【FGO】聖杯をあなたへ - 2/10

アマデウス

カルデア内に心が踊るような音が響く。サーヴァントが沢山いるなかでも音楽をものとするのは彼ぐらいなものだ。目的の人物を見つけたとばかりに、聖杯を持つ体は音のなる方へと向いていた。
そもそものことの起こりは、カルデアのマスター、立香の最も信頼しているサーヴァントであるシャルル=アンリ・サンソンに『これ以上は、霊基の変化も起こせないようです。僕を信頼して聖杯を渡してくれるのは嬉しいですが、今のカルデアでは戦力が不足しているのも事実。もし、マスターさえよろしかったら他のサーヴァントに聖杯を渡してみては?』と聖杯の譲渡を断られたことから始まっていた。つまり彼女は聖杯を受け取ってもらえなかったというショックからふらつきながらもなんとか考えを巡らせているところなのである。
「アマデウス、ここにいるの?」
音が聞こえるままにダヴィンチちゃん特性のグランドピアノが置かれている部屋の見知った姿に声をかける。時々演奏に集中しているのかわざと無視をしているのか全く反応がないこともあるので、気持ち声を大きめにかけた。
「やあマスター。そんなに汚い音を響かせなくても僕の耳にはちゃんと届いているから大丈夫さ。それよりも、僕を探してるだなんて珍しいじゃないか。いつもはアイツと一緒にいるだろう。今日はどうしたんだい?」
「あの、今日は君に渡したいものがあったんだけど」
そう言いながらも手に持っているそれを彼に差し出す。彼は自分のことをキャスターの中でも最低位であると定義して、戦闘以外のことならまかせてほしいと言っていた。それは彼女の記憶には古いものであったが、当時のあまりの衝撃に記憶にしっかりと刻まれていて、自分の選択が彼を不幸にするのではないかと今更になって思い至る。
立香が所属しているカルデアにおいて、聖杯を渡すということは、マスターである立香からサーヴァントである彼らに対しての信頼の証であると同時に、聖杯からの魔力によって霊基を変化させて身体能力を上げるということである。つまりは、必ず戦闘を共にするようにという誓いのようなものでもあった。
戦闘以外なら任せてよ、という言葉はつまり、戦闘にはあまり参加したくなかったのかな、と不安をにじませて彼を見上げると、予想通りの苦虫をかみつぶしたような、それえでいてどこか驚いた顔をしていた。
「君、正気なのかい?僕は別に受け取ることは構わないけれど、……聖杯は今まであいつに渡してきたんだろ?」
「あいつってシャルルのことだよね。それならそうだよ。でも、もう持ちきれないって断られちゃって」
「それでシャルル=アンリ・サンソンの代わりに僕が選ばれたってわけだね?」
「いや、それは、そう……だけど、ちゃんとアマデウスに聖杯を渡そうと思った理由ならあるよ」
確かにサンソンに渡すはずだったものではあるが、彼女はアマデウスを何よりも頼もしい、それでいてオルレアンから共に過ごしていたサーヴァントと認識していた。勿論彼自身が過去に話していた通り、ギルガメッシュや三蔵ちゃんの方が強い。しかし、それを除いても彼を強くして、共に過ごしていきたい、そう思わせられていたのだ。
それから別の理由を挙げるとしたら、彼自身が聖杯に願うであろうことが、彼だけではなく彼の周りの人々を幸せにするものであり、立香にとっても好ましいものであったからである。
「君は信じないと思うけれど、私は君と最後までともに仲間として過ごしたいと思っているの。素の能力が君より高い子は確かにたくさんいるけど、君と過ごしたいと思っているんだ。それに、人の幸せを願えるサーヴァントにこれは託したい」
君の願いはきっと彼の叶えたい願いの先にある願いだとも思うからね。素直ではない口で立香はそう告げる。
「まったく、僕は素直じゃない生き物は嫌いなんだけどな。でも、マスターの願いならわかったよ。これからもよろしく頼むよ」
「素直じゃないのは、君の嫌いなあの人に似たからかもね。でも、ありがとう。私こそ、これからもよろしくね」
笑顔で受け渡された聖杯は輝いていた。