96、運命
運命、と言ったら何を思い浮かべるだろうか。例えばベートーベンの曲だとか、そうでなかったら、とても大きな使命を持った主人公が導かれるように進んでいく物語だとか、そうでなければ『君の運命の人は僕じゃない』という歌詞が入っているあの曲だろうか。どれが正しいとか正しくないとか基準は無いけれど、私にとっての運命のイメージはそんなものでは無かった。
びょうびょうと吹く風に慌てて中に入る。風を本当は感じていたい気持ちだったけれど、奈落の虫からの脱出のために角度を上げ始めたことから危険と判断したのだった。
オベロン・ヴォーティガーンは奈落を落ちている。霊核のほとんどを損傷させたのだから消失してもおかしくないけれど、未だに落ち続けている。甲板から落ちたとき、助けに行こうかと一瞬浮かんだけれど、それを上塗りするほどの感情で、それでいいんだと思い、そのまま見送った。これが運命だったんだ。運命、と言う言葉は私の中でそんな意味を持つ、強烈な記憶を伴う言葉であった。
「ねえ、オベロン」
「なんだよ」
「君はさ、ティターニアを探しているんじゃ無かったの?」
「探しているさ。それよりきみはデリカシーって言葉知ってる?」
「知ってるけど」
デリカシーの無いことを聞くなと暗に言われている気がするけれど、それを無視する。放り出されたオベロンの足が私の背中を突いて少しだけ痛いなと思った。
運命。沢山の場面でその言葉を聞くけれど、印象に残ったこと。奈落に落ちていく彼を見送った後に召喚した彼。そして今一緒に過ごしている彼。これを運命と言わずになんというのだろうか。
さらに突いてくる彼の足を掴んで「めっ!」と軽くはたくと、何が面白かったのか笑い始めるオベロンにつられ、二人で笑いながらも考えるのだった。