97、失って得たもの
貴方の失ったものを言わないと部屋を出られません。そんな張り紙を見つつ考える。どうしてこんなところにとは思ったものの、いつものようにレムレム状態からのレイシフトなのでは無いかと諦めがついた。
目を覚ましたときに見た光景は黒と青。目の前にはドアップのオベロンの顔。わあ、起きた瞬間最終再臨。だなんてふざけようかとも思ったけれど、そんなことをしてもいいことはない。普段は第二再臨の白い姿でいることが多かったので、どうしたのだろうと声をかけると、のっそりと私の上から退いて、そうして部屋の扉に書かれていることが見えたのだった。
「ねえオベロン」
「なんだよ」
「これって答えたらでられると思う?」
「さあ? 俺にはそんな酔狂な問いにもマスターが出した答えにも興味は無いんだけど」
「でも、通信も途絶えてるし、早めに出て安心させないと」
問いの内容を考えつつ、オベロンと会話をする。
失ったもの。カルデアに来てから失ったものと言えば、一般人としての常識とか、考えとか、体力の無かった自分とかかな。それとも。
一瞬考えたことに顔を思わず赤くしてしまう。ここがどんなところかも分からないのにそんなことを答えても、だなんて 熱の集まった頬に手を当てた。
「何か分かったわけ?」
「えっと、そうだね。失ったものっていったら……一般常識、とか?」
「は?」
「いや、私ってカルデアに来る前は一般人だったし、そういう意味で一般常識は無くなったかなって」
「……」
元々不機嫌だった顔をさらに不機嫌にするオベロン。それでもなんとかごまかせたと安堵のため息を心の中でつき、部屋のノブを回す。それはあっさりと開き、次の部屋へと続いた。
○○しないとでられない部屋とは黒髭達に聞いたことはあるけれど、それはフィクションの存在であって、部屋だってこんなに繋がっているものでは無いと聞いていた。それなのに……と肩を落とす。そんな私を見てなのか、オベロンが次の部屋に入って、部屋の出口に新たに書かれている文言を読み上げた。
「貴方が得たものを答えなさいだって。マスターはどう答える?」
「それも答えなきゃでられないんだよね。だったら……」
得たものとしては経験が一番にあげられるけど。と答えようとしたとき、先ほどの回答に引きずられたのか、頭の中に一つの文字が浮かんだ。
愛。処女を失って、愛を得た。一瞬にして再び顔に熱が集まる気がした。
「処女を失って、愛を得た、ね。なかなか良い回答してるじゃないか、マスター」
「オベロン、どうして?」
「俺には愛なんて分からないけど、何処できみはそれを得たんだい?」
「それは、オベロンからもらったんだよ?」
「俺に愛は無い。分かってるよね?」
わざとだろうか、冷たく言い放つ。いつだっただろうか。少しだけ仲が良くなった頃にそんなことも言っていたなと考える。愛が無い生き物だからこそ、簡単に愛を感じられる生き物たちが気持ち悪い、だったかな。彼らしいやとも思いつつ、彼が彼の本来の想い人に対して浮かべている感情も分かってしまっていたのだった。
「うーん、よくそこが分からないんだよね。愛って言葉にするのも、表現するのも難しいじゃない? 形がないものって無いとも言えるし。それだったら、私が間って思ったものだったら愛でもいいんじゃないかなって」
「なんだそれ。……まあいいや、空いたんじゃないかな?」
「あ、本当?」
ドアノブを回す。別に言わなくても良かったんだよというようにノブがまわり、そうして部屋の外の明かりに包まれて目を覚ますのだった。