【FGO】聖杯をあなたへ - 9/10

ナイチンゲール

 ギリシャ語、ラテン語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、歴史、哲学、音楽、図画。それらを幼いころから勉強する。愛していた人とは結婚をすることはなく、病院の改革を行いながらも、戦地へ赴く。現地の熱に侵されて2週間もの間、生死をさまようこととなるものの、体を休めた後に再び己の仕事に取り組むようになる。戦後は「看護についての覚書」などを出版した。
フローレンス・ナイチンゲールの人生を調べたノートを閉じ、藤丸立香は息をゆっくりと吐く。一言で言ってしまえば、当時の生き方としても無理を押していたのではないか、つらくはなかったのか、そう思ってしまうような生き方であった。しかし、今の自分の生き方も、彼女と比べてしまうこと自体おこがましいのかもしれないけれど、必死に生きているという点では変わりないのかもしれないと思い、苦笑する。
彼女に聖杯を渡すためにも改めて彼女のことを知ろうと思い、二時間前にノートを開いて見直した。そうして考えたのが、彼女に聖杯を渡すのは失礼ではないのかということ。例えば、本当に何でも願いが叶うものを自分がすべて終わった後に渡されたりしたらどう思うのかということで。つらかっただろうからと渡されて、それを笑顔で受け取って願いをかなえようと思うのか。そう考えて時間を過ごした。
それから一か月後、立香は婦長のいる医務室へと足を向けていた。今日の今の時間帯はナイチンゲールだけが勤務しているはずであると確認はとっており、後ろ手に隠しているのは聖杯であった。
「婦長、今いる?」
「ええ、どうしました?」
「ちょっと、渡したいものがあるから今いいかな?って思って」
医務室へと首だけを入れて確認する。ナイチンゲールは診察室の椅子に座ることなく、近くの戸棚の上に置いてあるケースを手に取ろうとしていた。それをやめて立香に近づいてい来る。
「渡したいもの、ですか?」
「うん、これなんだけど」
聖杯を手渡す。目の前に来ていた彼女は目を丸くして、受け取るかどうか迷っているようであった。
「どうしてこれを?」
「最初は婦長の生き方を調べて渡そうか迷っていたんだけれど、やっぱり渡したくて。私と一緒に旅をしてきて、これからも一緒にいてほしい。そう思ったから渡したいとも思ったんだ。それじゃあ、ダメかな?」
「いいえ、それならば受け取りましょう。もし、同情や憐れみの感情から渡そうと思っていたのでしたら、断ろうと思っていましたが、私はマスター運がいいようですね」
「よかった」
「ただ、傷を隠すのは感心しませんね」
じろりと立香の足を睨みつける。膝にはきれいに転んだ時にできた傷がある。聖杯を渡したついでに治療してもらおうと思ってきたのだが、先にそれを言わなければいけなかったようで、立香は顔を引きつらせながら謝ることとなったのだった。