【霧雨:須賀シオ】エンキョリレンアイ

これはあの事件から約一年がたった夏休み前のお話。

夜闇のように黒い服に、淡い湖面にうつった空色に輝く彼自身が作り出した模造刀。模造刀の方はもう必要はないかもしれないが、悪いものから身を守る石から作られたものとして、予備のそれを持ち、今日も資料館の中を見回っていた。
その姿は一年前と何らかわりないが、確実に違うこと。それは彼はもう刀を振るう必要がないことと、
「しぃちゃんはやくくればいいな。」
話すことができることだ。なにも話せなかったときはどうせ口にしても声に出ることはないと、度々本音を口から出していた須賀だったが、一年前にことりおばけを幼馴染みであるしぃちゃんこと神崎シオリと解放してからは、思ったよりひどく口にしていたことを思い知らされた。

「佐久間さん、どこに隠れているかな?」「今日も真っ黒になってしまった」「枯れかけてるからまたお花をつんでこなきゃ」

すべて、すべて本来なら頭の中だけで処理されることを口に出してしまっていて。
[しぃちゃんはやくくればいいな]
自分が先程口にしたことに顔を真っ赤にしていると管理人室から電話の音。もう誰も資料館にいないことを確認(佐久間さんは最初に捕まえて望月巡査に引き渡した)して、電話をとる。役所の人間だろうと思って取った須賀の耳には、先程思っていた少女の少し寂しそうな声が聞こえた。
「須賀くんシオリです。今、大丈夫?」
しぃちゃん、どうしたの?」
若干の嗚咽も聞こえたような気がしてシオリの聞いてきたことを無視するように聞き返す。
暫しの沈黙の後、シオリの笑いの混じった声が受話器越しに聞こえた。
やっぱり須賀くんにはわかっちゃったか。」
お父さんと、お母さんがいなくなっったときのこととか、その後の須賀くんとまたあった時のこと、思い出してたの。それで、会ったことは思い出せるのに、声だけ思い出せなくて、もしかしたら今までのことが全部夢で、本当は須賀くんは声を取り戻していないんじゃないかって、あってすらいないんじゃないかって思ったら悲しくなっちゃった。
受話器越しの声に胸が痛くなる。
須賀とシオリは所謂遠距離恋愛で、シオリが大学生ということもあり、会うことができるのは長い休み。電話で声を聞くことも、家族のいた家にとどまり続けるシオリが始めたバイトのせいでなかなかできなかったのだ。
「しぃちゃん、今日は遅くまで電話できる?」
現在金曜日の夜、7時ちょっと前。
アルバイトさえなければ明日の資料館開館近くまではお話しできるはずだ。そう思う。
「うん、明日は午後からアルバイトだから大丈夫だよ?」
それだったら寂しくないように、ちょっとでも覚えていられるように遅くまでお話ししよう。
でかかった言葉を飲み込んで、久しぶりの電話だし色々と話したいことがある、と口に出した。