本当さ。俺に女性パート踊らせるとか、どんな神経しているわけ?」
「そういうオベロンは女性パート踊れるんだ」
それだったら男性パートをしっかり覚えてくれば良かった。女性パートって改めて覚えると難しいんだぞ。そう愚痴る。オベロンはそんな私に笑顔を向けてきた。
「きみは男女逆転で踊って周りの目を引きたいのかい? それは良いね。ホームズがもうすぐ聖杯にたどり着く。今回は聖杯に触れればこの特異点も消滅するそうだし、ちょうど良い。周りの目を引こうか」
「えっ、ちょっと……冗談だって」
「俺相手に冗談を言うのが悪いと思うんだけど」
ステップが変わる。さりげなく腰に腕を回させられる。この妖精王怖い。抵抗するまもなく男女が入れ替わった。そうして目的は達成される。黄金に輝く中、人々の注目を集めて。私たちは最後まで踊りきったのだった。