77、変わりのない穏やかな時
ある物語では、恋をしたと自覚した瞬間に世界に色がついたと感じた、と書かれていた。別の物語には、世界が輝いたように感じた、何も感じなかった世界を温かく感じた、と書かれていた。それならば。私のこの思いはなんなのだろう。
今日も分からない想いを抱えたまま一日を過ごす。
朝に目を覚まし、ブリーフィングに参加。それからはシミュレーションルームで戦闘訓練に座学。お昼後も続けて訓練。そんな日々を過ごしている中に入ってきた空白。
「オベロン!」
「なんだい?」
「今日も私のベッドで寝転がったでしょ?」
私の部屋の警護として呼んだサーヴァント、オベロン。ほぼ毎日彼を呼んでいるせいなのか、彼の私物が部屋に増えていく中、連日のようにベッドシーツが鱗粉で汚されているのを見るのだった。
「どうして僕が寝転がったと思ったんだい?」
「鱗粉! 鱗粉が落ちてるんだもん!」
「それは本当に今日落ちた鱗粉なのかな? もしかしたら昨日のものかもしれないよ?」
「そんなことないよ。だって今日は職員さんがシーツを回収してくれるはずの日だし」
キラキラと輝く鱗粉。ベッドを軽くはたくと、もわりと広がった。
このままだとアレルギーにでもなってしまうのではないかと心配した職員が、ほぼ毎日のようにシーツを替えてくれるようになったというのにこの男は。今日も今日とて寝転がって翅を優雅に広げていたのだろう。まあそれでも仕方が無い。広がる鱗粉をなるべく身体に入れないようにと息を止めながらベッドに寝転がる。ああ、今日も平和な一日だった。おやすみとオベロンに声をかけると、やってきた睡魔におとなしく身を委ねたのだった。
「やあ、マスター」
「オベロン。夢でも私に会いたかったの?」
「いやあ、そんなことはないさ。……ってか、そんな身震いするようなこと言わないでくれるかな?」
ほら、きみの発言が嬉しすぎて鳥肌がたったじゃないか。腕の部分を捲ってわざと見せつけてきた。そんなことしなくても良いのにと、ため息をつきながらウェールズの森を模した空間で木に背中を預けて座ると、オベロンもそれに倣うようにと隣に座る。
少しだけ冷たい空気に木漏れ日。遠くには虫妖精達の姿も見える気がする。
穏やかだなあ。でも、ここに来て良かったのかな。
オベロンの心象風景のような空間。オベロン・ヴォーティガーンとして、妖精國を滅ぼしたものとしての心象風景と考えるとあまりにも不似合いだと感じてしまったけれど、それでも彼にはこんな空間で。
「きみはさ、本当に他人のことしか考えてないよね」
「そんなことないよ?」
「第一に。ここは俺の心象風景じゃないし、夢の中でもない。ただ、君が見ている夢に俺が引きずられただけだよ」
「そうなの?」
「なに? サーヴァントは夢を見ないって教わらなかったわけ? 俺だって今は君のサーヴァントだ。仕方なしなこの関係でも、引きずられるものはどうにも引きずられるらしい」
「つまり無理矢理連れてこられたってわけだ」
「ああ、そうさ。それから二つ目。俺はきみたちが言う幸せと言うものを理解することができない。これは分かっているだろう? だから、さっききみが考えたそれは無駄なことだよ」
「無駄って。……でも幸せを感じる事ができなくても、そういう生き物だとしても、今は一緒にいちゃダメかな?」
「一緒にいたところで、俺は何も感じない。むしろきみのことを邪魔だと思うかもしれないわけだけど」
「別にそれでもいいし」
「はあ、きみってば本当に……。いや、この話はやめておこうか」
それっきり声はなく、ただひたすらに時が流れる。この静かで穏やかな空間。オベロン曰く、私の夢の中だそう。もし私がこんな風に穏やかに過ごせているなら良いなと他人事だけれど、それでもやっぱりここは居心地が良かったのだった。