78、眼
「オベロン」
「どうした? 何かあったのか?」
「ううん、こっちは何もなかったよ」
「……」
模擬戦の最中。エネミーに追われたオベロンたちは森の奥深くへと逃げ込んでいた。
「どうしたの、オベロン?」
「……お前、誰だ?」
手にした鎌を、立香の姿をしたモノに振り下ろす。
真っ二つに裂けた自分と同じ姿。彼が一度本気になってしまえば、紙くずのように私もぼろぼろにすることができるんだと、立香はぼんやりと考える。黙っていても仕方がない。出されたエネミー、そして残りの個体数を確認しながら立香は潜んでいた茂みから姿を見せた。
「流石だね、オベロン。私の姿形をしていても容赦が無い」
「そりゃそうだろ。あんなにぬるい眼をしているやつはきみなんかじゃない」
「そう? それだったらうれしいな」
オベロンにとって私はどう見えているんだろう。きらきら輝く一番星。そんな風に見えていたら嬉しいな。ああ、でも。オベロンにとってのそれは私じゃない。私はあくまでもオベロンのマスターであって、オベロンに愛されるような女の子じゃない。藤丸立香はそう思う。
「きみ、何か勘違いしてないか?」
「何を?」
「俺にとって、マスターはマスターさ。そこは変わらない。結局はクソ食らえな主従関係だろ? たださっき言ったように、だ。きみはぬるい眼なんかしていない」
だから、今みたいな眼はやめて、さっさといつもみたいな馬鹿な顔でもしていればいい。そっちの方がお似合いだろ?
にやり。そう表現するのにちょうど良い笑みをオベロンは浮かべる。そんなに目に感情が表れていたのだろうか。それとも心を読まれたのだろうか。そのことに恥ずかしさを感じるけれど、それはそれ。恥ずかしさ以上に、小馬鹿にするような笑みと言葉をかけられ、立香はついそれに反発をしてしまうのだった。
「馬鹿みたいな顔って何さ!」
「え? 鏡でも持ってこようか?」
「ごめん。鏡で見ても可愛い顔しか見当たらないんだよね」
「うわっ、自分のこと可愛いとかなかなか言わないだろ」
言い合いを続ける。
そう。それでいい。一瞬だけれどねじ曲がった言葉を口にしそうになり、慌てて切り替えたオベロン。ぬるい眼なんか似合わない。それに、あんなにも悲しそうな目だって似合わない。馬鹿みたいに真っ直ぐで、お人好しで、どうしようもなく善人なマスター。それが藤丸立香にはお似合いだ。反発心むき出しでくってかかってくるマスターと舌戦を続けつつ、そろそろ次のエネミーが出てくるのではないかと、オベロンは武器を手にするのだった。