95、サイン
手を恋人つなぎで繋ぐ。それから指の付け根を二、三回撫でられる。そんなことはもしかしたら偶然としてあるかもしれないけれど、このサインに頬を赤くしてしまった。
「どうしたんだい」
「どうしたって……分かってるくせに」
さっきのサインは今夜部屋に行くから人払いをしておいてという夜のお誘いの合図。
言動が曲がってしまうオベロンが口に出さずに物事を伝えるためにいくつか作ったサインがあった。例えばこちらをじっと見て二回瞬きをしたら、何か意味があるから自分の言うとおりにして欲しい、などである。
「今日は夜八時より後だったら空いてるよ?」
「じゃあそこから時間をもらおうかな」
「ちょっと早すぎない?」
「せっかくなら夜のお茶会もしようと思ったんだけど、マスターはスコーンはいらないってわけだ」
「いらないとは言ってないし、お茶会なら是非参加して良いなら参加したいと思うよ」
「じゃあ参加だね。あいつらにもマスターが来ることは伝えておくよ」
あいつらと呼ばれた子達。きっとオベロンの虫のことだろうと思いながら彼を見る。今日は白い方の姿をしているからだろうか、上機嫌で、その通りとウィンクされ、熱が集まっていた頬にさらに熱が集まる。
もし。もしだ。秋のあの森でお茶会ができたらすごく良いのだろうけれど、その後は? 彼がしてきた合図の通りであれば、きっと彼に抱かれるのであろう。もしあの森の仲で抱かれるとしたら。
「何想像してるわけ? 僕たちのマスターがまさか色事を朝から想像してるなんて無いよね?」
「な、なな……そんなこと想像してないよ」
「本当に?」
「本当だって!」
慌てて想像してしまったことを打ち消す。優しく触れられて、脱がされて、それから一糸まとわぬ姿で情を交わすだなんてそんなこと。
「うわ……思った以上に気持ち悪いな」
「こ、心を見るな!」
「きみが嘘を言ったのが悪いんだろう?」
思わず噛みつくように言った言葉にオベロンはせせら笑う。仕方が無いじゃ無い。オベロンとの行為は本当に優しくて、温かくて、幸せなんだから。そう開き直りながらもオベロンの頬に手を伸ばし、力をあまり込めずに抓るのだった。