【霧雨:須賀シオ】∞の約束 - 1/2

前日
阿座河村資料館。いつもならとっくに消灯され、そこを管理している人物の服のような暗闇色におおわれているはずのその場所は、まるで蛍か何かがいるように淡い光に包まれている。その光の中、須賀孝太郎はカラカラに乾いてしまった喉を潤すかのように自身の持っているカップの中身を一気に飲み干した。カップを握っている左手の薬指には彼の幼馴染が同じようにつけている、シンプルな淡い青い光が漏れる石をあしらった指輪をつけている。かつて、資料館に毎日のように訪れて、彼と夜の追いかけっこをしていた少女によって「狸じじい」と呼ばれたあいつのいる役所に昨日婚姻届を出してきたのは記憶に新しかった。かつて彼女の記憶を奪った夜光石。「ことりおばけ」の血を継いでいる彼女と、その「ことりおばけ」を悪霊へと貶める原因を作った男の血を引く自分。そんな自分が彼女と共に、生涯をこれから歩んでいくことが許されるのだろうか。
彼の伴侶が用意した衣服に袖を通し、共に食事を摂っている。そんな日常の中での当たり前のことですら、小さなころに交わしてしまった「約束」の罪悪感と、彼女へのおぞましいほどの愛によって胸がいたくなる。
「こうくん、いるの?」
あわてて背を伸ばす。こんなところを彼女に見せるわけにはいかない
うん、いるよ。」
「えへへ、なんだか眠れなくて。小さいころ、家族の一員みたいに過ごしていたけれど、本当にこうくんと家族になったんだって考えるとなんだか恥ずかしいし、うれしいしなんだか気持ちがぐちゃぐちゃだよ。」
須賀と同じようにカップの中を水でいっぱいにすると、それを一気に飲み干す。黄色とオレンジがメインで赤い装飾が描かれたカップは、須賀の青と黒のそのカップの隣に置かれた。
「僕も、しぃちゃんと一緒に入れてうれしい。少し、現実としてまだ信じられていないけれど。」
これからずっと一緒に入れるなんて夢のようで、頬をつねったらそんな夢から覚めて、森のおばけたちからしぃちゃんを再び守ることを一生続けることになるんじゃないか、そんなふうに感じてしまう。
喜びも、少しの恥ずかしさも、将来に対する漠然とした不安も、全部あった。だけれどそんな僕のことをわかっているかのように小さな声でいう。
「大丈夫。大丈夫だよ、こうくん。」
彼女は僕の不安なんて吹き飛ばしてしまう。向けられた笑顔は遠い日の、あの幼子と重なってずれていった。