92、一人の女の子
マスターだったらこうするだろう。カドック達だったらこうする。もっと最善はあったはずだ。いつも考える。最善はあったはずだ。もっと上手くできるはずだ。でもそれができない。魔術師の普通とか分からない。こうだったら良かったのだ。
「はあぁ……」
「どうしたの、オベロン?」
今日も今日とていつものようにベッドに寝転がっているひとに声をかける。自分はと言えば日記を書いて頭の中を整理していた。
「きみは時々ネガティブになるよな」
「そう?」
「そうやってごまかしても、俺には妖精眼があるんだけど?」
「そうだったね」
千里眼とは違う瞳だけれど、本心を暴くという点においては大差がそこまで無い瞳。嘘を彼の前でついたとしても意味が無いんだよね。そう思い出してため息をつくと同時に安心する。まだ、大丈夫。まだ壊れてはいない。
心を透明に。そんなことがカルデアの人間には望まれないとは分かっている。けれど、魔術師として異聞帯をなかったものにし、さらにその先へと進むなら必要なこと。苦しい。だけれど、それさえも見なかったことにできるのなら、どれだけ楽なのだろうか。
心を守りたい気持ちと、それらを無視してしまいたい気持ちで矛盾を起こす。それでも、先へ進まなければ。最後まで、全てを見て、理解して、なかったものに。ぐっと歯を噛みしめた。
「うわっ、何でここでそんな決意するわけ?」
「ん?」
「だからさ、何でそこまで変な気を起こしてるのかって聞いてるんだけど? 俺はネガティブをやめろとは言ってないし、まして……マスターであることにこだわりを持てとは言ってないんだけど?」
マスターであることにこだわりを持てといっていない。彼の性質を考えれば、少しだけだけれど言葉がねじ曲がったのだろう。ただ、本質は同じであってと考える。マスターであることにこだわりを持たない。マスターであること、魔術師であること……。考えて、考えて、理解をすると同時に顔に熱が集まる。
あなたは一人の普通の女の子でいて良いんですよ。いつか別のひとに言われた言葉だったけれど、それを言いたいのかな。マスターである前に一人の女の子。それでいいのかな。
「オベロン、それって」
「なに? 勘違いはしないで欲しいな。言葉がねじ曲がるからって、都合の良い解釈って本当に迷惑なんだよね」
ごろり。私に背を向けて、話はこれだけだと打ち切る。けれどその耳が少しだけ赤くなっていたのを私は見逃さなかったのだった。